ウッドドラゴンよりちょっとだけ強い程度の強敵
妖魔の攻撃を受けきったガントの耳に、メイファンの気丈な声が届く。
「……犬っころ。ハッ、無事だったかよ」
「この通り。ジェラルドさんが、ボクを助けてくれましたから」
声がするのは、俺の腕の中からだ。
後衛ということもあり、いち早く危険に気づいた俺は、魔導でメイファンを腕の中へと引き戻したのだ。
俺がもし妖魔の攻撃に気づかなければ、あるいはメイファンを引き戻すのが一瞬でも遅れていたら、彼女は今頃妖魔の一部となっていたに違いなかった。
「チッ。こんなところまで来て、イチャついてるとは、ガキのくせに随分色気づいてるじゃねえか」
心なしか、ガントはどこかホッとした様子でそんな冗談を飛ばした。
下品な内容に、メイファンは不愉快そうに顔をしかめる。しかし相手にしても仕方ないと考えたのか、盾で攻撃を受け切ったガントから妖魔へと彼女は視線を移した。
「ダメージを与えてもほとんど意味はないようですね」
メイファンが穿ち抜いた穴は、すでにもう修復されていた。石を、地面を、あるいは森を吸収し続けることで、妖魔は異常な速度で回復し続けているのだ。
「使えねえガキだぜ、ったくよ。殺してやったお前の親父も似たようなもんだったけどな」
「っ、あなたという人は……!」
「おっと、おしゃべりしてる暇はないぜ犬っころ。どうやらまだまだ遊び足りないらしい」
言葉を交している間にも、妖魔の動きは止まらない。
うぞうぞ……とのたくるようにしてこちらへ近づいてきたかと思うと、今度は体を覆う邪気の一部をやじりのようにして飛ばしてきた。
まるで散弾のような攻撃。とっさにガントは盾に身を隠すが、俺とメイファンは攻撃を防ぐ手立てがなかった。
「『転移』」
仕方なしに俺はメイファンを抱えたまま上空へ転移する。
「『滞空』……チッ、やっぱり普通の魔物みたいに甘い相手じゃないな」
「正直不甲斐ない話ではありますが、ボクの攻撃で倒しきれる相手じゃないと思います……それはあの男も同じかと」
「妖魔殺しが聞いてあきれるぜ。防戦一方じゃねえか」
眼下では、地上に残されたガントが妖魔と奮戦していた。
しかしその展開は一方的だ。妖魔の攻撃を、ガントが盾で防いだり、避けたりするばかりで、まるで反撃に移れない。
反対に妖魔はやりたい放題だ。触手を振り回す。体の一部を弾丸として飛ばす。全身をハリネズミのようにして突進したりなんかもした。
どれもが常人なら、一度喰らえばあっさり死んでしまうであろう攻撃だ。だがそれでもしのぎ続けているガントは、やはり人間離れした武人なのだろう。
とはいえ、見ている限りではガントのほうも長くは持たないだろう。
なんせ、ガントには攻撃手段がない。
つまり、妖魔に一切のダメージを与えられないのだ。
それが、今ここに来て判明した。半年前での妖魔との戦いで、メイファンの父親はおそらくあの英雄譚の主人公と同じ道を選択したのだ。
ならば、一番正しい判断は……きっとこれに違いない。
「メイファン。妖魔は俺が倒してやる」
「ふぇ? ジェラルドさん、いきなり何――」
「だからここから先の戦いはお前には見せられない。『転移せよ』」
「――を?」
メイファンが俺の腕の中から消える。
転移の魔導で、街に戻したのだ。今頃は、宿の部屋でぽかんとした顔を晒しているだろう。
メイファンを転移させた俺は、ガントに向かって声を上げた。
「妖魔は俺が倒します! 俺の魔導なら安全にやつを倒すことができる!」
「カッハハーッ、粋なこと言うねえ、クソガキのくせしてよ! いいぜ、あんたの魔導ってやつ、オレがこの目で見極めてやる。がっかりさせてくれんじゃねえぞっ!」
呵々大笑してガントが返事を返してくる。
それで俺は、ますます確信を強めた。
「それでは行きます。伏せてください。死なないでくださいよ?」
「殺せるもんなら殺してみやがれ」
ガントが盾を背中に背負いて地面にうつ伏せになる。
好機と見たのか、妖魔が一気呵成に襲いかかろうとするのだが……。
