エピローグ
初めまして。岩井喬と申します。端的に申しますと、自分の執筆力・発想力・構成力などを高めたいがために、こちらにお邪魔いたしました。稚拙なものをたくさんお見せすることになるかと思いますが、『あ、中二病がいるな』くらいの感覚で捉えていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
【エピローグ】
意識が暗転してその直後……というわけではないが、次に知覚したのは音だった。
シャリシャリと、何かを削るような音がする。
次に分かったのは、自分は豪雨の中で大の字にぶっ倒れているわけではなく、清潔なベッドの上で寝かされている、ということだ。患者用の着衣に着替えさせられた模様。
「ん……」
俺は視界の暗転の謎を解明すべく、ゆっくりと目を見開いた。枕の上で、ゆっくりと頭を左右に動かす。すると、
「お目覚めかい?」
至近距離から声をかけられた。しかしその声音は極めて穏やかであり、驚くには至らなかった。
「おっと、カーテンを閉めた方がいいな」
俺に語りかけてきた人物は、俺のベッドの反対側に回り、遮光カーテンを下ろした。それからまた席に戻ると、シャリシャリという音を再開させる。リンゴの皮をむいていたのだ。
その頃になって、ようやく俺は口を利くことができた。
「……長谷川先生?」
「ああ。交代交代で君のそばについているようにと思ってね。私も駆り出された」
眼鏡の向こうで、キラリ、と優しい光が反射する。
「台風一過、雲一つない晴天だよ。こんな時に出歩けないのは、日頃の行いのせいかな?」
「余計なお世話ですよ」
とまあ、言ってはみたものの、思いの外子供っぽい笑顔を作る長谷川の前で、俺も口元が緩んでしまった。
「私が君の容体を見ている時に君の意識が戻った、ということは、説明する義務は私にあるようだね」
その時になって、俺はようやく自分の置かれた状況を把握すべく、頭を回転させ始めた。
「えっと……ここはどこです?」
「うちの大学附属病院だ。ちなみにこの部屋に君しかいない、つまり個室が提供されたのは、やはり月野財閥の手回しがあったらしい」
「また金ですか……」
そう言って俺は左手を持ち上げ、指で輪っかを作ろうとしたが、
「あれ? 動けない……」
「ああ、あまりに痛みが酷いようだったので、一時的に麻痺させているそうだ。もうじき痺れは取れて、骨折もひと月程度で治るそうだ」
「ふうん……」
「ちなみに君が月野美耶を救出したのは、一昨日の夜のことだ。丸一日、眠っていたわけだな」
「そんなに寝てたんですか、俺?」
「正確には、意識が戻ったり、睡眠状態になったりということを繰り返していたらしい。もうじき意識が戻る、という話を聞いて、駆けつけてきたのさ」
教授は人工知能の研究に余念がなく、多忙なはずだ。それをわざわざ……。
俺が再び視界をぐるりと回転させると――左の首筋がすこしつりそうになった――、先ほどよりも多くのものが目に入ってきた。
教授が座っている側のテーブルには、何やら豪華な果物類が並んでいた。メロンやらサクランボやら、これは……何だ?
「ああ、それはスターフルーツといってね、沖縄で取れる高価な果物だそうだ。オクラじゃないよ」
ふむ、と息をついて俺は顎に手を遣った。
「こんなものを一般人が手に入れられるわけないですよね? 少なくとも、どんなに急いでも今日中に入手するのは難しいはず」
俺が視線を合わせると、教授は呆れたような笑みを浮かべた。
「全く、これだから金持ちは……とでも言いたげだね、葉山くん?」
「ええ、まあ」
とにかく果物の種類と数に圧倒されてしまっていたが、反対側、窓側の方を見ると、花瓶に花が添えられていた。
「それは神崎さんという人から、先ほど預かったんだ。まだ松葉杖をついていたけど、それも左半身だけだった。何とか生活できるということで、今日退院だそうだ」
「そうですか」
俺は安心してため息をついた。
「ところで葉山くん、是非君に会わせたい人がいる。呼んでもいいかい?
