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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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宮廷筆頭魔導師の忠告

 その後も俺はシエラと共に繁華街をあちこち見て回る。


 珍しい食べ物、辺境の村なんかでは見ることのできない服や装飾品の数々。


 冒険者街は成り立ちこそダンジョンから現れ人の村や町を襲う魔物に対する抑止力としてであったが、今日では人も物資も集まってくる流通の要所としても栄えている。


 そのため、繁華街ともなれば各地から集まってきたもので賑わっているのだ。


「あー、楽しかった」


 道と道との交わるところに設けられた広場で、シエラはベンチに腰をおろしながら満足そうな声をあげる。


「楽しめたようで何よりだよ」


 と声をかけながら、俺も彼女の隣に腰を下ろした。


「すごいね、冒険者街って! わたしね、もっと乱暴な人がたくさんいて、危険なところだってずっと思ってた」


「そんなことはないさ。確かに乱暴な人間はいるけれど……そうじゃない人だってたくさんいる。いや、むしろそういう人たちのほうが多いからこそ、こうして豊かな街になってる」


「うん。わたしもそう感じた。熱気も、活気も、物も、人も、色んなもので溢れてる」」


「そりゃ、冒険者街は、ダンジョンの魔物へ対抗する戦力であると同時に商業の要地でもあるからな」


 ダンジョンに潜む魔物は確かに脅威である。


 しかしながら、そのダンジョンでは数多くの貴重な素材を手に入れることができるのも確かなのだ。


 邪気によって変異した植物、異常発達した爪や牙、あるいは内蔵の一部、鉱石類や加工することで液体燃料となる水などなど……。


 そういったものが広く知られていくにつれて、冒険者街は一気に発達してきたという轢死もあるのだ。


「ここが、今兄さんが暮らしてる街なんだね。……わたしたちのいた村と比べれば、ずっと楽しくて、ずっと刺激的で、素敵なものがいっぱいある街」


 都会の魅力にすっかりはまったのか。


 シエラは瞳を輝かせてそう語った。


 そんなはつらつとした彼女の様子を見て、しかし俺が思い浮かべたのは最近めっきり元気を失った幼馴染の姿であった。


 ここを訪れた時は、俺と同じように街の大きさ、ものの多さに驚いたこともあったと思う。


 この街を訪れた頃のミィルはいつだって元気だった。いや、それよりもずっと前から、彼女は元気いっぱいで、それこそ鬱陶しいぐらいに明るかった。


 いっそ押しつけがまく感じるほどの明るさを疎ましく思うことはもちろんあった。


 けど……。


「……」


 疎ましく思うことの何十倍も、俺は彼女の明るさに助けられてきたと思う。


 ないまぜになった不安と期待を抱えて、ゼト市を訪れた時も。


 冒険者になると決めて、村を出たあの日も。


 ……フィリミナの笛に村が襲われた時、俺の身を案じて魔物のはびこる中俺の姿を必死に探してくれた時だって。


「……兄さん?」


「ん? ああ、どうしたシエラ」


「ううん、別に。ただ、兄さんがつらそうな顔をしていたから」


 どうやら内心が表情に出ていたらしい。


 心配そうにシエラが俺の顔を覗き込んでくる。


 そんな彼女の頭をくしゃりと撫でた。


「はうっ」


「そう心配そうな顔すんなって。ただ、今度はミィルのやつも連れてきてやったら、少しはあいつも元気になるかなって思っただけだよ」


「……ふーん」


 少し不満げにシエラが唇を尖らせた。


「兄さんはわたしと一緒にいる時に、他の女の子のことを考えるような人なんだね」


 と、咎めるような口調でそう言う。


「どうしてそんなに不機嫌そうなんだよ……」


「ねえ兄さん。兄さんはあの女とメイファンさんのどっちが好きなの?」


 俺のぼやきを無視してシエラがそう問いかけてくる。


「好きもなにも、どっちも大事な仲間だろ」


「へえ~、そうやって誤魔化すんだ」


「なにも誤魔化してないだろ」


「じゃあどっちが好きなの?」


「強いて言うなら、二人とも好きだって」


「……三股?」


「ちげぇよ! っていうか今の流れならせめて二股だろ! もう一匹どこのどいつだよ!?」


「わたし」


「それだけは何があってもあり得ない!」


 力強く断言する。


 そんなことしたら父さんと母さんに顔向けできない。それに俺にとっても大事な妹だ。鬼畜な所業をするつもりは毛頭なかった。


 シエラが膨れる。


「あり得なくないもん」


「拗ねるところがおかしいだろ……」


 まあ、まだ十歳だし、兄離れすることができないのだろう。


 若干妹の将来を心配しつつも、こうして慕ってくれるのは素直に嬉しいよな。


 そうやってシエラと談笑していると――。


「あらあら。ジェラルドさんにシエラちゃん」


「奇遇ね、ジェラルド君。それに妹さんも……」


 と、声をかけられた。


 現れたのはカッサンドラさんにノエルさんの二人だ。


 カッサンドラさんは、紫がかったブロンドをくるくるとカールさせ、いかにも令嬢っぽい豪華なドレスを身にまとっている。


 一方で、ノエルさんは金髪を肩口ぐらいまでのショートカットにし、パンツスタイルといった隙のない装いである。


 見事に対照的な二人であった。


「あらぁ……ジェラルド君、まさか妹のシエラちゃんと禁断のデートかしら? 私のような熟れたお姉さんよりも、まだまだ未熟な青い果実のほうがジェラルド君の好みには合うのかしら?」


