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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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新居の罠

「うわぁ~、ひっろいねー!」


 目の前にある家を見上げて、ミィルが感嘆の声を上げていた。


 その家はメイファンの道場敷地内にある。


 稽古場となる建物の隣に、その家……というよりは屋敷が建てられているのだ。


 俺達が今立っているのは、その屋敷の玄関を上がったところである。


 大きな扉を開いて中に入ってみれば、そこには武骨ながら広々とした空間が広がっていた。


「確かにめちゃくちゃ広いな……本当にいいのか、俺達までこんないいところに住まわせてもらって」


「はいっ。というか、あの……」


 メイファンがおずおずといった様子で問いかけてくる。


「こちらこそ、本当にいいんですか? ボクとしては、ジェラルドさんにこの家の所有権を譲渡しようと思っていたぐらいなんですけど。元はといえば、あなたのおかげで取り返すことができたわけですし」


「何度も言っただろ。メイファンの親父さんとの思い出が詰まった家なんだから、俺がもらうわけにはいかないって。せっかく取り戻した意味がないだろ」


 メイファンはこの家の所有権を、ガントとの決闘によって取り戻した。


 だが、彼女は俺のおかげで取り戻すことができたのだからと言って、いっときは俺に所有権を譲渡するという提案をしてきた。


 そんなことをしては本末転倒だからと説得したが、どうやらまだ気にしているらしい。


「俺は人の宝物を奪うようなマネをしたくないな」


「ですが……」


「いいって言ってるだろ。はい、この話はもう終わり。次したら、俺はこの家には絶対住んだりしないからな」


「……はい、分かりました。でも、この家が欲しくなったら言ってくださいね。ジェラルドさんになら、ボクはいつでも所有権を譲り渡しますから」


「ああ。その時が来たら言うさ」


 俺の言葉に満足したのか、彼女はにこりと笑ってうなずいた。

「それでは中に上がってください。まずは案内もしたいですし」


「うんっ、上がる上がるっ! すごい、ひろい、きれい!」


 メイファンに促されたミィルは我先にと家の中へと上がる。


 階段を下から見上げたり、開いてる扉や窓に首を突っ込んだりと忙しそうだった。


「お前なあ……もう少し落ち着けよ」


 呆れた俺がその背中にそんな声をかけると、ミィルは興奮した様子でこちらを振り返る。


「だってだって! ここがあたし達の新居なんだよ!」


「新居って……いやまあそうだけど、その言い方だと何かが違うだろ、何かが」


「でもでもっ、あたしの胸は未来への希望と期待でいっぱいだよ!」


「奇遇だな。俺も胸がいっぱいだよ。不安で」


「子どももいっぱい作ろうねっ」


「だからなんでそういう話になる!?」


「あっ、でもあたしまだ生理来てないんだった! どうしよう!?」


「本当にお前は慎みねえなあおい!」


 あまりの慎みのなさにあそこも完全に萎えそうだった。


 俺の服の裾を後ろからメイファンが指先でそっと摘んでくる。


「あ、あの……ぼ、ボクのほうは、もう、その、ちゃんと来て……」


「ああ、すまんなメイファン。そろそろ案内してもらっていいか?」


「……そうですよね。ジェラルドさんはそういう人ですよね。ボク知ってました。はあ……」


「? どうかしたかメイファン。なんか浮かない顔してるぞ」


「いえ……ボクが勝手に期待して勝手に自滅しただけなのでジェラルドさんは気にしないでください。大丈夫ですから」


「んー、そうか? まあ、ならいいけど」


 ぽんぽんとメイファンの頭を軽く叩いて言葉を続ける。


「なんかあったら、遠慮なく言えよ。お前、結構自分の中に溜め込むところあるだろ?」


「~~~~~ぅ、ぁぅ」


「我慢のしすぎは体にも良くないし、愚痴や文句ぐらいなら俺だってミィルだって付き合うぜ。な?」


「ぅぅぅぅぅっ。と、とにかく、家の中を案内するのでついてきてくださいお二人ともっ!」


 励ましたつもりだったのだが、なぜだかメイファンは顔を真っ赤にしてずんずん先へと進んでいってしまう。


 怒らせたのかな?


