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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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そして、決着

 結論から言うと。


 メイファンの技は、力は、ガントに遠く及ばなかった。


 魔拳使いとして覚醒しても、メイファンはまだまだ未熟である。さらに魔拳とはいっても、ガントの盾や鎧を前にすれば少女の拳に他ならない。


 ただでさえメイファンの攻撃はことごとく避けられてばかりいるというのに、攻撃が当たっても対してダメージにならないのだ。


 逆にガントの攻撃はよく当たる。防御をあまり意識しなくていい分、思う通りに剣を振り回していれば斬り放題だ。


 これだけの悪条件を覆せるほどにメイファンは巧みな拳士ではなく、また意地と根性で覆せるほどに一対一という戦いは甘くない。


 となれば戦いの趨勢など、語るまでもなく見えている。最初からメイファンは、哀れなほどに劣勢で、それは最後まで変わらなかった。


 だが。


「……チッ、オレの剣が破壊されただと?」


 勝者は、メイファンだった。


 厳しく辛い戦いの中、それでも放ったメイファンの一撃が、ガントの剣を打ち砕いた。


 騎士は剣がなければ戦えない。そして戦えなくなった時点で、決闘の流儀に従いガントは自動的に敗北が決まる。


「一体どんな手品を使いやがった。お前程度の魔拳使いじゃ、まだまだ素手で剣を破壊するんて真似できるわけがねえ」


 敗北したガントは、苛立たしげな口調でメイファンにそう問いかけた。


 拳士としても、魔拳使いとしてもまだまだ未熟なメイファンが、どうやって自分の剣を砕いたのかどうしても理解できないらしい。


 戦士としての力量が高いガントだからこそ、メイファンの実力もかなり正確に掴み取っているはずだ。だからこそ、実力以上を発揮されれば疑問を覚えるのも無理はない。


「答えは……気合、ですよ」


 ガントの問いに言葉を返したのは俺だ。


 メイファンよりも、よっぽど上手く説明することができるからな。


「気合だと? ハッ、そんなものが戦いでどう役に立つ? 絶対的な勝利はな、研ぎ澄まされ磨き上げられた力と技がなければ掴み取ることなどできるわけがねえ」


「そう。それは正しいですよ。気合なんてものは、本物の戦いでは気休め程度にしかなりません……しかしその気合が『魔法言語』だったら?」


「なんだと?」


 ガントが剣呑な目つきになる。


 黙って聞いていたミィルも首を傾げている。


「ええと、つまりどういうこと? メイちゃんの気合が魔法言語……って意味に聞こえたけど」


「うん。その意味で合ってるよ。俺がメイファンに教えた、この戦いのためのとっておきだ」


 破。


 破壊、破滅、撃破、爆破。


 破壊すること、打ち負かすことを主に意味する日本語……つまり『魔法言語』である。


 たった一文字にして、たった一言でしかないけれど、それでも『打ち破ること』に対する性質を有する漢字であり、言葉なのだ。


 漢字というのはひらがなよりも多くの意味をその一文字の中に孕んでいる。その中から、『破壊すること』の意味を意識的に抽出し、『破ッ!』といった形で気合に乗せて唱えさせたというわけだ。


