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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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その者、宮廷筆頭魔導師

「彼女はカッサンドラ・リアナ・サン・バルターザ。君たちを呼び出した張本人で……あろうことか、このハルケニア王国の宮廷筆頭魔導師その人よ」


 ノエルさんの執務室にて。


 俺たちは、ノエルさんから改めてカッサンドラさんの紹介を受けていた。


 テーブルを挟んで、俺とカッサンドラさんは対面する形でソファに座っている。俺の隣にはミィルが腰を下ろし、さらにその向こうにメイファンといった形だ。


 ノエルさんは、俺とカッサンドラさんに近い位置にある細長いテーブルの短辺に座っていた。


「あろうことかとはなんなんですの、ノエル。これでも私、立派に職務を勤めていてよ。貴族たるもの、己の責務に精励することは義務であり大きな誇りだもの」


「相変わらずよく回るお口ですね。要職にいる公爵家の令嬢が王都を離れて辺境の村を訪れた挙句、今度は一介の冒険者に逢うためだけに冒険者街ゼト(こんなところ)へ来るのも職務のうちだとでも言いますか?」


「ええ、そうよ。かつてフィリミナの笛が現れたという村を視察で訪れるのは宮廷筆頭魔導師たる私の責務でしょう? そんなことも理解できないとは、あなたのほうは埃でも詰まって頭の回転が随分お粗末になったのではないかしら」


「……本当によく回るお口で」


 ノエルさんとカッサンドラさんの軽妙な皮肉な応酬を見るだけで、この二人が旧知の間柄であるということがよく分かる。


 表面上は険悪だが、その実、ここまであけすけな物言いを互いにできるのは信頼あってのものだろう。


 親密というよりは、腐れ縁といった雰囲気だった。


 一方で俺はというと、いきなり宮廷筆頭魔導師その人から名指しで呼び出され緊張していた。


 まともに口を利ける気がしない。


 なんせ、カッサンドラ・リアナ・サン・バルターザといえば、公爵家出身の令嬢にして最年少で宮廷筆頭魔導師(・・・・・・・)になった切れ者だ。


 まだ宮廷筆頭魔導師に就任して一年足らずだが、彼女の力を称える声はあまりに多い。


 単身で竜を屠る力を持ち、絶大な魔力でもって放たれる魔導は神の奇跡にも等しいと評されている。


 家柄や能力に加えて、彼女は容姿の美しさまで併せ持っている。特にそのプロポーションは絶大で、はちきれんばかりに張り出している胸元は椅子からちょっと身を乗り出すだけでテーブルの上に乗っかってしまいそうなほどだった。


 見ているだけで、こちらの頬が熱くなってしまう。


 こんな大人物から名指しで呼び出されるなんて、驚きだった。


「慇懃無礼なノエルのことは置いておくとして。改めまして、私が宮廷筆頭魔導師のカッサンドラよ。以後、どうぞお見知り置きを、ジェラルドさん。シエラちゃんからお話は伺っていてよ」


 緊張する俺に向かって、カッサンドラさんが身を乗り出して話しかけてくる。


 ……前傾姿勢になったため、彼女の胸がテーブルの上に乗っかった。ぷにゅん、と音まで聞こえてきこうな光景だった。


「相変わらずあなたという人はあざといですね」


 と、ノエルさんは不機嫌そうにそう呟く。


 だがカッサンドラさんにはその自覚もどうやらないらしい。


「あら、なんのことかしら?」


 と、きょとん顔である。


 カッサンドラさんのその反応にノエルさんは不機嫌そうな面構えをしていたが、彼女は「はあ」と疲れたようなため息をついていた。


 一方で、執務室のテーブルを挟んで俺の対面に座るカッサンドラさんは、口元に微笑さえ浮かべて熱心な視線を送ってきていた。


 そんなカッサンドラさんに――。


「えっと、は、はい。その、シエラがお世話になったようで……その」


 などと、しどろもどろな返事しかできなかった。


 こんな美女と話したことなど、前世でだったなかったのだ。


 顔よししぐさより、なにより爆乳。


 顔を合わせて言葉を交わすことさえできない気がした。


 目のやり場に困った俺は、カッサンドラさんの隣にいる人物へと視線を移す。


 そこにいるのは、カッサンドラさんの連れにして、この執務室にいる三人目の魔導師(・・・・・・・)にして……。


「兄さんの変態」


「久々の再会だってのにその物言いは冷たいんじゃないかと兄さん思っちゃうな」


 俺の妹であり魔導師としての愛弟子でもあるシエラであった。


 そう。シエラは、『フィリミナの笛』関連で村を視察で訪れたカッサンドラさんと親しくなり、なんと一緒にゼト市までやってきたというのだった。


「だって……大好きな兄さんに会いたい一心でわざわざここまで来たのに、相変わらず泥棒猫は侍らせてるし、いつの間にかペットまで飼ってるし、カッサンドラさんには鼻の下伸ばしてるし」


