表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラバー・ソウルズ  作者: 岩井喬
1/1

エピローグ

初めまして。岩井喬と申します。端的に申しますと、自分の執筆力・発想力・構成力などを高めたいがために、こちらにお邪魔いたしました。稚拙なものをたくさんお見せすることになるかと思いますが、『あ、中二病がいるな』くらいの感覚で捉えていただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

【エピローグ】


 意識が暗転してその直後……というわけではないが、次に知覚したのは音だった。

 シャリシャリと、何かを削るような音がする。

 次に分かったのは、自分は豪雨の中で大の字にぶっ倒れているわけではなく、清潔なベッドの上で寝かされている、ということだ。患者用の着衣に着替えさせられた模様。

「ん……」

 俺は視界の暗転の謎を解明すべく、ゆっくりと目を見開いた。枕の上で、ゆっくりと頭を左右に動かす。すると、

「お目覚めかい?」

 至近距離から声をかけられた。しかしその声音は極めて穏やかであり、驚くには至らなかった。

「おっと、カーテンを閉めた方がいいな」

 俺に語りかけてきた人物は、俺のベッドの反対側に回り、遮光カーテンを下ろした。それからまた席に戻ると、シャリシャリという音を再開させる。リンゴの皮をむいていたのだ。

 その頃になって、ようやく俺は口を利くことができた。

「……長谷川先生?」

「ああ。交代交代で君のそばについているようにと思ってね。私も駆り出された」

 眼鏡の向こうで、キラリ、と優しい光が反射する。

「台風一過、雲一つない晴天だよ。こんな時に出歩けないのは、日頃の行いのせいかな?」

「余計なお世話ですよ」

 とまあ、言ってはみたものの、思いの外子供っぽい笑顔を作る長谷川の前で、俺も口元が緩んでしまった。

「私が君の容体を見ている時に君の意識が戻った、ということは、説明する義務は私にあるようだね」

 その時になって、俺はようやく自分の置かれた状況を把握すべく、頭を回転させ始めた。

「えっと……ここはどこです?」

「うちの大学附属病院だ。ちなみにこの部屋に君しかいない、つまり個室が提供されたのは、やはり月野財閥の手回しがあったらしい」

「また金ですか……」

 そう言って俺は左手を持ち上げ、指で輪っかを作ろうとしたが、

「あれ? 動けない……」

「ああ、あまりに痛みが酷いようだったので、一時的に麻痺させているそうだ。もうじき痺れは取れて、骨折もひと月程度で治るそうだ」

「ふうん……」

「ちなみに君が月野美耶を救出したのは、一昨日の夜のことだ。丸一日、眠っていたわけだな」

「そんなに寝てたんですか、俺?」

「正確には、意識が戻ったり、睡眠状態になったりということを繰り返していたらしい。もうじき意識が戻る、という話を聞いて、駆けつけてきたのさ」

 教授は人工知能の研究に余念がなく、多忙なはずだ。それをわざわざ……。

 俺が再び視界をぐるりと回転させると――左の首筋がすこしつりそうになった――、先ほどよりも多くのものが目に入ってきた。

 教授が座っている側のテーブルには、何やら豪華な果物類が並んでいた。メロンやらサクランボやら、これは……何だ?

「ああ、それはスターフルーツといってね、沖縄で取れる高価な果物だそうだ。オクラじゃないよ」

 ふむ、と息をついて俺は顎に手を遣った。

「こんなものを一般人が手に入れられるわけないですよね? 少なくとも、どんなに急いでも今日中に入手するのは難しいはず」

 俺が視線を合わせると、教授は呆れたような笑みを浮かべた。

「全く、これだから金持ちは……とでも言いたげだね、葉山くん?」

「ええ、まあ」

 とにかく果物の種類と数に圧倒されてしまっていたが、反対側、窓側の方を見ると、花瓶に花が添えられていた。

「それは神崎さんという人から、先ほど預かったんだ。まだ松葉杖をついていたけど、それも左半身だけだった。何とか生活できるということで、今日退院だそうだ」

「そうですか」

 俺は安心してため息をついた。

「ところで葉山くん、是非君に会わせたい人がいる。呼んでもいいかい?

「え? ああ、はい」

 俺の見舞いに? 一体誰が――と考えを巡らせようとした、その時、

「失礼します」

 少女が入ってきた。否、『少女姿の人物』が。俺は思わず上半身を起こした。

「アキ!!」

「やっほー、俊介!」

 気楽に挨拶してみたものの、俺の脳裏に浮かんだのは、腹部から出血し、研究所へと運ばれていく姿のアキだ。

「アキ、大丈夫か? 俺よりよっぽど酷い怪我をしていたように見えたんだが……」

「へーきへーき!」

 相変わらずぺったんこの胸を張るアキ。

「教授が直してくれたからね」

 そうかそうか、と頷きながら、俺は再び視線を教授の元へ。

「あいつは? クロキはどうなったんです?」

「研究は続いている」

 微かに目を逸らしながら、教授は言った。

「今回はアキを敵性プログラムとして誤認させてしまったが……。ウィルスバスターとしての期待度は上がってしまったようでね。もちろん、今まで以上に警戒しながら実験を続けるつもりだ」