「じゃあ、あたしが二人を呼びに行った時、地形があんなに変わってたのって……」


「俺が手本を示して、それをメイファンに真似させ続けた。そしたらあんな風になっちゃったってだけだよ」


「慣れてくるに従って大きなものを壊せるようになっていくのが楽しかったです。拳士のボクには、うってつけの魔導でしたし」


 実際、メイファンの修得はスムーズだった。


 なんと、父から教わったという呼吸法と『破』の発音が非常に近い音なのだという。


 あとは、その音に意味を乗せていくだけだったが、これも俺が手本を示してやるとすぐに理解して自分のものにすることができていた。


 ここまで相性がいいなどとは考えていなかったので、さすがの俺も正直驚いている。


「結局のところ魔導を使ったイカサマってことかよ」


 ガントがそう吐き捨てる。


「この期に及んで、まだ負けた言い訳でもするつもりですか? 往生際が悪いですよ」


「いいや。戦いってのは強いやつが勝つんじゃねえ。勝てる戦い方をするやつが強いんだ。……そういう意味じゃ、今回は完璧にオレの負けだ」


 意外にもガントは素直に負けを認めた。


「道場は返してもらいます。荷物をまとめて、すぐにボクの目の前から消えてください」


「……いいぜ。お望み通り、この道場は返してやるよ。もう、律儀に守ってる必要もねえしな」


 刃を砕かれ半分以下の長さになった剣を鞘に収めると、ガントは道場から去っていく。


 去り際は、随分と潔いものだった。まるでこうなることを期待していたかのようにも見える。


 その時、俺の目がふと道場の中の様子をとらえた。


 床に埃はたまっていなくて。


 道具もよく整理されていて。


 誰かが毎日掃除をしているかのような状態で……。


「ね、ジェラルド」


「ミィル?」


「はい、これ。頼まれてたやつ。……思ったより早く情報を集めることができたんだ」


 ミィルが一枚の紙切れを俺に手渡してくる。


 それを開いて、中身をさっと確認した。


「……やっぱり、か」


 俺の思った通りだった。


 やはり、ガントは……。


 心なしか、ミィルもどこか複雑そうな表情をしている。手に入れた情報と、ガントに対する印象が、あまりにも食い違うからだろう。


「なんですか、それは?」


「いや、なんでもない。メイファンは気にすることないよ」


 俺は紙を丸めて懐に入れる。


 こればかりはメイファンに見せていいものじゃない。そうしたら、きっとすべてが台無しになるから。


「ともあれ、よかったな、メイファン。無事、道場を取り戻せて。これからはここで暮らすんだろ?」


「はい! すべてはジェラルドさんのおかげです!」


 祝福の言葉をかけると、メイファンは表情を輝かせた。


「残念だなあ……せっかくメイちゃんと仲良くなったのに離れ離れになっちゃうなんて」


「そ、その、ミィルさん。ジェラルドさん。そのことなんですが……ボクから提案してもいいですか?」


「んぅ? 提案?」


「はい! え、えと、そのぅ……」


 メイファンがもじもじとした態度になる。


「なんだよ。はっきりしないな」


「わぅ、ご、ごめんなさいっ」


 俺がせっついてみると、メイファンは銀毛に覆われた耳と尻尾をピーンと立てた。


「あ、あのですね! お二人に提案……というのは、なんですが。ここでボクと一緒に暮らしませんか、というものなんですが……どうでしょう?」


 緊張気味に発せられた言葉に、今度はミィルが表情を輝かせた。


「それ素敵! 凄い素敵! ナイス提案! ね、ね、いいよねジェラルド? みんなでここで生活したらきっと楽しいよ!」


 ミィルの低かったテンションが、一瞬で最高潮まで上がる。見ていて清々しいほどだ。


「俺としては宿泊費も削れるし、なにより他の客に気を使ったりする必要もなくなるからむしろ望むところだけどさ……本当にいいのか? シャオランさんとの、大切な思い出が詰まってる場所だろ」


「はい。ここには父との思い出がたくさんあります。……でも、だからこそボクは父に見てもらいたいんです。この街や道場を守ってくれた、ボクにとって大切な人達のことを。生きていたらきっと歓迎してくれるはずですから」


 はにかみながらメイファンはそう口にする。


 彼女の結論が出ているのなら、これ以上遠慮することもないだろう。


 ありがたく俺はメイファンの提案を受け入れることにした。


「ありがとう、メイファン。そう言ってくれるなら……これからここでお世話になるよ」


「うん! あたしも、これからまだまだ一緒だよ?」


「はい、ジェラルドさん。ミィルさん。これからよろしくお願いします!」


 妖魔との戦いも、道場を取り戻す決闘も、そのどちらにも決着がついた。


 だが、この街にはそれでも冒険者が溢れ、封印跡地(ダンジョン)では魔物達がひしめいている。森には魔族だって封印され、眠ったままだ。


 それは、いつ爆発するかも分からない爆弾みたいなものかもしれない。


 だが――。


「とりあえず、みんなでギルドに行こうか。ノエルさんがたっぷり報酬をくれるだろうから、森の憩い亭(いつものばしょ)で祝勝会でも開こうか」


 今だけは手にした勝利を噛みしめて、喜びで胸をいっぱいにしよう。

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