「泥棒猫ってどういうこと!?」


「ぼ、ボク、ジェラルドさんのペットだったんですか!?」


 ミィルとメイファンが目を丸くして声をあげる。というか、メイファンはペットじゃないから。むしろ家主だから。


「あら。うふふ。さすが殿方ともあれば、やはり猛々しいものなのかしら?」


 カッサンドラさんは口元に手を当て、からかうような声をかけてきた。


 というか少し動きを見せるたびに胸がたゆんたゆん揺れてるんですが……男としてはそちらへつい視線を取られるのも仕方ないわけで。


「いや、その……失礼しました」


「いいえ。そう気にすることはなくってよ? むしろ男の子なんですもの。下心の一つもなかったらそちらのほうが問題だわ」


 言いながらカッサンドラさんはやはり流し目を送ってくるが……それがこれまた色っぽい。


 満足に受け答えもできない俺がしどもどしていると、シエラがまた、


「村を出てしばらく見ない間に兄さんが変態になっちゃった……」


 と哀しげな声で呟いている。


「ち、違うから! 俺は断じて変態じゃない! 正常だ!」


「ええ、確かにジェラルドさんは正常よね。どうやら先ほどから私の胸に目が釘付けになっているようだもの」


「そ、それはっその」


「うふふ。魅力的な女性に惹かれるのは男の子として普通のことだから気にしなくても大丈夫よ?」


 などと言われましても……。


 普通の男の子は、女性に下心を見抜かれたらうろたえたりするものだと思う。


「ジェラルド君をからかうのもその辺りにしたらどうかしら?」


「あら。ノエルったら怖い顔」


 ノエルさんに冷たい視線を向けられながらも、カッサンドラさんはくすくす笑いながらそれを受け流していた。


「そ、それより! ノエルさんに呼び出されてここに来ましたけど、俺に何か用事でもあったんですか?」


「兄さん、ごまかそうとしてる……昔はもっとわたしに対して誠実だったのに」


 非難するような目を俺に向けてくるのは、シエラだ。


「まあまあ。お兄さん……ジェラルドさんのことが好きなのは分かるけど、このままじゃ本題に入れないわ。それに男の悪いところに目をつむってあげるのが、いい女の条件よ?」


「ぅぅぅ~~~っ。に、兄さんのことが大好きなんて、わ、わたしそんなこといってないもんっ。カッサンドラさんのバカッ」


 さっき兄さんのこと大好き(・・・・・・・・・)って言ってたのはどこの誰なんだよ。


「何見てるのよ!」


 と、呆れた目を向けたら、シエラが俺をキッと睨みつけて怒鳴りつけてくる。


 照れているのか、頬は真っ赤になっていた。


「はいはい、すいませんね」


「ったくほんとに兄さんは……いつもいつも気が利かないし下着は出しっぱなしにするし洗濯物たためないし本当にわたしがいないと生活なんて全然できないことをもっと自覚するべきだと思うのよね……ま、まあ、でも、そんな兄さんだからわたしが仕方なく、本当に仕方なくお世話をしてあげてるというか、だ、だから、えっと、兄さんは全然そのままでもっていうか……」


 おざなりな返事を返すと、シエラは照れ隠しなのか顔をそむけてブツクサ文句を言い出した。


 後半に行くにつれて声が小さくなるのもいつものことである。


「まあ、ちょっと言い争いするといつもすぐこうなるんで、さっさと話進めてくれて構いませんよ」


「あら。これは意外ね。私の前では兄さんが兄さんが~とジェラルドさんの話ばかりするものだから、てっきりこうして顔を合わせている時も顔をだらしなく崩してデレデレしているものだと思っていたわ」


「か、カッサンドラさんっ!」


「ふふっ。ジェラルドさんのお姫様がどうやら不機嫌らしいから、そろそろ本題に入らせてもらってもいいかしら?」


「ええ。むしろこのままじゃ話が先に進まないので、是非」


 うなずいてうながすと、カッサンドラさんは大きな胸の下で腕を組んでそのままテーブルに肘を起き身を乗り出してきた。


 その色っぽい仕草。


 破壊力たっぷりのバスト。


 男の理性を蹂躙する爆弾にも等しい、異性に対する決戦兵器。


 だがカッサンドラさんが口にした言葉は、俺にとってはその決戦兵器以上の破壊力があった。


「あなたに会いに来た理由はただひとつ。フィリミナの笛を倒した通りすがりの(・・・・・・)凄腕魔導師(・・・・・)さんに一目逢いたかったからよ」


「「……え?」」


 その時。


 俺とシエラの呆然とした声が、見事なまでに重なった。

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