病気と息抜き
一週間が経過した。
その間も、ミィルの無理は連日続いていた。
魔物を強引に追うため、ミィル一人が突出し危ないシチュエーションに陥る頻度も増えていた。
目先の敵を倒すことにしか気が回らず、俺やメイファンの動きを把握していないため連携もバラバラだ。
ダンジョンから戻れば戻ったで、稽古だ修行だと称し食事も摂らずに道場へ閉じこもる。
ダンジョンでは、俺やメイファンがフォローすることでどうにか危ないところを脱し続けることができていた。
だが、ミィルの体はそうもいかない。
焦りに突き動かされた戦闘では体力も精神も消耗するし、夜遅くまでの無茶な訓練は計り知れない負担を体にかける。
結果、無茶に耐えかねたミィルの体はもろに調子を崩し、寝込んでいた。
「こりゃ、今日はダンジョンに行くのは無理だな」
彼女の体調を確認した俺はそう告げる。
発熱。発汗。寒気に頭痛。
体調不良の症状オンパレードなミィルは、二階の大部屋、みんなが寝室にしている部屋の真ん中で横たわっていた。
彼女の額は、先ほどメイファンが冷たい水で固く絞った布で冷やされている。
「へいき、だも……あたし、いけ……る」
「無理だって。体力をしっかり回復させるのも、冒険者の大事な仕事だぞ」
「でも……それなら、ジェラルド、の魔導で……」
「なんでも魔導に頼るのは悪い癖だ」
確かに、俺が魔導でささっと癒やせばミィルの具合もたちどころに良くなることだろう。
しかし、俺はそれをするつもりはなかった。
「今日は一日、じっくり寝て休んでろ。さすがに最近、お前は無茶しすぎだよ」
「で、も……」
「じっくり考えるいい機会だと思え。とにかく、今日はオフの日にする」
きっぱり言うと、ミィルは押し黙り布団を顔の真ん中辺りまで引き上げた。
表情からはありありと不服が見えるが、それでも体調は最悪なのだろう。それ以上はなにも言わずに瞳を閉じた。
すぐに、すうすうと寝息を立て始める。もしかすると、ここ最近ろくに眠れていなかったのかもしれなかった。
「ミィルさんの様子はボクが見ていますね」
ミィルを挟んだ反対側。
氷水を入れた桶のすぐそばに腰をおろしていたメイファンがそう話しかけてきた。
「いいのか?」
「はい。まあこの様子だと、しばらく目を覚ましそうもありませんけれど」
「……そうだな」
確かに、メイファンの言う通り、見下ろしたミィルの寝顔はちょっとやそっとのことでは揺らぎそうになかった。
「せっかく今日一日オフになったので、ジェラルドさんはシエラさんと街を出歩かれてみたらいかがですか?」
「え? でも、それだとメイファンが……」
ミィルの具合が悪い以上、彼女を一人で家に残すわけにはいかない。
まさかカッサンドラさんに看病させるわけにも行かず、そうなるとメイファンが残ることになってしまう。
俺のそんな懸念に気づいたのか、メイファンは銀耳をピクピクさせながら首を傾げ微笑んだ。
「ボクのことなら気にしないでください。久しぶりに、この家の面倒も見たい気分なんです。それに、ゼト市にやってきてずっと家のことばかりじゃシエラさんも息が詰まってしまうのではありませんか?」
「あ、ああ……確かに、そうかもな」
「ならここはお兄さんらしく、ジェラルドさんはシエラさんのエスコートをするべきだと思いますよ」
そう言って屈託のない笑みを浮かべるメイファン。
……本当に、よく気配りのできる女の子だ。
「すまん、メイファン。恩に着る」
「恩があるのはお互い様、ですよ?」
「そうだな……ありがとう」
――
「うわああ……すごい、すごいよ兄さん!」
冒険者街の街並みを見て。
シエラは喜びの声を上げた。
ミィルが眠りに落ちるのを確認したあと、俺とシエラは繁華街を訪れていた。
