父の理解と、母の愛《後》
「……あの、さ」
「ん? どうした、ジェラルド」
「父さんと母さんは、怖くないの?」
唐突に覚えた不安感に、俺の出した声は傍目にも明らかな具合に落ち込んでいたのだろう。
先ほどまでは笑っていた両親の顔が、すぐさま心配そうな表情になる。
「怖いって、何が?」
母さんの問いに俺は俯いた。
魔法を使えた瞬間は、父さんと母さんに話したいなんて子どもじみたことを思った。だが一通りそれも終え、ある程度落ち着いた今は逆にそれでよかったのか、本当に魔法が使えることを知らせて大丈夫だったのかという不安を覚えていた。
普通の平民は魔法を使えない。学ぶ機会がないためだ。
そのため、魔法という力に頼ることができるのは一部の上流階級だけ。
平民が上流階級の世界に紛れ込めば異質なものとして排除されるように、魔術師もまた、平民の中では異物として扱われるのではないか。
父さんと母さんも、俺の持つ力が怖くなってしまったりするのではないか。
……そうしたら、また俺は腫れ物のように扱われたりするのではないだろうか。前世の俺がそうであったように……。
そんな恐怖と不安が、俺の中で首をもたげていたのだった。
だがそんな気持ちを見透かしたのか、母さんが優しげな声をかけてくる。
「ねえ、ジェラルドちゃん。聞いて」
「……うん」
「わたしはね。魔法って、なんだか怖いもの、乱暴なものって思ってたわ。今も、そう思ってる」
……だから、怖いとでも言うのだろうか。
優しげな声で、親しげな口調で、俺への恐怖を告げるのだろうか。
そう思って拳を強く握り締めた。
だが。
「でも、まあ、だからってジェラルドちゃんを怖いなんて思わないかなあ、わたしは」
「ああ、そうだな」
軽い調子で呟くかのような母さんの言葉に、父さんもまた同意の声をあげた。
……って、へ?
「……怖く、ないの? 俺なら、怖いよ。自分よりうんと強い力を持ってる人がいたら、怖くて近づきたくないって、思うよ?」
「ええ。わたしもそう思うわ」
「なら、どうして……?」
不安に揺れる俺の声に、母さんは優しく微笑んで、
「だって、ジェラルドちゃんはわたしとラッセルの子どもだもの」
「~っ、だからちゃん付けするなって言ってるじゃんかあ」
「照れ隠しするならせめて頬の赤いのをどうにかしたほうがいいぞ、ジェラルドちゃん」
「だからあ! 父さんも少しは手加減してくんないかなあ!?」
思わず俺がそう言うと、父さんと母さんはクスクスと笑みをこぼしていた。
「それで、お前はどうしたいんだ。ジェラルド」
「俺?」
「ああ。お前は、魔法に興味があるか? 魔術師に憧れを感じるか? そして何より、色々な魔術を使いこなせるようになりたいと思っているのか?」
「それは……」
当然、そんなの決まってる。
前世の俺は本が好きだった。物語が大好きだった。
漫画やライトノベル、ゲームなんかがいつだって俺の遊び相手だったし、まだ見ぬ異世界に夢を描いていたりもした。
そんな俺が、魔法を使えることに喜びを覚えないわけがなくて。
そんな俺が、魔術師という響きに憧れを感じないわけがなくて。
「そんなの……決まってるよ。もっと魔法を覚えたい。色々な魔術を使えるようになってみたい」
「そうか……」
言いながら父さんが目を細めると、不意に俺の頭を大きな手で撫でる。
「ぁう!?」
「そう言うと思っていた。さすが、俺とセシルの子だ」
「えっと、あの、父さん……?」
戸惑う俺には構わず、父さんが髪の毛をわしゃわしゃ撫でた。
力強いその動きに、右に左に首が傾くものだから、少し目を回してしまう。
やがて父さんは俺の頭から手を離すと、
「ジェラルド。この魔法書はお前にやろう」
と言って、まだ手に持っていた魔法書をこちらへ差し出してきた。
「……いいの?」
「ああ。本っていうのはな、それを読む人間のためにある。ならその魔法書は、お前のためにあるってことなんだろう」
そう思わないか? と言って父さんの向けてくる微笑に、俺の心がふんわりと温かくなるのを感じた。
……俺は、父さんも母さんも世界で一番素晴らしい親だって、胸を張って言えるんだ。
父さんは理解を示してくれた。母さんは、いきなり魔術師になった俺を受け入れてくれた。
俺の使えるようになった魔法より、何より、そんなことができる父さんと母さんのほうが絶対に凄いって俺は思うんだ。
次回からはしばらく村でまったりのんびり生活しつつ、ジェラルドが魔術の腕を磨いたり両親や妹とアットホームな時間送ったりする感じの話が続きます。