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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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魔物と女の子

 気を取り直した俺は炊事場で鍋に向かっていた。


 カッサンドラさんとシエラが移り住んできてから、数日経っていた。


 五人で共同生活をするにあたって、俺たちはいくつかの取り決めをすることにした。


 そのうちの一つが食事当番だ。


 メイファン、ミィル、俺、シエラ、カッサンドラさんの五人が一日ずつ交代で、掃除や洗濯、食事などをローテーションしていく。


 とはいえ、冒険者として家を空けることの多い俺、ミィル、メイファンは掃除や洗濯など、日中の仕事は割り振られていない。


 その代わり、朝のゴミ出しや夜の風呂掃除(なんとメイファンの屋敷には浴槽がある!)などを受け持つこととなっていた。


 他にも、夜は全員一緒に寝る(メイファンの提案)や、風呂に入っている時は[入浴中]の札をかけること(俺提案)など、いくつかの雑多な取り決めがある。


 取り決めを追加する場合は住民全員そろっての会議で是非を問う、なんていうルールまである。


「さて、と。こんなもんか。『弱火』」


 鍋の下の火に命じ、火力を調整する。


 んー、まだ強すぎるかな。これだとスープが焦げてしまいそうだ。


「『もう少し弱く』」


 と唱えると、弱火からさらに火の勢いが小さくなった。


 言い方を工夫すれば火力の微調整もできる。魔法言語って凄い便利だな。


 などと思っていると。


「見事な腕前ね」


 後ろから声がかけられた。


「いるならいるって言ってくださいよ、カッサンドラさん」


「あなたほど腕前のある魔導師なら、あえて言う必要を感じなかったのよ」


「買いかぶりじゃないですか? 俺はそんな優秀でもないですよ」


 まあ、魔力を感知すればどこに誰がいるのか俺はだいたい分かるけどさ。


 さらに言うなら、カッサンドラさんが魔導で自分の足あとや気配をわざわざ隠蔽してそこまで来たことも、魔力の流れで察していた。


「あらそう。あなたがそう言うのなら、まあ、いいけれど」


「事実ですから。――うん、悪くない」


 スープを匙ですくって味見する。


「どれどれ?」


「あっ」


 すると、カッサンドラさんも身を乗り出してきて、まだスープが少し残っている、たった今俺が使ったばかりの匙を口に含んだ。


 頬がかっと熱くなる。


「あら、ほんと。あなた、なかなか料理が上手じゃない……って、どうして顔を赤くしているの?」


「い、いやっ、えっと、お褒めに預かり光栄です!」


 照れて赤くなった顔を隠すようにして俺は鍋に向き直り、中身をかき混ぜた。


 カッサンドラさんみたいな、色っぽい年上の女性には慣れてないんだよなあ。


 * * *


 朝食を終えた俺たちは、シエラとカッサンドラさんをあとに残して家を出た。


 シエラがまだ不機嫌そうな様子だったのは気になるが……ま、帰ってきたら機嫌でも取ってやることにするか。


 向かう先はギルドである。


 人間、働かなければ食っていけない。


 というわけで、今日も今日とて冒険者稼業に精を出そうというわけだ。


「今日はどんな依頼がありますかね」


 足取りも軽く隣を歩きながらメイファンが話しかけてくる。


「さあな。それは行ってみたいことにはなんとも言えないけど……楽に稼げるやつがいいよなー」


「ジェラルドさんなら、どんな依頼でもそれほど苦労しないと思いますけど」


 とメイファンが苦笑する。


「確かにそうだよね。ジェラルドには難易度とかってあんま関係ないもんねー」


「いや、そんなことないぞ。採集とかの任務だと、探すのに手間がかかるわけだろ。だったら魔物を倒したり、封印跡地(ダンジョン)奥地の探索だったりのほうがよっぽど気楽だ」


