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父の理解と、母の愛《前》

 夕食を目前にした、穏やかで優しい空気の流れるリビングの扉が慌ただしい調子で開かれた。


「父さん、母さん、聞いて聞いて大変なんだよ~!」


 それと同時に室内に響いたのは、興奮して甲高くなっている少年――つまり俺の声。

 日常をぶち壊しかねない剣幕で飛び込んできた俺に、ビールを飲みかけていた父は怪訝そうな、テーブルに皿を並べていた母は困惑と心配と不安のブレンドされた目をそろって向けてきた。


 ……父さんはともかく、母さんのその、「どうしよう、この子狂ってしまったのかしら」というような視線にはちょっと堪えたものの。


「すっごい大変なことが起こったんだよ! 凄く大変で本当に凄い、凄いことがさあ!」


 俺は要領の得ない『大変』という言葉を繰り返す。

 十九歳と五歳分の年齢を重ねているにしては、拙く幼い言葉遣いで、さっき起こった出来事の重大さを伝えようとする。


 だが興奮しきっている俺に、『言葉で上手に説明』するなどという冷静なことができるわけもなく。


「待ってくれ、ジェラルド……それは今日の夕飯のおかずよりも大変な話なのか?」


「…………」


 水を浴びせるような、少し皮肉の効いた父さんの言葉に、ようやく冷静さを取り戻すことができたのだった。


 ――


 頭上では光の球がリビングを照らし出している。


 俺と父さん、母さんは四人掛けのテーブルに座り、妹はテーブル近くのベビーベッドですやすやと寝息を立てている。一足早く、母さんにミルクを与えられたのだろう。安心しきった寝顔が愛らしかった。


 一方で俺達の夕食はというと、ハムに玉子、それに潰したじゃがいもにタマネギのスープ。といった献立だ。

 決して豪華ではないが、母さんの料理を食べていると俺の胸はいつもぽかぽかと温かくなる。


 そんな夕食に下鼓を打ちながら、俺は納屋での出来事を説明した。


「それで見つけた本の中身を見てみたら、魔法言語が書かれててさ。最初は意味が分からなかったんだけど、いきなり頭が痛くなったと思ったら読めるようになってたんだよ、なぜか」


 ……ちなみに前世の記憶を思い出したことは伝えていない。だから、魔法言語が読めるのも『不思議な頭痛』のせいにしている。――いちおう、嘘は言っていないよな?


「ふーむ……そんなことが。にわかには信じがたいが、これを見ると嘘だとも思えないな」


 頭上の明かり(俺がさっき魔法で実践して作ってみたものだ)に視線を向け、父さんは腕組みをして考え込んだ。


 気難しげに眉を寄せ、どうやら考え込んでいるらしい。


 一方の母さんは、「不思議なこともあるのねえ……」と温和に反応しただけで、この唐突に誕生した魔術師(俺のことだ)の存在をあっさり受け入れていた。


「魔法のことなんて、わたし達何にも知らないじゃない。だから、もしかしたらうちの子がいきなり魔法言語を読めるようになったり、魔法を使えるようになったりすることだってあるかもしれないんじゃないかしら?」


「まあ、それは君の言う通りだが……まさか十年前にもらった魔法書を息子が読めるようになるとはなあ。ジェラルド、ちょっとその本を私に貸してくれないか?」


「うん」


 俺は食事の邪魔にならないよう膝の上に置いていた本を、対面に座った父さんに手渡した。


 俺にはずっしりと重い本だったそれを父さんは軽々と受け取って、様々な角度から検分する。


 そして。


「……ダメだな、どうも。私では読むことができないようだ。どうだ、セシルも試してみるかい?」


 父さんが、母さんに本を手渡そうとすると、母さんは首を横に振った。


「う~ん、わたしはいいかなあ……お料理やお掃除やお洗濯が魔法で簡単にできたら便利かもしれないけれど、どれも大好きな仕事だから」


「そ、それはまた……そうかもしれないが。セシルは物語に出てくる魔術師のような派手でかっこいい魔法を使えたらとかいうことは思ったりしないのか」


 どうやら少年心を刺激されたらしい父さんの声は、心なしか少し興奮しているようだ。


「でも今はシエラちゃんの面倒を見るのも忙しいし」


「……いやセシル、それは微妙に答えになっていないぞ」


「あと乱暴なのも苦手なのよねえ」


「だから答えになってないと言っているだろう」


 屈託のない母さんの答えに、父さんの表情が苦くなる。

 ……まあ、気持ちは分かるけど。


「それにね、ラッセル。ジェラルドちゃんが魔法を使えるようになったんなら、シエラちゃんの面倒でまだまだこれから忙しいことだし、きっと魔法で色々手伝ってくれるようになってくれるでしょ?」


 母さんが、父さんから僕へと視線を移しておっとりと笑いかけてくる。


「ね、ジェラルドちゃん?」


「……ちゃん付けはやめてくんないかなあ」


「だって、ジェラルドちゃんはわたしとラッセルの子どもだもの」


「だから答えになってないって!」


「あら、そっちも答えになってなかったじゃない」


「大人ぶりたい年頃なんだろう。からかいたい気持ちも分かるが、少しは手加減してやってくれよ、シセル」


「父さんもさあ!」


 俺がムキになって声を上げると、二人とも幸せそうに微笑んだ。


 それは幸せな、仲睦まじい家族の光景。

 あまりに恵まれすぎた『幸せ』の形がそこにあって。


 ……だから、前世とは裏腹なその様子が、なんだか不意におぼろげなものに思えて強い不安を覚えてしまった。

びっくりするぐらいの応援ありがとうございます。

応援の続く限り頑張って書いていくつもりです。これからもよろしくお願いします。

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