 すかさずカッサンドラさんがセクハラしてくる。


 デートて……。


「まさか。シエラは妹ですし、決してデートとかそんなんじゃないですって。常識的に考えれば分かるじゃな――いてっ」


「……兄さん、ムカつく」


「なんで!?」


 セクハラに加え、シエラの足踏み攻撃による家庭内暴力まで勃発した。


 しかも全体重をかけてぐりぐり踏みつけてくるから結構痛い。


 時々出るこの凶暴さは、父さんと母さんのどっちに似たんだかなあ……。


 ノエルさんが呆れたような溜息をつく。


「これだから男に縁のない魔導バカの年増令嬢は……。魔導と下品さにかけては宮廷において右に出るものなしとは言われたものですね」


「ちょっと待ってノエルそれ初めて聞いたわよ!?」


「公爵家を揶揄するようなことを口にできる人はそういませんから」


 淡々と突き放すようにノエルさんがそう言った。


「私ってそんなに下品かしら……た、ただ、その、魔導の研究に没頭していると時々こう、思い出したようにムラムラとくるだけなのよ? それだけなのだわ!」


「あ、あはは、それだけ……なんですね」


 俺は何も言えない。なんせカッサンドラさんのセクハラを第一に受けてるもんだから、擁護のしようがないのだ。


 そうやって俺が曖昧な表情を浮かべていると。


「それにしても、ジェラルド君がこんなところにいるなんて珍しいわね」


 とノエルさんが話しかけてくる。


「いつも熱心にダンジョンへ潜っているでしょう? 今日もてっきりそうかと思っていたけれど」


「ああ、その……」


 ミィルがあんな状態で、ダンジョンへ潜ることなどできるわけもない。


 自然と、俺の反応も歯切れが悪くなってしまった。


「……ミィルは、今少し体調を崩していて。あいつを置いてダンジョンへ行くわけにもいかないし」


「そうなの……」


 ノエルさんの表情が、わずかにいたましげに揺れる。


 が、それも一瞬のこと。冷静な表情を即座に取り戻し、彼女は言葉を続けた。


「けれど、ミィルちゃんがいなくても、ジェラルド君とメイファンちゃんの実力があればじゅうぶん魔物に遅れを取らないのではなくて?」


 ノエルさんの言葉は事実である。


 俺が遠距離に強く、メイファンは近接戦闘に強い。コンビとしての相性は非常に良く、ミィル抜きでもゼフィロスの森表層に出てくる魔物程度ならそれほど苦にしないだろう。


 単純に、現状としては、戦力として考えるならばミィルの重要度は実はそれほどでもないのだ。


 しかし。


「……あいつだけ置いてダンジョンに潜る気には、なんかなれないんですよね」


 フィリミナの笛の襲撃があって以来……。


 俺は、強くなることを考えていた。


 父さんも、母さんも、シエラも、ミィルも……村の、俺の大切な人たちみんなを守れるぐらいに、強く。


 だからこそこの街へやってきた。冒険者として、戦う術を学び、力を磨き、フィリミナの笛が告げた『その時』が来る時までにより強くなろうとして。


 それでも、未知の世界への不安はあった。


 知らない世界に飛び出していくことに、拭いきれない心細さを抱えていた。


 表面上では強がりながら、それでも心の内にはやはり怯えを抱えていた俺に、ミィルは半ば強引にとはいえついてきてくれたのだ。