「いや、だいたいの冒険者からしてみればそれって難易度としては逆だから……」


「そうか?」


 ちまちま素材集めとかしてるのって面倒くさいと思うんだけどな。


 まあ、魔導があれば大抵の危機は対処できる。


 慢心は禁物だとカリウスさんは口を酸っぱくしていうけれど、それと同じぐらいに自分の能力を客観的に把握することも重要だと言っている。


 だから、客観的に見て、俺の能力だと強力な魔物を倒す任務のほうが稼げるって結論になるんだよなあ。


 言葉を交わし合いながら街の中心部へと近づいていくうちに、人の数が増えていく。


 時折、商人風だったり街娘といった風情の者も見かけるが、ギルド周辺の地域だといかにも冒険者といった装いの人が増えてくる。


 その冒険者たちの種族も様々である。


 ヒューマン……いわゆる人間がほとんどであるが、時折ドワーフと思しき背の低い人々や、耳の長いエルフ族、様々な形の獣耳を持つ獣人族なんかもいる。


 剣、槍、籠手、斧、弓、ナイフ……多種多様な武器を各々手にしているが、いずれも冒険者であることに代わりはない。


 彼らは、魔族の爪あとである、魔物の跋扈する危険地帯、封印跡地(ダンジョン)を探索する人々なのだ。


「おう、妖魔殺し(スレイヤー)じゃねえか」


「最近の調子はどうだい、魔導師の」


「今日も任務か? 頑張ってんじゃねえか」


 何人かが声をかけてくる。


 彼らは妖魔を倒したのが俺だということを知っている。


 そのおかげで俺の名前が有名になりつつあるのか、互いの名前を知らなくても話しかけてきてくれることがあるのだ。


 時には。


「よう妖魔殺し(スレイヤー)! 今日はわしらと一緒に封印跡地(ダンジョン)に潜ろうや!」


 なんて誘いをかけてきたりする人もいるぐらいだった。


 どうやら俺の魔導は重宝がられているらしい。


 ありがたいことだが、こうして誘いを受けた時にはまとめて全部断ることにしている。


 きりがないからだ。


 誘いをひとつ受ければ、他からの誘いも受けなければならない。


 頼られるのは悪い気分ではないけれど、それで俺が思うように身動きを取れなくなったら本末転倒だ。


 雑踏を掻き分けながら見えてきたギルドの建物へ向かって進んでいると、前方から知った顔が近づいてきた。


 淡麗な容姿に、その種族特有の長い耳。


 エルフの先輩冒険者、カリウスさんだった。


「小僧か。今日も精が出るな」


 そばまでやってきたカリウスさんが声をかけてくる。


 背が高いから、上から見下ろされる形だ。


 常に眉間にしわを寄せているカリウスさんに見下されるのはそれなりの威圧感がある。


 元の顔立ちが凄まじく整っているので、なおのこと不機嫌そうに見えるのだ。


 だが、無愛想な表情とは裏腹に、彼が非常に後輩想いであることを俺は知っている。


 これまでも助言やアドバイスをくれたりして、俺たちもなにかと世話になってきたのだった。


「……うわっ、陰湿エルフ」


「相変わらず口が減らないなミィルも……」


 変わらぬミィルの反応にため息をつきつつ、声をかけてきたカリウスさんへ向き直る。


「お疲れ様です。カリウスさんもこれから任務ですか?」


「ああ、まあな。魔物の駆除が何件かと、そのついでに採集といったところだ」


 一般的な冒険者の任務といったところか。


 通常、冒険者の任務は護衛任務などといった場合を除き、魔物討伐と素材採集の二つに大別できる。


 そして、多くの冒険者は自分の力量に合ったいくつかの種類の魔物を討伐する任務と組み合わせ、その魔物の分布域で採取できる素材採集の任務を請けるものである。


 また、護衛任務の道中で採取できる素材の採集任務と組み合わせたりすることもある。もっとも、この場合は素材収集に時間を割けるわけではないから任務の達成効率は悪くなるが。


「小僧たちも、見たところこれから封印跡地(ダンジョン)にでも行くつもりだろう」


「ええ。はい、任務を受けたら向かうつもりですけど」


「なら言っておくことがある」


 カリウスさんが、もともと険しかった眉間のしわをさらに深くして詰め寄ってきた。


「最近封印跡地(ダンジョン)で妙な噂がある。奇っ怪な姿の魔物と、それに付き従う人間の少女を見かけたとかいうわけの分からない目撃情報だ」


「……確かに妙な話ですね。魔物はともかくとして、人間が魔物と行動を共にするなんてのはお伽話の世界でも聞いたことがないですよ」


「ああ。それに、誰かが襲われたとも、怪我をしたともいう話を聞かない以上、噂好きの冒険者の流す与太話の可能性もないではないが……封印跡地(ダンジョン)ではそんな不測の事態だってありうるかもしれん。注意を怠るなよ」


「ええ、はい。わかってますよ。カリウスさんも、お怪我のないよう気をつけて下さい」


「そんなことは分かっている」


 それよりも、とカリウスさんは尖った目で俺を見据え、


「おれが心配しているのはお前だ、小僧。お前は確かに優秀な魔導師かもしれん。瀕死の重症でも治すことができるかもしれん。だがな……逆に言えばその安心が慢心を招きやがては魔導でさえ手遅れなほどに大きね怪我や失敗を招き寄せることも考えられる」


「い、いや、それは確かに……そうかもしれないですけど」


「使えるものを活用するなとは言わん。だが、慢心は常に危機と親しいということだけはわきまえておくことだ」


「は、はい。分かりました」


「よし」


 言うだけ言うと、カリウスさんは封印跡地(ダンジョン)方面へ向かって歩き出す。


 だが、数歩行ったところで立ち止まると、不意に踵を返して俺たちのほうへ戻ってきた。


 そして、腰から提げたポーチから包みを取り出すと、俺の胸へ押し付けてくる。


「これは……」


「携帯食料だ。疲れたら食え」


 突き放すような口調でそう言うと、今度こそカリウスさんは封印跡地(ダンジョン)へと向かうのであった。


「あ、相変わらず、怒ってるのか優しいのかいまいちわからない人ですね……」


 メイファンが丸めた尻尾を足の間に入れながらそうコメントした。


 どうやらカリウスさんに怯えているらしい。


「ふんっ。説教臭いだけよ、あんなの」


「親切なのは間違いないと思うけどな。あんなに面倒見のいい人はなかなかいないよ」


 まあ実際、口調や表情で誤解されやすいとは俺も思うけどさ。もったいないよなあ。


 それにしても、妙な噂、ね。


 異形の魔物に、それと行動を共にする人間の女の子、か。


 それが仮に事実だとして、その魔物と女の子は一体何が目的なんだろうな。

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