歓楽街の隣に位置している繁華街は、ゼト市の中でももっとも栄えている一角である。
表通りを占めているのは、飲食店を始めとした数々の店だ。立ち並ぶ看板は視界に入るだけでも十を超え、どれもこれもが初めてこの場所を訪れる者の目を惹きつけてやまない。
さらに道を進めば、時折広場のように開けている場所に出くわし、そこには大道芸を行う者、ベンチなどに座って語らう者、ここぞとばかりに布を広げ装飾品などを売る露天商などもいる。
賑やかで、騒がしくて、そして活気に満ちた場所。繁華街は、そんな空気溢れるところだった。
「賑やかで、建物もおっきくて……それにいろんなおいしそうなにおいもする!」
初めて出会うものばかりでシエラは興奮した様子であった。
シエラがゼト市を訪れて一週間以上経つ。だがその間、彼女は家事に追われてろくに街を見て歩く機会に恵まれなかった。
ミィルの体調不良が口実とはいえ、兄としては彼女をこうしてここまで連れてきてやれてよかったなと素直に思う。
右へ左へと視線を巡らせるシエラの背中は今にも走り出しそうである。この繁華街の物珍しさにそれだけ惹かれているということだろう。
彼女の背中に声をかける。
「さあ、どうだシエラ。今日は兄ちゃん、シエラのしたいことならなんでも付き合ってやるからなー」
幸い、妖魔を討伐したことで得た報酬がまだたくさん残っている。
一日ぐらい存分にわがままを聞いたところで、財布へ与えるダメージなどそう大したものではないのである。
「う、ん……」
声に反応してかシエラが振り返る。
だが、彼女の様子は思ったほど芳しいものではなかった。
「? どうかしたか、シエラ」
「あ、そのね……わたしばっかり楽しんでもいいのかな、って。家のことメイファンさんに全部押し付けちゃったし、アレも、ほら、今具合悪い時なのに……って」
「二人のことが気がかりか?」
「き、気がかりとかっ、あの女に対して特にそういうつもりなんてないけど!? ただその……兄さんなら分かるでしょ?」
言葉の内容とは裏腹に、シエラの口調はメイファンやシエラに対して気遣わしげな感じであった。
そんな彼女の素直ではない性質も、兄としてずっと見てきた俺ならよく知っている。
どこか言い訳がましい言葉を紡いでいたシエラの髪に指を絡ませた。
「ああ。お前が優しい子に育ってるってこと、俺はちゃんと分かってるよ」
「……っ、別に、優しくなんてないもん」
「頬が緩んでるぞ?」
「よ、喜んでなんてないも~ん!」
目を><にしてシエラが両腕をわたわたさせる。
そんな反応を微笑ましく思いながら、俺は言葉を続けた。
「メイファンなら大丈夫だよ。このところダンジョンに潜ってばっかだったし、たまには家で一日過ごしたい気分らしいからな」
「なら、いいけどさ」
「あとミィルも。メイファンがいるなら大丈夫だろ。それにな、お前があんまり心配ばっかしてるようじゃ、あの二人もむしろ後ろめたく感じると思うぞ」
メイファンからしてみれば、シエラが遊べる時間を作るために家事をすることを申し出た形だ。
ミィルとて、あんまり心配されても居心地悪く感じることだろう。
なら、そんな二人にシエラがしてやれること。それは。
「今日一日、しっかり遊んで楽しんで、笑顔で家に帰ろうぜ。そしたらみんな、安心した気持ちになれるからさ」
そう告げ、ぷに、とシエラの柔らかい頬をつまんでやる。
すると彼女はちょっと拗ねたように唇をすぼめ、そっぽを向いた。
だがその反応は、機嫌を損ねたのとはまた別の理由。
「に、兄さんがそう言うなら、楽しんであげてもいいケド?」
語尾が少しだけ上がる、気取った様子の疑問形。
繁華街の雑踏へ今すぐにでも飛び込みたい。そんな、ウキウキした彼女の気持ちは、どうやら隠しきれていないようだった。




