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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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新たな居住者

『通りすがりの凄腕魔導師』というのは、俺の生まれ故郷である村を襲った魔族、フィリミナの笛を討伐したとされる架空の魔導師だ。


 八年前、フィリミナの笛率いる魔物の群れを前に村が壊滅寸前にまで追い詰められた時、颯爽と姿を現し村を救ったと言われている。


 しかし実際のところ、フィリミナの笛と魔物の群れを討伐した魔導師は当時五歳だった俺である。


 日本人だった前世の記憶を取り戻していた俺は、魔法言語が日本語だったこの世界の魔導を修得することができていた。その魔導の力をもってして、フィリミナの笛を倒したのだ。


 とはいえ、誰もが恐れる魔族を五歳の子どもが倒したなどという話が広まれば、俺はたちどころに村から、そして家族から引き離され国や軍の管理下に入ることになっただろう。


 俺がやったことは間違いなく神話的偉業だったが、それだけの力をお偉いさん方が警戒しないわけがない。


 ならば精神的に与し易い幼いうちから、国の戦力として育て上げようとすることも考えることができた。


 だが俺はそれを望まなかった。村のみんなも、俺のことを大切に思ってくれていた。


 だから村全体で口裏を合わせて、『通りすがりの凄腕魔導師』という架空の人物を創作したのだった。


 その結果として、フィリミナの笛が名前もない地方の村に出現したという事実と、凄腕だが名の知られていない魔導師がフィリミナの笛を討伐したという嘘が、ハルケニア王国全体に広まることになったのだった。


 魔族を退けるほどの人材を国が欲しないわけがない。


 幾度と無く村には視察が訪れたし、村の近くには魔族や魔物の群れの再出現に備えるという名目で軍の駐屯地が置かれたりもした。


 いずれも、架空の凄腕魔導師の行方や動向を探るためのものだ。


 だが、この八年、国はこの魔導師の行方をこれっぽっちも掴むことができなかった。


 兵士たちの前で俺が魔導を使うことはあってもそれは大したものではなかったし、むしろそれを口実に『件の魔導師から少しだけ魔導を教わった』と言って架空の魔導師の存在に現実味を与えるための材料にさえしてみせた。


 そんな俺に、「その魔導を教えた君の師匠は今どこにいるのか?」と質問……いや、詰問してくる人間も少なくなかった。


 そうやって詰め寄ってくる人間に対して、俺は次のように答えるようにしていた。


「分からない。ある朝起きたら、煙のように消えていた」


 と。


 こうやって答え続けているうちに、凄腕魔導師の居所を俺に聞いてくる人間はいつしかいなくなったのである。


 おそらくはカッサンドラさんも、『通りすがりの凄腕魔導師』の情報を集めているのだろう。


 彼女が宮廷筆頭魔導師になってからまだ日が浅い。


 だからこそ、強力で有能な手駒を欲しがっているのかもしれない。そして、噂に聞く『通りすがりの凄腕魔導師』はいかにもそうした人材としてふさわしかった。


 視察という名目で村を訪れ、シエラを通じて『凄腕魔導師の弟子』こと俺のことを知り、わざわざこんなところまで来た……なんてところだろうか。


 なら、俺が彼女に言えることはそう多くない。


「申し訳ないですが……フィリミナの笛を倒した魔導師に会いたいというのなら無理な話ですよ。俺は確かにその人から魔導を少し教わりましたけど、姿を消して以来連絡の一つもよこしませんから」


「あら、へえ、そうなの? まあ色々な話を私も集めてはみたけれど……『通りすがりの凄腕魔導師』さんの足取りはさっぱり掴めなかったわね」


「……でしょうね。俺もいざというときに備え魔導の修練を今でも欠かしてはいません。ですが、師匠が今いたらもっと効率的に力を伸ばせたはずだと考えると、残念で仕方ありませんね」


