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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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喧嘩

 装備などの準備を整え、使いの男についてギルドへと向かう。


 ミィルとメイファンも一緒だ。


「ギルド長ってノエルさんのことだよね? なんの用事なの」


 道を歩きながらミィルが問いかけてきた。


「妖魔に関することでしょうか。もう、報酬も受け取ったはずだと思いますが……」


 メイファンも不思議そうな顔をしていた。


 その気持ちは俺も同じだったが、どうせノエルさんと会わばはっきりすることだ。


 考えたところで仕方ない。


「ま、なんでもいいさ。とにかくついてこうぜ」


「そだねっ。考えたって分かんないもんね」


「ミィルさんは呑気というか無邪気というか……なんというか、あれ、ですよね」


「メイファン。遠慮せず馬鹿って言ってやっていいぞ」


「ええ!? メイちゃん、あたしのことそんな風に思ってたの!?」


「思ってない、思ってないですから! ジェラルドさんも、ミィルさんに変なこと言わないでくださいよぅ!」


 そんな風にして賑やかに言葉を交わしているうちにギルドへ辿り着いた。


 もうすでに依頼の受付が始まっているのか、防具や武器など装備に身を包んだ人々が出入りしていた。


「執務室でギルド長がお待ちです」


 案内役の男はそれだけ告げると、仕事は終わったとばかりに沈黙する。


 とりあえずギルドの中へ入れ、ということらしい。


 拒否する理由もないので、扉を開いて建物の中へ入る。


 ギルドの本部一階は相変わらず喧騒に包まれていた。受付カウンターには冒険者たちがひっきりなしに押し寄せており、そうでない冒険者たちもそこかしこでがなり声を上げている。