 気づかいってやつは難しいもんだ。


 とりあえずミィルと並んでメイファンの後をついていく。


「……ねえ」


「あ?」


「この女タラシ」


 なんでそうなる。


 ――


「しっかし、ほんとにでかい家だよな。家っつーより、もう屋敷っていったほうがいいぐらいだ」


 メイファンを先頭に、その後ろに俺とミィルが並んで廊下を歩く。


「はい。道場に通う門下生などが下宿することもありましたからね。その分、部屋もたくさん余ってるのでジェラルドさんもミィルさんも好きな部屋をお使いになってください」


 強い冒険者は稼げる。


 そしてシャオランさんは、その強い冒険者だった。


 冒険者の稼ぎは実力に比例し、このゼト市でも抜きんでた強さを誇っていたシャオランさんは多くの信頼と莫大な稼ぎを得ていたという。


 そうした経緯から道場を開き、人望がさらなる人望を呼んだ結果稽古場の隣にこうした下宿所兼自宅まで建てたそうだ。


「はいはい! じゃあみんなで一緒に毎日寝ようよ!」


「一人のほうが気楽なんだけど」


「えーそんなのつまんないじゃんっ」


 ミィルがぷーっと頬を膨らませると、おかしかったのかメイファンがくすくすと笑い声をもらした。


「そうですね。ボクも、みんなで寝たいです」


「メイファンまで何言い出すんだよ……」


「だって、楽しそうじゃないですか。それにみんな一緒なら寂しくありませんから」


「そうだよっ。メイちゃんも一緒に寝よう寝ようっ」


 メイファンの後押しを受けたミィルが、ここぞとばかりに攻め立ててくる。


「ダメ……ですか? なんでも遠慮なく言っていいと言われたので、その、そうしてみたんですけど……」


 メイファンもおずおずとそう言ってくる。


 ま、仕方ないか。こういう言い方されたりしたら、断れない。


 それにメイファンが寂しがるのも分かる。父親を亡くしてずっと一人だったわけだしな。


「じゃあ、一緒に寝るか」


「い、いいんですか?」


 メイファンがおずおずと、しかし文字通り腰のあたりから生えた銀尻尾を振りながら確認してくる。


「やったあ!」


 一方でミィルは本当に遠慮がねえなあ。


 ま、勝手知ったる幼馴染ってやつか。長い付き合いになるとコイツの単純さはむしろ楽なぐらいだな。


 そんな言葉を交わしながら進んでいると、不意に先を進むメイファンの足元から、『カチッ』と妙に不吉な音がする。


「あ、言い忘れてました」


「忘れてた?」


「はい」


 立ち止まったメイファンがそのまま語り出す。


「父……シャオランは、常在戦場を旨とする人でした。温厚ながらその稽古内容は厳しく、いついかなる時でも戦えるよう気を緩めてはならぬと口を酸っぱくして言っておりました」


「まあ、不意を突かれたらどんな達人でも抵抗できないもんな」


「はい。なので、どんな状況にも対応できるようにと、この屋敷に下宿する門下生達にも教えを施していたのですが……」


 ガコンッ、と廊下の壁が一部剥がれ、その下から無数の丸い穴が現れる。


 あ、なんか嫌な予感……。


「その教えの一環として、この屋敷にも無数の罠が施されていたんでした」


「なんかあったら言えって言ったじゃん!」


 シュババババッ。


 廊下の壁から無数の矢が飛んできた。


「くっ、『風の防壁』」


 慌てて詠唱。


 俺達に襲いかかってきた矢はことごとく風に弾かれ床に落ちるが……こえー、金属の矢じりはしっかり尖ってて、当たったら普通に大怪我するやつだこれ。


 物騒すぎる。


「び、びっくりしたぁ……」


 ようやく矢の雨が止むと、ミィルがホッと胸を撫で下ろしていた。


 俺もまったく同じ気持ちだ。


 不意打ちすぎて詠唱が間に合わないと思っ――。


「そういえば」


「まだなんかあるの!?」


「ここの罠、二段構えでした」


 反対側の壁から、また『ガコンッ』という音がした。


「だからなんでその時になって思い出したように言うの!?」


「それは、その……ここへ戻ってくるのがあまりに久しぶりだったので、罠の詳細までは覚えてなかったんです」


 半年も離れてたらまあそうなるか。


 チィッ。


「『風の防壁』」


 再び矢の雨を防ぐ。


 ったく、なんで俺は封印跡地(ダンジョン)でもない場所で戦ったりなんぞしてるんだ。


「あとですね、この後に」


「この後に!?」


「床が抜けます」


 その言葉と同時に、俺達は足場を失った。


 唐突な浮遊感。


 だが問題ない。


「『浮遊せよ』」


 ミィルとメイファンも含めて全員に魔導をかける。


 下を見れば、穴の奥深いところには剣山みたいに棘がびっしりと並んでいた。


「……この屋敷、住民を殺そうとしてないか?」


「まだ一人も死者は出ていないそうですよ? 矢じりは鉄のように見えますが、木の矢じりを銀色に塗ったものですし、あの棘もちゃんと柔らかい素材でできているはずです」


「マジかよ……いや、でも、どちらにしても罠が物騒な上に凶悪すぎるだろ……」


「ねえねえジェラルド、これ楽しいね!」


 呆れ果てる俺の隣。


 初めて宙に浮かぶミィルが、はしゃいだ声を上げていた。


 床が再び元に戻るのを待ってから着地する。


「しかし、罠がこんだけあると生活するのも面倒くさいな。解除とかはできないのか?」


「できるはずですけど、その方法を知ってるのは父だけなんです」


「そうか。じゃあ、仕方ないな」


「はい、罠を避けて生活するしか――」


「俺が解除するよ」


「へ?」


「ん? いや、だからメイファンに解除が無理なら、俺がやるって言ってるんだよ」


「あ、でも、一体どうやって……」


 首をかしげるメイファンとは裏腹に、ミィルは当然と言った様子でうなずいている。


「そだね。ジェラルドならそれぐらい簡単だよ~」


「え? え? え?」


 信じられないとばかりのメイファンの反応。


 そんな彼女に、俺は自信満々に言ってのけた。


「まあ見てろって。それぐらいの仕事、俺なら大したことないからな」

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