「分かるわ。私も昔師匠を失ったから」


 静かな目で俺のことを見つめながら、カッサンドラさんがゆっくりとうなずいた。


「でも、私はそれからも強くなるため修行を続けたわ。おかげで、今という立場を手に入れることができたわ」


「苦労したんでしょうね」


「ええ。でも、魔導が好きだったから」


 とカッサンドラさんは笑顔を作る。


「それに、魔導師としてやりたいこともあったしね」


「やりたいこと?」


「ええ。まあ、そうね。生涯をかけた私の目標みたいなものよ」


「へえ。どんな目標なんですか?」


 その口ぶりが少し気になって聞いてみた。


 するとカッサンドラさんは軽い笑みを浮かべて答えた。


「そう人に語るほどのものでもないわ。本当にごく個人的な『目標』だもの」


 どうやらはぐらかされたか。


 頬をうっすら染めているのを見ると、恥ずかしがっているようだ。


 宮廷筆頭魔導師にして公爵家出身の令嬢が恥ずかしがるような『目標』……むしろ余計気になったが、人が語りたがらないことを詮索するのもあまり良くないだろう。


 俺はそれ以上追求しないことにした。


「すみません。力になれなくて」


 ともあれ、カッサンドラさんは『通りすがりの凄腕魔導師』の情報を求めて俺にコンタクトしてきた。


 だからといって、まさか俺が当の本人ですと名乗り出るわけにもいかない。


 今のところ、俺は国だの軍だのに所属するつもりはない。冒険者として戦いやそれ以外の経験を積み上げていきたいというのが本音だ。


 自己満足かもしれないが、情報を提供できない以上謝罪の一つもしておきたかった。


「あらあら。そんな気にしないでちょうだい。私だってかなり無理を言ってることは分かっているし……フィリミナの笛を倒すぐらい規格外の力を持っているとするなら、本人だって自分の正体を秘匿したがってもおかしくないわ。知られればそれだけ厄介事が増えるもの」


「確かに……国や軍がそれだけの人材を欲しがらないわけもないし、意図せぬしがらみが増えるばかりで本人としては動きにくくなってうっとうしいと感じるかもしれないですね」


「ええ。それにそれだけじゃないわ。国や軍のみならず、それ以外の組織だって欲しがるはずよ。これはあまり公にはなっていないけれど、一部魔導師なんかは魔導の力は魔族からの授かり物だとかいう思想に染まっているみたいだし……あるいは魔王として担ぎ上げようとする動きにまで発展したりするかもしれない」


「そんな大袈裟な……」


「と思うでしょう? でも歴史的にも事例はあるの。まだ魔族が封印されるよりも前のかなり古い記録になるけど、魔族と肩を並べて戦った魔導師たち(・・)がいる、というものがね」


 信じられない情報だった。


「ま、魔族が封印されてからはそういった派閥もなりを潜めてるようだけど。まあ何はともあれ、人が明かしたがらないことを詮索しているわけだし、情報なんて集まらなくて当然ね。簡単に本人にたどり着けるなんて私だって考えてないわ」


