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消し炭スープ事件

夜に上げますと朝に書きましたが、時間ができたので投稿します

夜にも上げます

「ジェラルドちゃん。ご飯になるわよ」


 部屋で本を読みふけっていると母さんが外から呼びかけてきた。

 俺は開いていた魔法書を閉じ、リビングへ向かった。


「『我が言葉に従いて道を開け』」


 魔法言語(にほんご)で扉に魔法をかける。すると扉は、俺が手を触れなくても開かれた。

 うん、やっぱりこういうのは気分がいいな。自分が特別になったような気になれる。


 満足しながらリビングに入ると、そこには目を丸くした父さんと母さんがテーブルの席についていた。


 それも当然だろう。扉がひとりでに開いたのだから。

 正確には、俺が魔法で開いたんだけど。


「ジェラルド、今のは……」


「開門の魔法だよ」


 父さんの質問に俺は胸を張る。


「……手を使ったほうが早くないか?」


 父さんの言葉には呆れたような色があった。


「魔法を覚えて嬉しいのは分かるが、魔法に頼りきりになったりするのだけはダメだぞ」


「分かってるって。ところで、ちょっと薄暗くない?」


 外はまだ明るいはずだが、窓には日差しを遮るためブラインドがおろしてあった。

 そのため、部屋の中は屋外ほどには太陽の恩恵を受けていないのだ。


「む、そうか? 父さんは別にそうは思わ――」


「『光よ、闇を照らし出したまえ』」


 父さんが言葉を言い切る前に、リビングの天井に光球が現れた。少し薄暗かった室内が、煌々たる輝きで満たされる。


 一応、魔力を意識して呪文を唱えてみたけど……ダメだな。全然感知することができなかった。


 さすがに、そう簡単にってわけにはいかないか。


 俺がそんなことを考えて首をひねっていると、ベビーベッドから泣き声が聞こえてきた。

 そちらへ目を向けると、今まで寝ていたシエラが急に明るくなってびっくりしたのか起きてしまったらしい。無理やり起こされたのが不服だったのか、目に涙を浮かべて愚図っていた。


「ああ、もう。はいはい、いい子だからねシエラちゃん」


 母さんが慌てて駆け寄ってシエラを抱き上げる。そしてこっちへ恨めしげな視線を向けると、


「もう。せっかくシエラちゃんがお昼寝してたのに。起きちゃったじゃない」


 と口を尖らせて責めてきた。


「あ、ご、ごめん今消すから――『闇にて光を覆い隠さん』」


 慌てて呪文を唱え、光を消した。すると再び、室内はいつもの落ち着いた明るさに戻る。


 部屋の様子が元に戻ったことに安心したのか、シエラはまた目を閉じて母さんの胸に顔を埋めて寝息を立てていた。


「もおっ。シエラちゃんのお昼寝の邪魔をしちゃダメじゃない。せっかくいい子に眠ってたのに」


「う……ごめん」


 まさかあれぐらいで起こしてしまうとは思ってもいなかったのだ。


「でも俺、魔術の練習をしたくって……」


「だからといって、シエラちゃんのおねんねを邪魔していいわけじゃないでしょう? ね、あなた」


「む? あ、ああ。セシルの言うとおりだな。いや、決してジェラルドが悪いと言うつもりはないが、言葉にしろ魔法にしろ時と場合というものがある」


 父さんと母さんが口をそろえて俺をたしなめる。

 二人の言葉は反論の余地がないぐらい正しくて、俺は「ごめんなさい……」と言ってうなだれてしまった。


「もう、魔法はあんまり使わないことにするよ……」


「あら、魔法を使うななんて、お母さんもお父さんも言ってないわよ?」


 頭を下げる俺に、母さんがそんなことを言ってくる。


「え、でも」


「時と場所さえわきまえてくれれば、いくらでも魔法を使ってくれてもいいわ」


「本当に!?」



「ああ。セシルの言う通りだ。差し当たって、まずは冷めてしまったスープを温める魔術を使ってみたらどうだ?」


 父さんの言葉で、俺はテーブルの上のスープが今のやりとりの間にすっかり冷めてしまっていることに気づいた。

 母さんもまたそれに気づき、「そうねえ、誰か温めなおしてくれると嬉しいなあ」なんてわざとらしく口にする。


 そんな二人の態度に、俺は力強くうなずいてみせた。


「うん、任せて! ええと、そうだな……」


 温めるだけなら、炎系の魔法を使うのが手っ取り早いだろうか。

 だとするなら、今俺が覚えているのだとあの魔法ぐらいか。


 俺は魔力を意識しながら、力を持つ魔法言語を口にした。


「『煉獄の炎にて焼き尽くせ』」


 途端に燃え盛る炎がほとばしり、ごうごうと音を立ててスープへ襲いかかった。

 炎は強烈な熱でスープを温め、熱し、そして……あとに残されたのは。


「…………」


「…………」


「……ジェラルド。これはいったいなんだ?」


 父さんが視線を落としたお椀の底には、黒く、黒く、真っ黒く焦げ付いたものがこびりついていて。


「俺が魔術で温めたスープです」


「ほう、スープか」


「はい。スープです」


「そうか……そうか」


 父さんはスプーンを手に取ると、名残惜しそうにお椀の底に残った炭をがりがりと削った。


「これは……これがスープだと、お前は言うのか?


「それは……」


 なんとも哀愁を感じさせる目を向けられ、俺には返す言葉がなかった。


 お椀の底には、スープの残骸である炭だけが残されていて、スープは影も形も見当たらなかったのだ。


「……ごめんなさい。温めるつもりが、消し炭にしてしまったようです」


「そうか……」


 父さんが寂しそうに、お椀の底に残る残骸へと視線を落とした。

 その姿がいたたまれなくなって、残っていた自分のスープ皿を父さんへと差し出した。


「あの、その、ごめんなさい……」


「いや、いいんだジェラルド。けど、そうだな……次からは気をつけてくれると非常に嬉しい」


「うん、気をつける……気をつけるよ、父さん」


 父さんと俺、男二人で肩を落として落ち込んだ。


 おかしいなあ……俺はただ、魔術の練習をしたかっただけなのに。

 決して、父さんの食事をひとつ台無しにしたいだなんてことは思っていなかったのだ。


 そんな風に落ち込む俺の後ろでは。、


「う~ん、ジェラルドちゃんが魔法でお手伝いをしてくれるようになるのはまだまだ先になりそうかなあ」


 と、母さんがシエラを再びベビーベッドで寝かしつけながら呟いていた。

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