「え? ああ、はい」
俺の見舞いに? 一体誰が――と考えを巡らせようとした、その時、
「失礼します」
少女が入ってきた。否、『少女姿の人物』が。俺は思わず上半身を起こした。
「アキ!!」
「やっほー、俊介!」
気楽に挨拶してみたものの、俺の脳裏に浮かんだのは、腹部から出血し、研究所へと運ばれていく姿のアキだ。
「アキ、大丈夫か? 俺よりよっぽど酷い怪我をしていたように見えたんだが……」
「へーきへーき!」
相変わらずぺったんこの胸を張るアキ。
「教授が直してくれたからね」
そうかそうか、と頷きながら、俺は再び視線を教授の元へ。
「あいつは? クロキはどうなったんです?」
「研究は続いている」
微かに目を逸らしながら、教授は言った。
「今回はアキを敵性プログラムとして誤認させてしまったが……。ウィルスバスターとしての期待度は上がってしまったようでね。もちろん、今まで以上に警戒しながら実験を続けるつもりだ」
「頼みますよ、教授……」
すると、俺の目の前で二人は目を合わせ、頷き合った。
「実はもう一人、君に面会希望者がいるんだ。我々はお暇させてもらうよ」
「え、あ、ちょっ!」
教授は丸椅子から立ち上がり、さっさと出入り口へと向かう。
「まったね~」
アキもひらひらと手を振りながら、教授について行ってしまった。
咄嗟のことだったので、誰が来たのやらさっぱりだったが、廊下から聞こえてきた文句が最後の『面会希望者』の正体を明らかにしていた。
「何なんだよてめえ、俊介と仲良さげにしやがって!」
「まあ落ち着いてよ麻耶ちゃん、私と俊介はそういう仲じゃないから」
「あ!! 今コイツ、俊介って呼び捨てにしやがった!! 相当仲いいんだろこん畜生!!」
「仕事仲間よ、仕事仲間」
はあ。全くあいつらは何をやっているのやら。
俺が呆れて肩を――といっても右肩だけだが――を竦めた直後、
「おい俊介!」
怒声と共に麻耶がずかずかと病室に入ってきた。
「あ、はい、なんでございましょう?」
俺はわざと何気ない風を装い、コップの水を一口。
飲みかけて、危うく吹き出しそうになった。
「麻耶!! な、何なんだその格好!?」
「え、あ、これ? えっと……」
何てこった。麻耶が。あの月野麻耶が。
「中学の制服着ていやがる!!」
「そっ、そんなに驚くことねえだろ!? ……ちょっと今日は、保健室にくらい行ってみようと思って。だから、その、学校に行くには、制服かな、と……」
先ほどまでの威勢はどこへやら、麻耶は肩を落とし、同時に声量も落としていった。
俺は意地悪く見えるであろう笑みを浮かべ、
「なかなか似合ってるじゃないか」
「バッ、馬鹿! お前制服フェチなのか!?」
「それは論理飛躍しすぎだろ!!」
動ける範囲で、ベッドから乗り出して口論する俺と、そばに立っている麻耶。
俺は念のため、確認してみることにした。
「なあ麻耶、美耶のことは……?」
「聞いたよ、聞いたに決まってんだろ」
すると微かに頬をそめて、麻耶は
「世話になった」
と一言。
「親父さんやお袋さんはどうしてる?」
「相変わらずだね。今回の事件、関係者が少なかったから、何とか緘口令を強いて情報の流出を堰き止めてる。そんでもって、確か肥田と細木、だったっけ? あの刑事二人が、あたいたちを両親と面会するよう、勧めてくれたんだ」
ほう。今頃報告書の作成で多忙を極めているだろうに。
「二人とも、ショックで沈んでた。まさか美耶が、自殺しようとするなんて、だってさ。ま、確かに小学生が自殺、ってのも怖い話だけど」
「だよな……。ってあれ? 美耶はどうした?」
「学校。あたいより行方不明期間が短かったから、復帰も早いってわけ」
「そう、か」
俺は安堵しつつ、身体をベッドに戻した。今度こそ水を一口。だいぶ喉が渇いていたようだ。胃袋に液体がすとん、と落ちてくる感じがする。
「まあ、頑張れよ。今の俺には何もできないけど、応援はするからさ」
「う、うん……」
すると再び、否、先ほど以上に麻耶の顔が赤くなりはじめた。
「ど、どした?」
「あたい、まだ中学校に通ったことないんだ。どんな連中がいるか分からないし」
これは珍しい。ヤク中共の方が、クラスメイトや教師陣よりマシということか。まあ、麻耶らしいと言えば麻耶らしい。
「だから……ね。ちょっと勇気を分けてもらえないかな、って」
「勇気?」
ゆっくり歩み寄ってくる麻耶。でも勇気を分ける、って言っても、
「どうすりゃいいんだ? 俺が学校に同行するとかか?」
「違う」
「じゃあ、誰かに護衛を頼むとか」
「違う!」
「じゃあ何だ――」
俺の言葉は、そこで途切れた。
だって、唇を相手の唇で塞がれてしまっては、どうしようもないじゃないか。
いやそれより、突如としてバクン、と跳ね始めた心臓を抑え込むことができない。呼吸もろくにできない。この前キスした時よりも、何というか……心が繋がる感じがした。
ゆっくりと、麻耶が唇を離し、真っ赤になった顔を背ける。
「悪い。不意打ちだった」
俺はと言えば、何も考えることができず、ただぼんやりと麻耶の横顔を見つめていた。
直後、
「ありがとな」
「ありがとよ」
何故か、俺と麻耶はシンクロしたように声を合わせ、礼を述べ合った。一体何に対してだろう?
ただ一つ確かなのは、俺はすごく安心した、ということだ。こんな穏やかな気持ちになれたことが、今まであっただろうか?
しばしの沈黙の後、
「じゃあ、学校行ってくる」
「ああ、無理すんなよ」
鞄を肩から提げるようにして、背を向ける麻耶。足早に病室の入り口まで進んでいく。すると、麻耶は再び振り返った。
俺が何事かと顔を上げる。すると、麻耶は叫んだ。それはそれは、病院中に聞こえ渡るような大声で。
「大好き!!」
THE END