 やけにあっさりした物言いだった。


 こんなところまでやってくるものだから、言い方は悪いが執念深く『通りすがりの凄腕魔導師』の正体を暴き立てようとしているものだと思ったが、俺の考えすぎだったようだ。


 内心、少しだけホッとする。


「ちなみになんですけど、参考までに質問してもいいですか?」


「ええ。構わないわよ」


「もし、件の魔導師と出会うことができたなら、どうするつもりだったんですか?」


「そうね……とりあえず求婚かしら?」


「ぶっ」


「わふっ!?」


「兄さんの破廉恥!」


 ミィル、メイファンが思わずといった様子で吹き出し、シエラが顔を真っ赤にして怒り出す。


「なんで俺が非難されなきゃならねえんだよ」


「あっ、ご、ごめん……つい」


 シエラがしょんぼりとした様子で肩を落とした。


「で、でも、だって……兄さんには求婚とか、結婚とか……ま、まだ早い……よね?」


「俺は当分結婚もしないし求婚だって今のところ誰かにするつもりなんてないっての。ってかお前は妹なんだし、そんなこと気にしなくたっていいんだぞ」


「べ、別に気にしてなんかないけど……兄さんが誰と、その、結婚しようがわたしなんか関係ないし」


「いや、関係あるだろ。兄妹なんだし、その時が来たらお前の姉になる人だぞ?」


「わ、わたしお姉ちゃんなんていらないもん! 兄さんのバカッ」


 俺に一生結婚するなってか。


 まあ、この手の意味不明なシエラの物言いは今に始まったことじゃないので気にしないけど。


「それにしても……求婚って、マジで言ってます?」


 とりあえずカッサンドラさんに向き直る。


「あら。本気だって言ったらどうするのかしら?」


 本音の読めない笑みを彼女が向けてくる。


 どこか妖艶なその表情に、女性慣れしていない俺は動悸が高まるのを感じた。


「いえ、その、会ったことのない相手なのによくそんなことが言えるなって……」


「あら。でも私は魔導が大好きなの。もちろん優秀な魔導師も、ね」


「はあ」


「だからこそ、結婚相手にそれ相応の能力を求めるのは当然ではないかしら? それにフィリミナの笛を討伐するだけの力があるなら、バルターザ家の家格にふさわしいわ」


 本気なのか嘘なのか、口調や表情からはまるで読めない。


 何となくごまかされた感がなきにしもあらずだったけど、もしかすると本気で言ってるのかもしれないと思わせるような雰囲気もまたあるような気がした。


 まあ真意は読めないけど……とりあえず俺たちと敵対することもなさそうだから、まあいっか。


 あまり気にしないことにした。だいたい女の考えてることを男が想像しようとするだけ無駄である。


 こういう時は、思考放棄こそが金なのだ。


「まあ、出会えるといいですね」


「ええ。ありがとう、ジェラルドさん。今日だってわざわざ話を聞かせてくれて嬉しかったわ」


「そう言ってくれると……正直、情報なんて欠片も持ってなかったのでこれっぽっちも役に立つことはできませんでしたが」


「いいのよ。私は結構、あなたとお話することができただけで満足だわ」


 にっこりと、今度は慈愛溢れる笑みをカッサンドラさんが向けてくる。


 いつもこういう笑顔を向けてくれるなら、俺だってもうちょっと心穏やかに話せるんだけどな。時々やけに色っぽい顔を見せるから、その度に心臓が跳ね上がってしまう。


「どうやら……話は終わりということでいいみたいね」


 静観していたノエルさんが口を挟んできた。


「まあそうね。今回は場を整えてくれて助かったわ、ノエル」


「カッサンドラ様につきましては、あれこれとお世話を焼かせていただいた間柄ですから、これぐらいのわがままを容認するぐらいのこと構いません」


「もう。なんであなたって、いちいち言動にトゲがあるのかしら。道理で幾年経っても男ができないわけね」


「バルターザ家のご令嬢ともあろう方があまり破廉恥な発言をなさるのも如何なものかと。処女のくせに」


 冷ややかな口調でノエルさんが爆弾発言を投下した。


「しょっ……」


 思わず俺は絶句する。


 だが一方で、カッサンドラさんはあまり意に介していないらしい。余裕の表情をしていた。


「ちっちちっち違うのよ! た、確かに私は男性を知らないかもしれないけれどそれにはちゃんと理由があって、ほら、公爵家の令嬢だもの。て、てて貞淑であることは当然のぎみゅ……あ痛っ」


