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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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浮かない顔のミィル

 時間はそろそろ昼に差し掛かろうという頃だった。


 封印跡地の一角で、俺たちは魔物たちと交戦中だった。


「『破アアァァァァ』!」


 メイファンの拳が炸裂する。


 攻撃を受けた猪熊(ボアベアー)の鼻面が砕けた。


「グルォオオオオオッ」


 身悶えしながら猪熊が横倒しになる。


 猪熊は、二足歩行する熊みたいにでかい猪、といったような魔物である。


 普段は後足で動き回っているが、臨戦態勢に入ると猪のように四足になり、強烈な突進攻撃をかましてくるのが特徴だ。


 その猪熊の突進に、メイファンは父から学び修めた魔拳と、俺の授けた魔導の合わせ技で打ち勝ったのだ。


 俺が冒険者登録の試験官をやっていた時と同じ人物だと思えないほどの成長っぷりだ。


 メイファンは、横倒しになった猪熊が態勢を整える暇も与えずに距離を詰める。


 猪熊は迫るメイファンから逃れようと身をよじらせるが、それも無駄な抵抗だ。


「はっ、やっ、ていっ!」


 またたく間に浴びせられた掌底の連撃により、猪熊は頭をかち割られ絶命した。


 ……しかし、こうして視ててもやっぱり凄いよな。


 獣人は、身体の構造上、人間やエルフよりも魔力を物理的な力への変換効率が高い。


 一般では獣人が凄まじく高い身体能力を持つことで知られているが、それも無意識のうちに魔力を身体能力へ回しているからこそのものだ。


 それをより理論的、かつ、効率的に運用しようというのが、獣人式闘拳術なのだという。


 まだ若いながらもメイファンの魔拳士としての素養は非常に高く、自分の適性を伸ばし続けた結果、今はもう彼女も強力な戦士の一人なのであった。


 さらに最近のメイファンは、魔法言語の勉強も少しずつだが始めている。


 今はまだそこまで行かないようだが、魔導拳士といったような戦い方を身につけるのも遠い未来ではないだろう。


「こっちは任せて!」


 メイファンが猪熊を一体倒したとはいえ、まだ戦いは終わっていない。


 乱舞鳥(ラッシュバード)の群れがひとつと、猪熊が一体、まだ残っている。


 そのうちの片方、猪熊のほうへとミィルが猛然と駆け出した。


 ということは、俺の担当は乱舞鳥か。


 射出される羽の弾丸と、クチバシによる突っつき攻撃が乱舞鳥の主な攻撃手段だ。


 ただそれはともかくとして数が多い。大抵、十羽から二十羽は群れている。


 最下級から下級に上がった頃合いの冒険者だと、単独では対処しきれいで終わることも多いという話だ。


 まあ。


「『炎よ、灼き尽くせ』」


 一瞬で塵になってしまえば、群れだろうが単体だろうが関係ないんだけどな。


 俺が呪文を一言唱えると、灼熱の炎が乱舞鳥を一網打尽に灼き尽くす。


 残るのは、ぼそぼそと崩れ落ちる真っ黒な燃えカス。それだけだ。


 その僅かに残った燃えカスさえも、風に吹かれて四散し見えなくなってしまう。


 あっけないぐらい簡単な仕事だった。


「くっ、はああっ」


 俺とは裏腹に、ミィルは猪熊相手に苦戦している。


 直立した猪熊が振りおろしてくる両腕をかいくぐりながら剣を叩きこもうとするが、攻撃を避けてすぐの不安定な体勢では思うように反撃ができないらしい。


 それがミィルの焦りに拍車をかけ、彼女の動きは次第に拙速さを増していた。


「ぐ、この……しぶといなぁ!」


 猪熊の喉を貫こうと剣を突き出すが、手元が狂ったのかそれが突き刺さったのは喉ではなく右に二十センチばかりずれたところにある肩だった。


「うぇ!? ぬ、抜けない……」


 慌てて抜こうと柄を両手で握り締め引っ張るが、強靭な猪熊の筋肉に締めつけられた剣はそう簡単に抜くことができない。


「ミィルさん……っ」


「来ないで! これはっ、あたしが!」


 必死で剣を抜こうとしながらミィルが叫ぶ。


 だが無情にも、猪熊は獰猛な唸り声を上げながら四つん這いになった。


 来る。


 突進が。


 すんでのところで剣が抜け、ミィルが数歩後方へとたたらを踏む。


「うぐぅ」