「頼みますよ、教授……」

 すると、俺の目の前で二人は目を合わせ、頷き合った。

「実はもう一人、君に面会希望者がいるんだ。我々はお暇させてもらうよ」

「え、あ、ちょっ!」

 教授は丸椅子から立ち上がり、さっさと出入り口へと向かう。

「まったね~」

 アキもひらひらと手を振りながら、教授について行ってしまった。

 咄嗟のことだったので、誰が来たのやらさっぱりだったが、廊下から聞こえてきた文句が最後の『面会希望者』の正体を明らかにしていた。

「何なんだよてめえ、俊介と仲良さげにしやがって!」

「まあ落ち着いてよ麻耶ちゃん、私と俊介はそういう仲じゃないから」

「あ!! 今コイツ、俊介って呼び捨てにしやがった!! 相当仲いいんだろこん畜生!!」

「仕事仲間よ、仕事仲間」

 はあ。全くあいつらは何をやっているのやら。

 俺が呆れて肩を――といっても右肩だけだが――を竦めた直後、

「おい俊介!」

 怒声と共に麻耶がずかずかと病室に入ってきた。

「あ、はい、なんでございましょう?」

 俺はわざと何気ない風を装い、コップの水を一口。

 飲みかけて、危うく吹き出しそうになった。

「麻耶!! な、何なんだその格好!?」

「え、あ、これ? えっと……」

 何てこった。麻耶が。あの月野麻耶が。

「中学の制服着ていやがる!!」

「そっ、そんなに驚くことねえだろ!? ……ちょっと今日は、保健室にくらい行ってみようと思って。だから、その、学校に行くには、制服かな、と……」

 先ほどまでの威勢はどこへやら、麻耶は肩を落とし、同時に声量も落としていった。

 俺は意地悪く見えるであろう笑みを浮かべ、

「なかなか似合ってるじゃないか」

「バッ、馬鹿! お前制服フェチなのか!?」

「それは論理飛躍しすぎだろ!!」

 動ける範囲で、ベッドから乗り出して口論する俺と、そばに立っている麻耶。

 俺は念のため、確認してみることにした。

「なあ麻耶、美耶のことは……?」

「聞いたよ、聞いたに決まってんだろ」

 すると微かに頬をそめて、麻耶は

「世話になった」

 と一言。

「親父さんやお袋さんはどうしてる?」

「相変わらずだね。今回の事件、関係者が少なかったから、何とか緘口令を強いて情報の流出を堰き止めてる。そんでもって、確か肥田と細木、だったっけ? あの刑事二人が、あたいたちを両親と面会するよう、勧めてくれたんだ」

 ほう。今頃報告書の作成で多忙を極めているだろうに。

「二人とも、ショックで沈んでた。まさか美耶が、自殺しようとするなんて、だってさ。ま、確かに小学生が自殺、ってのも怖い話だけど」

「だよな……。ってあれ? 美耶はどうした?」

「学校。あたいより行方不明期間が短かったから、復帰も早いってわけ」

「そう、か」

 俺は安堵しつつ、身体をベッドに戻した。今度こそ水を一口。だいぶ喉が渇いていたようだ。胃袋に液体がすとん、と落ちてくる感じがする。

「まあ、頑張れよ。今の俺には何もできないけど、応援はするからさ」

「う、うん……」

 すると再び、否、先ほど以上に麻耶の顔が赤くなりはじめた。

「ど、どした?」

「あたい、まだ中学校に通ったことないんだ。どんな連中がいるか分からないし」

 これは珍しい。ヤク中共の方が、クラスメイトや教師陣よりマシということか。まあ、麻耶らしいと言えば麻耶らしい。

「だから……ね。ちょっと勇気を分けてもらえないかな、って」

「勇気?」

 ゆっくり歩み寄ってくる麻耶。でも勇気を分ける、って言っても、

「どうすりゃいいんだ? 俺が学校に同行するとかか?」

「違う」

「じゃあ、誰かに護衛を頼むとか」

「違う!」

「じゃあ何だ――」

 俺の言葉は、そこで途切れた。


 だって、唇を相手の唇で塞がれてしまっては、どうしようもないじゃないか。


 いやそれより、突如としてバクン、と跳ね始めた心臓を抑え込むことができない。呼吸もろくにできない。この前キスした時よりも、何というか……心が繋がる感じがした。

 ゆっくりと、麻耶が唇を離し、真っ赤になった顔を背ける。

「悪い。不意打ちだった」

 俺はと言えば、何も考えることができず、ただぼんやりと麻耶の横顔を見つめていた。

 直後、

「ありがとな」

「ありがとよ」

 何故か、俺と麻耶はシンクロしたように声を合わせ、礼を述べ合った。一体何に対してだろう?

 ただ一つ確かなのは、俺はすごく安心した、ということだ。こんな穏やかな気持ちになれたことが、今まであっただろうか?

 しばしの沈黙の後、

「じゃあ、学校行ってくる」

「ああ、無理すんなよ」

 鞄を肩から提げるようにして、背を向ける麻耶。足早に病室の入り口まで進んでいく。すると、麻耶は再び振り返った。

 俺が何事かと顔を上げる。すると、麻耶は叫んだ。それはそれは、病院中に聞こえ渡るような大声で。

「大好き!!」


THE END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