 めちゃくちゃ早口だった。しかも噛んでいた。


 表面上は冷静を取り繕っているのに、動揺しまくりだった。


 見れば、テーブルの上で組んだ手の指はガクガクと震えている。そこまで動揺することなのかよ。


「大方、魔導の研究に明け暮れて、あざとい割には男を取り逃してばかりだったんでしょう」


「なんであなたがそんなこと知ってるのよ!」


「知らなくても想像つきます。当時から手を焼かされましたから」


 ノエルさんに噛みつくカッサンドラさんの様子からは、先ほどあった冷静沈着な大人の女性、といった雰囲気は掻き消えていた。


 それにしてもノエルさんはカッサンドラさんのことを随分深くまで知っているらしい。一体どういう関係なんだろうなあ。


「……ノエル。本当によく回る口ね」


「お互い様ですよ。それで、どうします? しばらくこの街に滞在するのなら宿を手配いたしますが」


「ありがとう。お願いするわ……と言いたいところだけど大丈夫よ。ちゃんと当たりはつけてあるもの」


「と言いますと?」


「しばらくジェラルドさんのところに泊まろうと思ってるわ。彼は彼で見たところ随分の使い手(・・・)のようだし、結構興味深いのよねえ」


「えっ!?」


 と声を上げたのはもちろん俺である。


 俺のところに泊まるということはつまり、ミィルとメイファンも一緒ということだ。今はあの屋敷を俺たち三人の拠点にしているのだから。


「わ、わたしもっ」


 シエラが手を挙げる。


「その、ほら、妹の、ええっと義務として兄さんの生活がどんなものか確認する妹の義務があるからほらね? 妹の義務として!」


 妹の義務言い過ぎだろ。


「だから何が言いたいって、兄さんのところに泊まるって案にわたしも賛成賛成さんせーい!」


「と、シエラちゃんも乗り気なようだけど、お兄さん? 私たちがお邪魔するのは迷惑かしら?」


 正直俺は別に構わなかった。


 久々にシエラと再会して色々話したいこともあるし、カッサンドラさんにしたって宮廷筆頭魔導師なのだからあれこれとためになる話を聞けるかもしれない。


 家事をやる時は簡単な魔導しか使わないから、俺が件の『通りすがりの凄腕魔導師』とバレることもまずないだろう。カッサンドラさんは魔導師ではあるが冒険者の身分ではないため、封印跡地(ダンジョン)へ同行することもなさそうだし。


 ただ、同居人二人、特に元々そこに住んでいたメイファンがどう思うかは確認するべきだろう。


 ミィルとメイファンに聞いてみることにした。


「なあ。二人はどう思う?」


「ボクは大歓迎です!」


 真っ先に賛成したのはメイファンだ。耳がピンと立っているし、座っているにも関わらずお尻から伸びる尻尾はぶんぶんと嬉しげに振られていた。


「部屋はたくさん余ってますし、それに父さんがいた頃みたいに家が賑やかになるなんて想像するだけで……えへへ」


 なるほどな。


 元々は賑やかな家で暮らしていたわけだ。


 人数が増えたらもっと賑やかで楽しくなる――なんてことを考えているのかもしれない。


「あたしは……うん、あたしも別にいいよ」


 メイファンに続いてミィルもうなずいた。


 多少意外ではあった。ミィルとシエラは結構仲が悪い。顔を突き合わせれば、割と高頻度で口喧嘩をしていた記憶がある。


「いいのか」


 念のため再度確認してみたが、ミィルは今度もうなずいた。


「うん。だって、ほら、わざわざここまで来たのに追い返すってのも変だし、何よりジェラルドも久々にシエラと色々話したかったりするでしょ?」


「お、おう……まあ、そうだけど」


 なんか、ミィルらしくないことを言うな。


 妖魔との戦いを境にして、なんとなくミィルに変化が現れつつあることは知っていた。


 足手まといになりたくないなんて言ってみたり、こうして俺に対する気遣いなんかを見せてみたり。


 以前はもっと、こう、自分の考えていることしか目に入っていなかったようなところがあった。


 でも近頃は、もう少しだけ周りの人間の考えていることや感情にも意識が回るようになってきたようだ。


 冒険者生活を通して、彼女も精神的に成長していってるのかもしれないな。


 あるいは、自分も親元を離れて生活する不安を知っての気遣いかもしれないが……。


 俺も見習わなければ。


 ミィルを見なおしたところで、カッサンドラさんが話しかけてきた。


「どうやらみんなの同意を得ることはできたみたいね」


「ええ、はい。そうみたいです」


「嬉しいわ」


 と、本当に嬉しそうな笑顔をカッサンドラさんは浮かべた。


「これからしばらく、みんなのところにお世話になるわ。よろしくね」


 こうして、宮廷筆頭魔導師のカッサンドラさんと、俺の妹シエラが、屋敷の新たな住人として加わったのであった。

おかげさまで、書籍版、売り上げのほう好調なようです!

ありがとうございます!

今後ともよろしくお願いします!

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