表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
59/64

背を向けるミィル

 依頼を終えて町へ戻る。


 ギルドで依頼達成の報酬をもらって、俺たち三人は帰路についた。


 今日も滞りなく任務をこなしたが、その表情は芳しくない。とりわけ、ミィルの表情は冴えなかった。


 今日――。


 午後もミィルはミスの連発だった。


 猪熊と戦った時ほどではない。


 だが、戦闘の最中に些細なミスが積み重なり、そのたびに危うくなっていたのは否めない。


 ミィルはそれを重く受け止め、次こそは上手くやらなければと気合を入れるのだが……なんというか、気負いすぎている。


 そのせいで、頑張れば頑張るほど危なっかしくなっていくという、およそ最悪の悪循環に陥っていた。


「ごめん……二人とも」


「もう。今日はミィルさん、そればっかりですよ?」


「あ……うん、それも、ごめん」


「えっと……」


 今までのミィルからは信じられないほどの卑屈っぷりに、メイファンも言葉をなくしていた。


「まあ調子の悪い日だってあるさ。今日はもう、ぐちゃぐちゃ考えるのやめにしようぜ」


「うん……」


 俺がそう声をかけるけど、彼女はまだ納得しきれてないような表情だった。


 ……まあ、こればっかりは外野があれこれ言って解決するような問題でもないしなあ。


 助言やアドバイスをすることもできるが、基本的に俺たちにできることは見守ることだけだ。


 それは歯がゆいが……仕方のないことだった。


 消沈したミィルを連れて屋敷へと戻る。


「あ……兄さんっ」


 門をくぐると、妹のシエラが箒で庭を掃いていた。


「兄さんおかえりなさい!」


 俺だけ(・・)に声をかけながらシエラが駆け寄ってくる。


 彼女の頭をこつんと叩く。


「こら。俺を出迎えてくれるのは嬉しいけどな……ミィルやメイファンのことを無視するのはよくないぞ」


 軽く叱ると、シエラが微妙に気まずそうな顔をした。


「うっ……ご、ごめんってば。なんていうか、兄さんしか目に入らなかったの」


「そういう言い訳はいらないから。ほら、こういう時はなんて言うんだ?」


「ご、ごめんなさい……?」


「違う。しかもなんで疑問形なんだよ」


 思わず俺は呆れ笑いを漏らす。


「ああっ。兄さん、今わたしのことばかにしたでしょー!?」


「呆れたことをお前が言うからだろ。こういう時は、ミィルとメイファンの二人にも『おかえりなさい』だろ」


 そう諭すと、シエラはミィルとメイファンに向き直り、


「おかりなさい」


 と口にした。


 ま、ミィルに対しては凄まじく嫌そうな目を向けてたんだけどな。相変わらず困ったものだ。


 俺とシエラの様子を見てメイファンがくすくすと笑った。


「お二人は随分と仲の好い兄妹なんですね」


「そう見えるか?」


「はい。とっても。……それじゃ、ボクは装備を着替えますのでお先に」


 俺、ミィル、シエラの順にメイファンは丁寧に一礼すると、玄関のほうへと去っていった。


「ところで兄さん」


「あ?」


「わたし、さっき兄さんにおかえりって言ったのに……」


 なぜだか恨みがましい視線を向けられる。


 心当たりのない俺は首を傾げることしかできない。


「うん? それがどうかしたのか」


「……こういう時はわたしになんて言うべきか、兄さん知ってる?」


「あっ」


 俺のほうもうっかりしていた。


 こいつはシエラに一本取られたな。


「ただいま、シエラ。出迎え、ありがとな」


「うんっ」


 シエラは嬉しそうに微笑んだ。


「あ、そういえば兄さん。もうお夕飯の準備できてるよ」


 一連のやり取りを終えると、シエラが思い出したかのように言った。


「今日はわたしが夜の食事当番だったから、兄さんの好きなものたくさん作ってみたんだよ? いっぱい食べてね!」