「『魔弾よ、驟雨のごとく降り注げ』」
それを許すよりも早く、俺は呪文を口にした。
直後に降り注いだのは、魔力によって構成された弾丸の雨である。
嵐のごとく。驟雨のごとく。隙間なく魔弾は妖魔へと降り注ぎ、その体を次から次へと穿ち抜いていく。
その威力は、メイファンの拳の比ではない。
なにせ驟雨である。意味としては、急にどっと降り出してくる雨、といったところだろうか。
夕立やにわか雨とも言われるが、局所的な集中豪雨となることが多いのが特徴だ。
その言葉の意味に従うかのように、弾雨は妖魔へと集中的に浴びせられていく。
見上げるほどの巨体だった妖魔は、みるみるうちに小さくなっていき、ついには完全に消滅した。
「任務完了、と」
妖魔討伐を確認し、俺は一息ついて地面に降り立つ。
まあ、ウッドドラゴンよりは難敵だったのかな? 消費した魔力は、ウッドドラゴンを百匹ばかり伐採するより多かった。
妖魔退治が苦労するというのも理解できる。急所を潰したら終わりというわけではなく、純粋な魔力量で圧倒しなきゃいけないわけだからな。
並の人間が妖魔を倒すには、それこそ魔力の暴発を意図的に起こして自爆特攻するぐらいしか手段はないことだろう。それでも倒しきれないかもしれないぐらいだ。
「随分と物騒なことしでかしてくれるじゃねえか。うっかり死ぬかと思ったぜ」
「あんたなら無事だと思ってましたよ」
「ハッ。まあな。あれぐらいで死ぬほどオレもコイツもヤワじゃねえ」
言いながらガントは、手にした盾を俺に向かって軽く掲げる。
「やはりそれは……」
「気づいてたんだろ、ガキ。オレの鎧が魔力も邪気も通さねえってことによ」
「もちろん。魔力の感知ができないこと、魔力を『視』ることができないこと、そして極めつけは妖魔の攻撃に耐えしのいだことですね。それだけの条件が出揃えば、魔力や邪気に対する何らかの効果が施されていることは推測できます。おそらくは……魔法言語を銘打つことによる性能の向上や能力の付与といったところですね?」
「なんでもお見通しかよ。おっかねえガキだぜ、ったくよ」
魔導具、あるいは魔導武具と呼ばれるものがある。
それは主に騎士の国であるレオセーヌ王国にて製造され、魔法言語を銘打つことで性能を向上したり、能力の付与をされた武器、防具のことを指すのが一般的だ。
そして戦いぶりを見る限りでは、ガントは盾と鎧に魔力や邪気を通さない何らかの言葉を銘打っているに違いない。でなければ、妖魔の攻撃を受けた時に盾や鎧もろとも溶かされ吸収されていたはずだ。
「ぶっちゃけこんだけの装備がなけりゃあシャオランと戦う気にもならねえぜ。……ほんと、つええやつだったよ。このオレが思わず尊敬しちまうぐらいにはな」
遠い目をしてガントが語る。
その姿は、これまで俺の耳に入ってきた噂とはまた違った印象である。
街に流れている評判では、ガントとは横暴で乱暴な覇王のごとき存在だった。暴力そのものだという噂さえあった。
しかし、目を細め、しんみりとした空気を醸し出している今の彼からは、どうにもそのような印象を受け取ることができなかった。
「なぜメイファンから道場を奪ったりなんかしたんです? あなたがそんなことする必要はなかったはずです」
「……さて、と。やることもやったし、さっさと帰るかね」
俺の問いに反応することなく、ガントは街のほうへと歩き出す。
慌てて俺も後を追った。
「ちょっと待って下さい! まだ話は……」
「……っせえな。オレぁ今日まだやることがあるんだよ」
ガントが気怠げに振り返って俺を見た。
「やること?」
「ああ。犬っころが言ってたろ。この戦いが終わったら、オレに決闘を申し込むってよ」
「あ……」
「戦いを求めてるやつを待たせるのは気分が悪ィ。オレぁさっさと帰らせてもらうぜ」
再び歩き始めたガントの背中を見てオレは悟った。
今日という日はまだ、終わっていない。メイファンとガントの――道場を賭けた戦いがこの後に待っているのだ。




