仲良し兄妹
シエラに腕を引かれ雑踏へ飛び込む。
冒険者稼業に明け暮れていたものだから、俺もこの辺りのことは実のところあまりよく知らない。
そのせいか、シエラほどではないものの、俺は好奇心で胸をいっぱいにしていた。
「兄さん兄さん! あれ、なあに?」
「ん?」
シエラに腕を引かれ、道の脇にある移動屋台へ目を向ける。
こうしたワゴンは繁華街に限らずゼト市の至るところで見かける。
それぞれのワゴンごとに売っているものは異なるが、串焼きや蒸したじゃがいもなど、基本的には歩きながら素手で食べることのできるものが多かった。
シエラが目をつけたワゴンもそれは例外ではなく、香ばしいかおりが道を歩く俺たちの元にも漂ってくる。
「なんだろうな。少し、見ていってみようか」
「うんっ」
食欲をそそるにおいに惹かれたシエラが俺の手を引いてワゴンへ近づいていく。
「おう、らっしゃい。嬢ちゃんにあんちゃん」
ワゴンのおっちゃんが気さくにそう声をかけてくる。
「こんにちはー! ここはなにを売ってるんですか?」
「嬢ちゃん、オニオンリングは知らねえかい?」
「オニオンリング?」
人懐っこくシエラが話しかけると、おっちゃんが油で揚げた円形の食べ物がいっぱいに詰まった容器を差し出してくる。
こんがりときつね色に染まった表面はいかにもうまそうだ。
塩コショウが効いているのか、ほんのりと香るスパイスも食欲をそそる。
「オニオンリングっつってもそう大したもんじゃねえ。玉ねぎに衣をつけて揚げただけのシロモンだがよ、これがどうしてうめえんだぜ」
食ってみな、と促されシエラが一つ口に運ぶ。
オニオンリングを口に含んだシエラの表情が、パァッと明るい色に変わる。
「っ! 兄さん、兄さん、これおいしいよ!」
言いながらシエラが容器からひとつつまみ上げ、俺の口元へと運んできた。
応じて、口を開いた俺だが。
「おっと、ただで食わすわけにゃいかねえなあ」
と、店主の待ったがかかる。
「曲りなりにもうちの商品だぜ? そうバクバクと気軽につまみ食いされちゃ、こっちも商売上がったりよ」
ニィ、と唇を釣り上げる店主。
なるほどね。こういう釣り方をするわけか。商売上手だな、この店主は。
まあ、彼女も気に入ったみたいだし、容器をしっかり胸元に抱え込んでしまっている。
「ったく、仕方ないな。いくら?」
「銅貨で五枚だ」
財布から出した五枚の銅貨を店主に渡す。
「毎度」
「兄さん兄さん、ほら、早く食べて!」
金を渡すとほとんど同時ぐらいの勢いで、シエラがオニオンリングを俺の口元へ運んできた。
「お、おい、落ち着けってシエラ」
「ほらほら、早くしないと冷めておいしくなくなっちゃう~!」
だから食べろと急かすシエラに苦笑を返して、おとなしく俺は口を開く。
「お、ほんとにうまいな」
「でしょー!」
サクサクと心地いい食感の衣に包まれた玉ねぎはほどよく甘く、まぶされたスパイスと粉チーズの風味も味わい深い。
前世の記憶がある俺にしてみればオニオンリングなど珍しい食べ物でもないが、田舎育ちのシエラからしてみればこうしたスナック菓子的なものを味わうのは初めてのこと。
今も夢中になって衣で揚げた玉ねぎをしきりに口に運んでいた。
「腹壊すなよ」
「む、壊さないもん」
頭をぽんと叩いてからかい交じりにそう告げると、オニオンリングをかじりながらシエラが不服げに頬を膨れさせた。
「どうだかなー? 二年前、森で採った木いちごを食べすぎて腹を壊したのはどこのどいつ……って痛い痛い痛い!」
「んもう! おにいちゃんのいじわる!」
ばしばしと背中を叩かれた。けっこうガチめの勢いだった。
とはいえ――。
「久々におにいちゃんって呼んでくれたな?」
「っ、ちょ、ちょっと言い間違えただけだもんねーだっ」
十歳になる直前ぐらいのことだ。シエラはおとなぶりたいのか、俺のことを『おにいちゃん』ではなく『兄さん』と呼び始めた。
以来、ずっと『兄さん』と呼ばれていたから、少し寂しさを覚えていたのも事実。
こうしてたまに『おにいちゃん』という呼ばれ方をすると、こそばゆいながらも心地よい感覚を覚えるのであった。
「兄さんなんかもう知らないもんっ」
「そうかそうか、知らないのかー」
「ほ、ほんとなんだからね?」
「うん、ほんとにシエラは俺のことなんて知らないんだなー」
「む、むぅぅぅぅぅっ、もういいっ」
『怒ってますよアピール』をしたいのか、シエラが俺からぷいっと顔をそむける。
そんな仕草さえ可愛くて。
そして。
「っ、兄さん兄さん兄さん! あ、あれ見て変な人いるー!」
へそを曲げたその直後、そんなふうに俺の袖を引っ張ってくるところなんか愛おしいほどだ。
「ん? なんかあったのか」
「うん! あの人、あんなところで何してるの?」
シエラが指を向けた先にいるのは、奇妙な出で立ちをしピクリとも動かない人間だった。
くじゃくの羽根がついたド派手な帽子を頭にかぶり、極彩色の衣服に身を包んでいる。
それでいて、不安定な体勢のまま微塵も動く様子がなかった。
「ああ、あれはな。大道芸っていうんだよ」
「大道芸?」
「そう。道端でお金をもらって芸を披露してるんだ。あの人の場合は……パントマイムかな?」
説明をしてもシエラはきょとんと首を傾げている。
まあ、実際に見せたほうが早いか。
俺は小銭を取り出すと、パントマイムの大道芸人が道端に広げている小箱へそれを放り込んだ。
ちゃりん、と音がすると同時に、まるで動かなかった男の時が動き出す。
「わ、わ、わーっ!」
滑らかに動き始めた大道芸人を見て、シエラが驚きと感動の声をあげる。
俺も、思わず見入ってしまう。
動き一つで、そこにないはずの小道具が完璧に表現されているのは素晴らしいとしか言いようがない。無駄がなく、それでいて大袈裟な動きには、人を感嘆せしめる魔法のような力があった。
しかしその魔法の力もやがて終わりを迎え、大道芸人の動きは再び止まる。
「お、おにいちゃん、おにいちゃん! 止まっちゃったよ!?」
興奮しているのか、シエラがまた『おにいちゃん』呼びになる。
だがそのことに彼女は気づかず、俺の袖をぐいぐい引っ張ってせがんできた。
こうなるとシエラは甘えん坊だ。ま、変に大人びてるよりはいいと思うけど。
「しっかたないなー。もう一度だけだぞ?」
「うん!」
あと一度だけ、と約束をし俺は小銭を取り出した。
――結局、俺たちはそのあと三回も大道芸を鑑賞してから、そこを離れることになったのだが。
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