「おう、楽しみにしてるぞ。シエラの料理の腕がどれくらい上達したかも確認させてもらわないとな」


「兄さんきっとびっくりするよ? 母さんがね、あれも作ってやれこれも作ってやれって、いろいろ教えてくれたんだから」


 俺に向かって、ぎゅっと拳を握ってみせるシエラ。


「だからいっぱい期待しててよ!」


「その期待を裏切られないことを祈ってるよ。じゃ、ミィルも中入ろうぜ。いい加減俺、腹減っちまった」


「ええ~、泥棒猫も食べるの……? まあ、別にいいけど……」


 シエラの言葉を無視して俺は後ろを振り返る。そこには、ミィルが所在無げに佇んでいるのだ。


「おい、ミィル」


 声をかけると、ミィルはのろのろとした仕草で顔を上げた。


 俺のほうへと目を向ける。


「あ……うん」


 彼女の反応は鈍かった。


 表情は今だ落ち込んだ時のままで、瞳からは覇気というか、やる気、元気が抜け落ちている。


 今も、俺の言葉を理解したというよりは、名前を呼ばれたから反応したという感じだったし。


「え……泥棒猫、なんか様子がおかしくない?」


 シエラも訝しげな顔をする。


「話聞いてたか、お前。もう夕飯になるってよ」


「夕飯……?」


「ああ。今日も一日中封印跡地にもぐったことだし、腹も減ったろ。行こうぜ」


「夕飯……」


 ミィルは同じ単語を繰り返す。


 そして。


「いい」


「は?」


「いらない。食欲ない」


 彼女は、夕飯など必要ないとばかりに首を横に振った。


「いらないって……お前な、食わないと体力持たないだろ」


「ううん、大丈夫。……それより、あたし稽古しないと」


「は? 稽古って今からか?」


「うん。強くならないと。足手まといでなんかいられないもん」


 ミィルが道場のほうへと足を踏み出した。


 しかし、一日中冒険者としての仕事をこなした疲れもたまっているのだろう。彼女の足取りはおぼつかない。


 俺は思わずミィルの腕を掴み、引き止める。


「おい、やめとけって。無理のしすぎは身体に悪いぞ」


「うるっさいなあ! ジェラルドにはどうせ分かんないよ!」


 思いの外強い力で掴んだ腕を振りほどかれる。


 ミィルは目尻に涙を浮かべて俺のことを睨みつけてきた。


 だがすぐに後ろめたそうな顔になり、目を逸らす。


 あまりに突然のことに、俺は言葉を発することもできなかった。


「……ごめん、あたし……あたし、今の八つ当たりだ。よくないよね、こういうの」


「いや、俺はいいけど……どうしたんだよ、お前」


「ううん、大丈夫。と、とにかく今日足引っ張っちゃったし、頑張らないと行けないの!」


 取り繕った表情でミィルはそう口にした。


「……いいじゃん、兄さん。放っておけば」


「いや、でもシエラ。そういうわけにもいかねえだろ」


「だって」


 とシエラはぶすっと頬をむくれさせる。


「わたしのご飯食べるのが嫌なんでしょ、どうせ」


 そう言うと、彼女はぷいっとそっぽを向いた。


 どうやらシエラに対して完全に拗ねているようだった。


「……じゃ、ごめんジェラルド。そういうことだから」


「っておい、ミィル!?」


 ミィルはすでにもう俺に背を向けていた。


 その背中にかけてやりたい言葉はいくらでもある。


 思い詰めるな。


 頑張りすぎるな。


 無理しすぎるな。


 頼れ。相談しろ。一人で抱え込みすぎるな。


 でも……。


 どの言葉をかければミィルの足を止められるのか分からなくなって、俺は結局口を噤むことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
●新連載のお知らせ 「Fランク冒険者は、スキル『大器晩成』を駆使して成り上がる」の連載を開始しました。 http://ncode.syosetu.com/n9507eg/ 宜しければ、こちらにも足を運んでくだされば幸いです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