「ミィルに救われておきながら、他に頼りになるやつがいるからって理由で置いていくなんてことできるわけないじゃないですか。俺にとってあいつは、はた迷惑で騒々しい、それでいて大切でたまらないようなやつなんですよ」


「……そう。ジェラルド君がそう判断するのなら、私としては差し挟むことはなにもないわ。無粋なことを言ってしまったわね」


「いえ……必要だと思ったことをごまかすことなく言ってくれる人は、俺としてはありがたいですよ」


 申し訳無さそうな顔をするノエルさんに、俺は慌ててそう返す。


 実際、戦力的には俺とメイファンの二人で今のところは事足りるというのは、どこかで確認しておかなければならないことだった。


 魔拳士として、体術に加え魔力の扱いにも長けたメイファンの戦闘力は、上級冒険者であるガントに迫るほどなのだ。


「もしかしたら……ミィルは自分だけ仲間はずれであると感じてるのかもしれないですね。そのことに気づいてやれなかったのは、俺の落ち度です……」


 反省の言葉を漏らすと、ノエルさんとカッサンドラさんが呆れたようにため息をつく。


「はあ……ジェラルド君も、大概ね」


「そうねえ……ま、こればっかりは私たちが口にするほうが無粋なことではあるのだけれどね」


「ええ、今回ばかりはカッサンドラ様に同意ですよ。私たちの口から言う必要はないですね」


「え? え?」


「……もっとも、言わなければ気づきそうにないのがジェラルドさんの魅力でもあるのかしら?」


 二人がなにを言っているのかわけが分からない。


 俺はなにか間違えたことを口にしたのだろうか?


「……それはともかくとして、ジェラルドさん」


「はい」


 カッサンドラさんに話しかけられ、彼女のほうへ顔を向ける。


「仲良しごっこもいいけれど……弱い者を切り捨てる覚悟がないのなら、冒険者などやめてしまいなさい」


 ……予想外に手厳しい言葉が来た。


「足手まといを抱えていれば、そこからすべてが切り崩されることもあるわ。弱点になるような戦力ならば、いっそのこと仲間から切り捨てることだって時には必要なことなのよ」


 諭すような言葉に、俺はなにも言葉を返せない。


 辛辣な言葉だが、彼女の言葉は俺やミィルを案じてのものだということが分かるから。


 それでも、納得できないものがあるのもまた事実だった。


「つまり……ミィルを見捨てろってことですか?」


「ふふ……そういう意味じゃないのは、あなたならよく分かっているんじゃなくて?」


「……」


「正義を為すには弱さはいらない。意思と力を持ち続けねば、求むるものは手に入らない……今はまだ分からなくてもいいけれど、そのことは肝に銘じておくべきことね」


「……ご忠告、ありがとうございます」


「いいえ。こちらこそ出過ぎたことを言ってしまったかもしれないわね。謝罪するわ」


 なにを思って、カッサンドラさんの口から厳しい言葉が出てきたのかは分からない。


 それでも、彼女の真摯な口調には、なにか秘めた感情があることをうかがわせた。

お久しぶりです

更新再開のめどが立ちましたので、しばらく更新をお休みしていましたが再開いたします

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