 種族は人間がメインだが、エルフなど亜人の姿もちらほらと見える。


 相変わらずみんな騒がしい。まあ、冒険者という職業ともなれば血の気が多くなるのも仕方ないだろう。


 ノエルさんの執務室は建物の三階にある。


 上へと続く階段へ足を踏み出しかけた、その時だった。


「――ざっけんじゃねえぞこのチビカスがあ!」


 ギルド内にそんな罵声が響き渡る。


 見れば、人間の男とドワーフの女性が、剣呑な顔つきで睨み合っていた。


「はあ? ふざけてんのはそっちでしょ! アタシは正当な報酬を支払ってるってーの!」


「生意気言いやがってこのチビが! こっちゃ依頼にあった通りの素材をちゃんと集めてきただろうが!」


「ええ。集めてきたわね。数だけは。でもあんな傷だらけの粗悪品、使えるところがほとんどないわ! その分報酬を差し引かせてもらってなにが悪いってのさ!」


 男のほうは背が高く肩幅も広い。


 反対にドワーフの女は、ドワーフという種がすべてそうであるように背が低い。百二十センチあるかどうかといったところだろうか。


 彼女は肩幅も狭く腰も細いが、やはりドワーフの女性がおしなべてそうであるように、胸だけは大きく張り出していた。


「チッ……我慢ならねえぜチビアマがよお! テメェはおとなしく正当な報酬を支払いやがれってんだ!」


「これだから冒険者の荒くれ者は。中身が詰まっているとは思えないぐらい悪い頭を持ってるから手に負えないわ」


 二人のやり取りがヒートアップする。


 それと呼応するようにして、ギルドに集まる他の冒険者たちが囃し立てる声も大きくなっていった。


「おお、喧嘩か? やっちまえ!」


「うおおお、久々に殴り合いかあ!?」


「やれやれ! ド派手にな!」


 喧嘩だ殴り合いだと煽る声あり、即席の賭場を立てここぞとばかりに金を稼ごうとする者あり。


 まるで祭りのようだった。


 冒険者ともなれば気の荒い者が大半だ。そうした気性は、むしろ封印跡地(ダンジョン)では都合よく働くことも多い。


 だがその反面、騒動や争いごとを好む傾向が強い。喧嘩なんてのは、彼らにとっては大好物なデザートのようなものだった。


 となれば当然、たとえ殴り合いに発展しようと間に割って入ろうとする者はほとんどいない。決着がつくまで見物するのが常というものだ。


 だが……人間の男とドワーフの女。


 ドワーフといえば戦闘種族として知られているが、それは男に限っての話。ドワーフの女は、その体格の華奢さ(胸は除く)も相まって戦闘には不向きだとされているのである。


「止めないとっ」


 ミィルがそう言って足を踏み出そうとする。


「いや、待て」


 だが俺は、彼女に制止の言葉をかけた。


「で、でもジェラルド! このままじゃあの子ひっどいことになっちゃう!」


「いいから。まあ黙って見てろ」


 ミィルの二の腕辺りを掴んで引き止める。


 あと、ドワーフの女性にとって胸が大きいのは成人の証。なりは小さくても、多分俺たちより全然年上なんだろうなあ。


「くそっ、やってやらあこのアマ!」


「ああ上等だね! 肝っ玉のみみっちいヘタレがどこまでやれるか見てやろうじゃないのさ!」


 売り言葉に買い言葉。


 男がとうとう、ドワーフの女に殴りかかる。


 ――だが、その時だった。


「『我が言葉により紡がれし不可視の鎖よ、彼の者の動きを封じ込みたまえ』」


 流暢な日本語(・・・・・・)がその場に響き渡ったのは。


 拳を振りかぶった男が不自然な態勢で動きを止める。そしてそのまま、彼は床に横倒しになった。


「大の男が女性へ手を上げようだなんてみっともないことこの上ないわ。恥を知りなさい。恥を」


 代わりに場の中心へ一人の女性が現れる。腰まで届く長い髪を優雅にかきあげながら、彼女は辛辣な口調で言い放つのだった。


「まったく、嘆かわしいことに冒険者どもは相変わらずの乱暴者ばかり。そろいもそろって、腕っ節しか取り柄のない愚図ばかりだわ!」


 見物していた冒険者一同、突然の乱入に目を白黒させるしかなかった。


 それも当然のこと。彼らにとって、魔導とは見慣れない現象なのだ。


 だが魔力を感知することのできる俺は気づいていた。少なくともこの空間に、俺以外の魔導師が二人(・・)はいることに。


 そのうちの一人は当然、髪を長く伸ばしたこの女性だ。


『視』る限り、魔力が相当強いことが分かる。かなりの使い手であるのは間違いがなかった。


 ……とはいえ、呪文に無駄が多かったんだよな。


 俺なら、相手の動きを止めるのにあんなに長ったらしい呪文を使わない。『詠唱しろ』の一言でじゅうぶん事足りるからな。


 そんなことを思いながら、女性へ無遠慮な視線を俺が送っていると、不意に彼女がこちらへ顔を向けてきた。


 そして。


「そこのあなたっ」


 ビシっと指を突きつけながら、明らかに俺へ向かって歩み寄ってくる。


 視線を送っていたことに気づかれたのだろうか。いや、でも、この場の人間で彼女へ視線を向けていない者はいない。


 なら、失礼なことを考えていたと見抜かれた? そんなまさか。


「ね、ねえ、ジェラルド。あの人なんかこっち来るよ」


「ど、どどど、どうしましょう!?」


 ミィルとメイファンもうろたえている様子だ。


 とはいえ、目をつけられてしまったからには今さら逃げ出すこともできなかった。


「ようやく会えたわ。無事こうして対面することができてとっても光栄よ」


 彼女は俺の目の前までやってくると、嬉しくてたまらないといった様子で話しかけてくる。


 だが、俺としては、『なんのことやら』というのが本音だった。


 こんな美人と会ったりしたら、そう簡単に忘れることなどできないだろう。


 だが、どんなに思い出そうとしてみても、心当たりがまるでなかったのだ。


「ちょっと! ジェラルド、いつの間に他の女と仲良くなってるの! はっ、まさか浮気!?」


「ボクたちに隠れて、ここここんなっ、お、大人の女性と逢引していたんですか!? うぅ、そりゃ、もうボクたちなんて子どもにしか見えないですよね……」


 ミィルとメイファンが責めるような目を俺へ向けてくる。心外だ。


「ちょ、ちょっと待ってください。人違いじゃないですか? 俺、あなたと会ったことないはずですよね?」


「いいえ。その魔力の輝き……私の判断に間違いなどあるはずないわ!」


 何かの間違いかと思って問いかけてみれば、そんなことないときっぱり断言されてしまう。


 というか、魔力の輝き? この人、魔力を『視』ることができるっていうのか?


 さらなる疑問を俺が覚えていると、彼女はこほんと一つ咳をして改めて強い瞳を向けてくる。


「でも、私としたことが先走ってしまったわ。こちらが一方的にあなたのことを知っているだけというのに、馴れ馴れしく話しかけてしまってごめんなさい」


「はい? えっと、それはつまり、どういう……」


 一方的に俺のことを知っている?


 まるでわけが分からない。こんな美人が俺なんかのことを、一体どこでどうやって知ったのだろう。


 振る舞いからは毅然とした気品を感じるし、住む世界の到底違う相手だとしか思えないのだが。


 目を白黒させるしかない俺に向かって、彼女はさらなる爆弾を投下したのだった。


「私はカッサンドラ。恋い焦がれるあなたへ逢うためにこの街を訪れたわ」


「へ?」


「ジェラルド。これは一体どういうことなの!?」


「大人だなんて卑怯です大人だなんて卑怯です大人だなんて卑怯です……」


「だから二人とも! 俺はなんにも知らないんだって!」

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