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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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朝這い

 その朝。


 息苦しくて目が覚めた。


 顔に何か物凄い質量を持つ物体が押し付けられていた。


 そのせいで気道が塞がれ、空気を吸うことも吐くこともできないのだ。


 これはいったいなんだろう。


 酸欠気味の頭でぼんやりと俺は考える。


 不思議と、息苦しくはあるものの、不快に感じることはなかった。


 それどころか妙に心地いい。


 幸福な気持ちにさえなるほどだ。


 気道を塞ぐその物体は、確かに呼吸することを困難にしているが、その代わり得も言われぬほどに柔らかい。それがなんとも心地よく、離れがたいほどだった。


 ぷにぷにして、ふわふわして……綿のようでもあるのだが、綿以上にしっかりとした質感があるようだ。


 そんなことを考えているうちに息の苦しさが限界に達しつつあった。これ以上は窒息してしまうかもしれない。


 俺は、この心地いい感触から身を離そうとする。


 だが身体を動かすことができなかった。


 心地いい気分にさせてくれるこの感触を惜しんだわけではない。


 身体を離そうとしても、強く背中を圧迫してくるなにかがそれを許さないのだ。


「っ!? ~~~っ!」


 本格的に俺は焦った。


 息の苦しさに悶えながら、必死で顔と気道を塞ぐ何かの間に手を挟もうとする。


 だが、なかなか上手いこといかない。その柔らかな物体は触る端から柔軟に形を変化させ、ぴったり隙間を埋めてくるのだ。


 新手の攻撃か!?


 そう思ってしまったのも無理はないと思う。なんせ俺はこの時、完全に息をすることができなくなっていたのだ。


 どうにか退けようとして、手のひらで思い切りその物体を握りしめる。


「やぁんっ」


 するとその途端、妙な声が頭の上のほうから聞こえてきて耳をくすぐった。


 思い切り握りしめたことで、柔らかな物体の形が歪む。


 そうしてようやくできた僅かな隙間から思い切り息を吸い込むと、空気に混じって甘ったるいような汗の香りまで鼻腔に流れ込んできた。


 ……妙な違和感を覚えた俺は、どうにか動かせるようになった顔を上へと向ける。


「あらあら。ジェラルドさんったら……朝からそんなに盛っちゃうなんて、さすが若い子は違うわね」


 そこにあったのはカッサンドラさんの顔だった。


 恥ずかしがってでもいるのか頬が少し赤く染まっているが、まんざらでもない、といった表情である。


 彼女との距離はほぼゼロで、ほんの少し頭を動かせばキスだってすぐにできそうなほどだった。


 そして、さっきまでは気づいていなかったが、俺の全身は温かくて柔らかななにかと密着しているらしい。


 まるで包み込まれてでもいるような、幸福感と安心感に満ちた感触なのだが……。


 頭の中で状況を整理した俺は、事態をようやく理解した。


「か、かかかっ、カッサンドラさ――わぷっ」


 顔を真っ赤に染め上げてカッサンドラさんから距離を取ろうとする俺だったが、抱き寄せられ再び顔を彼女のたわわに実った果実――胸に埋める形になってしまった。


「ちょちょちょ!?」


「あらやだ。そんなにがっついたりなんかして……やっぱりなかなか男の子ね」


 あなたが無理やり押し付けさせてるんですけど!?


 抗議の声も、物理的にも精神的にも破壊力抜群な胸に圧殺されてしまう。


 俺は今、正面からカッサンドラさんに抱きすくめられているような状態だ。背中には両腕が回されており、完全にロックされている。


 力ずくで突き飛ばせば多分押しのけることはできると思うけど、女性にそんなことはしたくなかった。


 そんなことを考えながら巨乳の海で溺れかけていると、不意に俺の上に影が落ちる。


 なんとなく嫌な予感がしたので首を捻って上を見上げてみれば、そこには。


「…………」


「し、シエラ、その、おはよう……?」


 ものすご~く不機嫌な顔をした我が妹シエラが、真冬の吹雪もかくやと言わんばかりの目で俺を見下ろしているのであった。


おはよう兄さん(・・・・・・・)。こんな朝早くから(・・・・・)、随分楽しそうだこと」


「ち、ちがっ……シエラ、これはカッサンドラさんが無理やりにだな――」


「ええそうねどうせまな板ですよわたしは~っ。これじゃあ寝起きも悪うございましょうねっ」


「俺一言もシエラが貧乳なんてこと言ってないよね!?」


「ほらぁ! やっぱり兄さんはわたしのことそういう風に思ってたんだ! 信じられない! スケベ!」


 シエラが顔を真っ赤にして喚き立ててくる。


 するとだ。


「ふわぁぁ……朝?」


「んぅ……みたい、れしゅ」


 声の大きさに反応したのか、ミィルとメイファンまで目を覚ましてきた。


 っていうか起き抜けだとメイファンは若干舌っ足らずになるのか。可愛いな。


 ――ていうかそんなこと考えてる場合じゃない!


 今の俺の状況を見たら、ミィルもメイファンもほぼ間違いなくシエラのような勘違いをするだろう。場合によっては、信用を失い口を利いてくれなくなる可能性さえ……いや、こっちはあんま心配しなくていいか。


 ミィルは俺にべったりだし、メイファンとは一緒にお湯を浴びた仲だし。


 とはいえ妙な勘違いをされる事態はあんまり歓迎できたものではない。


 第一カッサンドラさんは貴族……それもかなりの権威と実績のある家の出身だ。


 彼女自身、宮廷筆頭魔導師として名を馳せている。


 そんな彼女が、知り合ったばかりの俺とそういう関係(・・・・・・)だと一部の人間だとしても勘違いされるのは、迷惑以外の何物でもないだろう。


 早々にこの場を逃げ出すことを俺は決めた。


「だ、だいたい兄さんは昔っから女の人にだらしないし……ほら、泥棒猫とか、他にも兄さんが魔導師だからって色目使ってくる村の女を追い払うのにわたしがどんなに苦労してるか……」


「悪い、シエラ、その話はまた後でな! 『空間転移』」


「あ、ちょっ、兄さん! わたしの話はまだ終わってな――」


 シエラが言い終わるのを待たずに俺は屋敷の炊事場に魔導で移動する。


 昔は懐いてくれていたんだが、村を発つ数ヶ月前からシエラの小言も増えてきた。反抗期かな? 女が絡んでると特に口うるさい印象があるのは、俺の気のせいだろうか。


 まあいっか。肉親に対してはつい、あれこれ口を挟んだりしがちだからな。シエラもきっとそうなんだろう。

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