 ミィルが踏ん張って体勢を立て直す。立て直す、が、その間に意識が猪熊から逸れる。


「ぬあ!?」


 四つん這いになった猪熊が、その巨体からは信じられないほどの速度で駆けだした。


 その進路上にいるのはミィルだ。


 慌てて横に転がって突進を避けるミィルだが、猪熊はそこで止まらない。


 突進しながら方向を転換して、ほとんど減速することなくミィルへと再突撃する。


 ミィルはちょうど、転がっていた状態から立ちあがったところだ。体勢が整わない。


 避けるのが間に合うかどうかといったタイミングだった。


 ミィルの表情がさっと変わる。


 焦りでも恐怖でも怯えでもない。


 まるで何かの覚悟を固めたかのような表情だった。


「ダメです、ミィルさん!」


 メイファンが叫んだ。俺も彼女と同じ気持ちだった。


 なぜならミィルは、猪熊の突進を避けることを放棄した。


 避けるのではなく――驚いたことに、迎撃することを選んだのだ。


 先ほど、メイファンは猪熊の突進を真正面から受け止め、退けた。


 だがメイファンとミィルとでは条件が違う。


 メイファンがあのような芸当をやってのけることができたのは、身体能力にとりわけ秀でた獣人という種族のポテンシャルに加え、魔拳士としての術理、魔導による破壊力がそれぞれ組み合わせられていたからである。


 人間(・・)がそう簡単にマネすることのできる芸当ではない。


 それでも例えば、ガントのように恵まれた体格の騎士であるならば、突進の一つや二つならば盾で防ぐことが可能かもしれない。


 しかしミィルは騎士ではなく剣士だ。体格的にも、猪熊の突進を受け止めることは難しい。


 だというのに、あろうことかミィルは猪熊の猛烈な突進に対し、真正面から立ち向かおうとしているのだ。


「やれる、やれる……あたしだって負けないッ」


 メイファンの声は届かない。


 剣を構えるミィルに対し、猪熊はもうすぐそこまで迫っていた。


 ったく。世話のかかる。


「『拘束せよ』」


 猪熊へと手を向け、呪文を唱える。


 すると猪熊の突進が止まった。


 魔力が頑丈な縄のように束ねられ、猪熊をがんじがらめに拘束しているのが俺の目には視えている。


 猪熊はあがいているが、そう簡単に自由にしてやるつもりはない。


 これ以上暴れ回られても厄介なだけだしな。


「え? あ、あれ……」


 突進に備えて身構えていたミィルが、拍子抜けした表情で突っ立っていた。


「ミィル、今だ。仕留めろ」


「うぇ!? あ、う、うん……」


 俺に言われるがままに、柄を握り直してミィルは猪熊の首を貫いて命を奪う。


 血がどばどばと溢れ、拘束から抜けだそうと振り回していた手足が重力に引かれてぐったりとなる。


「とりあえず、これで全部片付けたな」


 ミィルとメイファンに声をかける。


 二人とも、血や汗で全身どろどろだ。


 一方で、魔導を撃っているだけの俺はそれほど汗を掻いてもいないし、接近戦もしないから血を浴びたりなどもしていなかった。


「『汚れよ落ちろ』」


 メイファンとミィルの身体を、とりあえず魔導で綺麗にしてやった。


「あ、わざわざありがとうございます」


「うん……ありがと」


「お安い御用だよ、これぐらい。それにしてもメイファン。魔導の使い方、なかなか良くなってきたな」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「ああ。ただ、連発には注意しろよ。俺と違って、メイファンは魔力に限りがあるんだからな」


「そもそも、ジェラルドさんの体質は規格外すぎると思いますけどね」


 メイファンが苦笑した。


 俺は体質的に周囲の大気に存在する魔力を取り込んで自分のものとして使うことができる。


 どうやらこれは、幼い頃から魔導を使い続けてきた副産物らしい。魔力を事実上無限に使うことができるため、魔導師としてはこれ以上ないほどに恵まれた体質だった。


 メイファンからミィルへ向き直る。


「………………」


 彼女は浮かない顔をしていた。


 俺は俺で、言葉に詰まる。


 慰めの言葉も、かといって叱責の言葉もとっさには思い浮かばない。


「まあ……とりあえず、そろそろ昼飯にするか」


 迷いあぐねた末に、俺はそんなことを口にしていたのだった。

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