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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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剣と拳

 冒険者街の路地を少しばかり奥へと入った先に、武道家や武術家達が腕を競い合うその場所はあった。


 道場街と通称されるその辺り一帯には、大小併せて今もまだ三百近い道場が立ち並んでいる。


 通りを歩けば、門下生達の威勢のいい掛け声が聞こえてくる。どこの空気もピリリと引き締まり、自己の鍛錬を志す者達が集う場所だということが嫌でも分かる。


 メイファンの道場は、塀に囲まれた敷地内の中にある。


 門をくぐって中に入れば、右手に稽古場が、左手には見上げるほどに大きな建物があった。


 こちらの建物はきっとメイファンとシャオランさんの住居だったのだろう。屋敷のように立派な佇まいで俺たちのことを見下ろしていた。


 一方で右手の稽古場は平べったい。しかし、物々しい外観から、そこで行われていたであろう厳しい修行を想像することができた。


 敷地内に少し入ったところで、メイファンとミィルが待っていた。。


 二人は俺とガントに気づいてこちらへと顔を向ける。


 メイファンが物凄く険しい顔つきになった。


 ……まあ、どうしたってガント相手にいい気分はしないわな。関係も、感情も、色々と拗れきってるし。


「あなたという人は……」


 メイファンが低く押し殺した声を出す。どうやら相当怒っているらしく、堅く握りしめた拳をぷるぷる震わせている。


 これから決闘だってのに、感情的になるのはあまり良くないだろう。


 俺は彼女をなだめようと、歩み寄りつつ穏やかに話しかけた。


「メイファン。感情的になるのも分かるけど、戦いを前にして落ち着きを失うのはよくないぞ」


 俺の言葉を聞いてもメイファンの目つきからは鋭さが抜けない。耳も尻尾もピンと立っているし、どうやらかなり感情が昂ぶっているらしい。


「……そういきり立ってると、実力の半分も出せないぞ。緊張すれば体の動きも固くなるし反応も遅くなる。この決闘のために作戦を練ってきたのに、つまらないことで勝ちを逃すなんてのはメイファンだって考えたくもないだろう?」


「……っ」


「難しいかもしれないけれど、今はもう少し落ち着いたほうがいい。そんなに頭に血が上ってる状態じゃ、戦いの中でまともな判断だってできないだろうしな」


「まともな判断じゃないのはあなたのほうです、ジェラルドさん!」


 落ち着かせようと声をかけ続けていたら、なぜか俺がメイファンに怒鳴りつけられていた。


 眦を釣り上げ、メイファンは心の奥底から湧き上がってくる感情そのままの言葉を俺に向かってぶつけてくる。


「落ち着けるわけがないじゃないですか! 心配するに決まっているじゃないですか! あなたを……父と重ねてしまいそうになるじゃないですか! ……心配のあまり、不安のあまり、胸が破裂して死んでしまうかと思ったじゃないですか!」


「あ、いや、あのな、メイファン……?」


「ボクは、父は……戦って、だって妖魔と、あの時みたいにって」


 メイファンの言葉から、前後のつながりが失われていく。爆発した怒りも長続きせず、つり上がっていた眦も、まるで捨てられた子どものような濡れた瞳となっていた。


 そして最後には、俺の胸元にすがりつくようにして泣き始める。


 俺の名前と、『父さん』という言葉を交互に繰り返しながら。


 ……そうか。俺は、メイファンを先に街へ送り返したことによって、とても悲しませてしまったんだな。


 彼女の身の安全も兼ねていたからやったことに後悔はないが、ここまで泣かれると少しきまり悪く感じてしまうな。


「で、どうだったの。ジェラルド」


 近づいてきたミィルが、穏やかな声で問いかけてくる。


「妖魔はやっつけた?」


「ああ。無事、倒せたよ」


「そっか。……やっぱ、さすがだよね。ジェラルドは」


 報告を聞いたミィルがはにかみ笑いを向けてくる。


 ……その笑顔を見て、俺は思う。彼女の笑い方が、少し質を変えていることに。


「なあ、ミィル。どうかしたか?」


「ん? なんでもないよ。どして?」


「あ、いや。俺の気のせいだったわ」


「ふーん? 変なジェラルド」


 そう言ってミィルがころころと笑う。その時の彼女の笑顔は、いつもと同じ、明るく朗らかな笑い方だった。


 少しだけ安心する。


「凄いです、ジェラルドさん。妖魔をやっつけるなんて……」


 ようやく泣き止んだメイファンが俺の胸から顔を上げる。


 キラキラと光る尊敬の眼差しを向けてきた。


「いや……メイファンの父さんだって凄いよ。尊敬できる素晴らしい人だ」


「へ? ボクの父が凄いって、一体どういう……?」


「チッ。茶番も御託も飽き飽きだ。おい犬っころ。オレと決闘をするのかしないのか、今すぐにここで決めやがれ。決められねえならたたっ斬る」


 突如割り込んできたガントがメイファンに喧嘩を売る。


「……望むところです。その高い鼻を、父のくれたボクの拳でへし折って道場を取り返してみせます!」


「相変わらず威勢だけはいい……が、弱い犬ほどよく吠えるというぜ。一体犬っころはどっちなんだろうなあ、ええ?」


 罵り合いながら二人は門の向こうへと消える。


 俺とミィルも後に続いた。この半年で荒れ果てているかもしれないと思っていたが、道場にも、道場に併設されている家屋にも、手の入れられたあとが見て取れた。


 道場に入ると、二人はすでに真ん中で向き合い立っていた。


 板張りの道場は空気がどこかひんやりとしている。その静けさに呼吸を合わせるかのように、メイファンは拳を、ガントは剣を構えていた。


「この戦い、どっちが勝つのかな」


 俺の隣でミィルが呟く。


「さあ、な。実力だけならガントが上だが、メイファンには俺の授けた秘策がある。あとはメイファンの力と意志次第だが……なんにせよ俺は、あいつの戦いを見届けるだけだよ」


「そうだね。あたし達には、なんにもしてあげられないもんね」


 俺がガントを倒し、道場を取り戻すだけなら、手段などそれこそいくらでもある。


 足元を湖に変えて溺れさせてもいい。落とし穴を作ってから、土砂で生き埋めにしてもいい。


 だが、そうやって道場を取り戻しても意味が無い。これは結局、メイファンが自分のシマを守れるかどうか……そういった戦いなのだから。


「ま、勝ってほしいさ。あいつには。そのために俺が教えてやれることは、もう全部教えてやったしな……あいつらもそれを望んでるだろうしな」


「へ? あいつらって?」


 ミィルのその呟きと――。


 ダンッ、という、二つの踏み込みの音がしたのは、同時だった。


 離れて立っていたメイファンとガントの距離が、みるみる近づいてくる。


 そして。


「『破アアァァァァァァッ!』」


「ハッ、温いぜ犬っころ!」


 拳と刃は、交錯した。

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