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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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夢と予兆

 その日の夜。夢を見た。


 父さんと母さんと俺とシエラ。父さんは相変わらず陽気で、母さんはそんな父さんを見てにこにこと笑ってて、十歳になったシエラは俺のあとを楽しそうについて回っている。


 ジェラルド。


 ジェラルドちゃん。


 兄さん。


 父さんが、母さんが、シエラが、俺のことをそう呼んで嬉しそうな笑顔を浮かべる。


 俺はそのたびにうなずいて、みんなと一緒に歩き出す。


 父さんが張り切って前を歩いて。


 左手には母さんの右手が、右手にはシエラの左手が握られていて。


 でもふと気づくと左手の中身が空になる。左を見れば、母さんが銀色に輝く刃に胸を貫かれ死んでいる。


 慌てて右手を見れば、そこには首を切り落とされたまま相変わらず俺の手を握って離さないシエラが歩いている。


 その異様な光景に、助けを求めようと前を――父さんのほうを見れば、そこには体中から血を噴き出して地面に臥せっている父さんの姿がある。


 明らかに死んでいると分かるほどにたくさんの血を流しているのに、父さんは俺が慄いている目の前で何気ない様子で立ち上がり、こちらを振り返る。


 しかし、振り向いたその姿は父さんではなく、いつの間にかギルドの訓練場で見かけたガントの姿になっている。


 白銀に輝く鎧で身を固めた、悪い噂の絶えない上級冒険者、ガント・ベルフォール。


 ――メイファンの父親をこの手で殺したと、吹聴して回っている男。


「……ッ!」


 そこで唐突に俺は覚醒する。ゼェゼェと息を荒げて、横たえていた身を起こす。


 寝間着が汗でぐっしょりになっていた。


「っんなんだよ、今の夢……くそ」


 場所はいつもの宿屋だ。俺が寝ているのはベッドではなく床である。


 ベッドは今、ミィルとメイファンが使っているのだ。


 道場破りのガントという忌み名をガントは持っている。そのガントに、父亡き後に戦いで破れた道場を追われたメイファンは、僅かな金銭を片手にこれまでは路地裏生活をしていたそうだ。


 だがいつまでもそんな生活が続くわけもない。見かねた俺が身元を引き受けることを提案し、メイファンがそれを拒否しなかったため今こうして彼女も同じ部屋で寝泊まりするようになったのだ。


 ……親を愛する気持ちは、正直痛いほど分かるしな。その愛する相手を喪った孤独さも、経験したことはないけど想像することだってできる。


「チッ……やな夢見た。ったく、昼間に聞いた話でも覚えてたのか、俺」


 ガントに父親を殺された――メイファンの語った内容は、思った以上に俺の意識に刻み込まれてしまっていたらしい。


 実際に自分の親がそうされたわけでもないのに、わけもなくガントに対する憎しみが湧き上がってくる。


 まったくもって忌々しいものだ。


 それに心配事はガントのことばかりではない。ノエルさんにも聞いた話が、多分今でも尾を引いている。


 あの時彼女はこう言った。


「半年前に妖魔が発生した事件があったことはさっき話した通り。でもね、この事件にはその時には分からなかった予兆が見られていたことに後になって気づいたの」


 ちゃんと、しっかり覚えてる。そしてノエルさんが、この案件に俺が関わらざるを得ないといったことについても、分かった。


「妖魔の発生する直前にね、魔物の分布が大きく乱れたの。それも、奥地から外縁へと強力な個体が押し出されでもするかのような感じに、ね。だからゼフィロスの森に入ってすぐのところでも、中級や上級の個体と遭遇することも珍しくなくなってきてしまった……」


 それの意味するところは、つまり。


「そしてね……今回もまた、魔物の分布が大きく乱れている。気のせいという範疇を超えて、この乱れ方は半年前と驚くほどに酷似している。確定的事項と断言してもいいわ。これはね、きっと……」


 妖魔の再出現。


 それを示すかのような動きが、封印跡地(ダンジョン)で今、起こっている。


 ――


 次の日から俺はミィルやカリウスさん達と一緒に、朝になったら森へ行き、日暮れ近くになったら街へ戻るという生活を送るようになった。


 目的は、端的に言えば魔物の駆除だ。浅いところにまで出てくるようになった中級から上級の個体を、とりあえず片っ端から狩って回っていく。


 俺の力はこういう時に都合がいい。転移魔法と、魔力感知による敵の捕捉。


 この力を駆使することで、作業じみてきた『魔物の駆除』はその能率を高い水準で保つことができている。


「認めるのはしゃくだが有用な力であることに変わりはないな」


 とはカリウスさんの弁である。森の中で小休止を取っている時にかけられた言葉だ。


「冒険者にとってそれほど勝手のいい力もないだろう。おれにもそのような力があればと思わなくもない」


「いえ、そんなこと……力に驕って気を緩めては危ないことに変わりはないですし」


「力に加えて、その自覚があるのなら致命的な失敗をすることもそうそうないだろう。才能や力は持ち主の姿勢を食い潰すものだが、お前は存外そうでもないようだ」


「あ、ぅ、それは、ええと……ありがとうございます」


 普段が愛想のないだけに、時々こうして不意打ちで褒めてくるのはずるいのではないだろうか。


 照れる俺は、思わず顔をそむけて頬を熱くしてしまう。


「ねえねえ、あたしはあたしはっ?」


 そんな俺とカリウスさんの間にひょこりと頭を挟んでくるのはミィルである。


「……小娘はもう少し落ち着きを身に付けろ。体力があるのはいいことだが、お前はいつも少々騒々しい」


「あ、うー………………あれ、珍しくカリウスさん、あたしのこと褒めてない?」


「……もう少ししっかり人の話を理解する能力を身に付けろ、というのも加えておく」


 メイファンが俺達と暮らすようになってから、ミィルのほうも少し変化を見せるようになっていた。


 前のような激しい自己主張……はまだ多分に残っているけれど、それでも以前のようなカリウスさんに対する反発的な言動が減っている。


 メイファンに対しても最初は敵意や警戒心(おそらくは主に俺を理由としての)が強かったけれども、近頃はどうやらそうでもないようだ。


 あまり物事を深く考えないところや、感性や感情で行動しがちなところはこれまでとあまり変わらないけれど、その中にも少しずつだけど理性のようなものが宿りつつある……ように見えなくもなかった。


「うぅ……カリウスさんはいつも難しいことを言うなあ」


 バカは相変わらずだけど。


 まあそんなこんなで、妖魔が出現するかもしれないという緊張感を抱えながらも、俺達はそこそこに穏やかな日常を送っていた。


 ゼト市としては、一応非常事態ではあるのだと思う。だから、こんなのんびりとした日々を送っていていいのか疑問を覚えることもある。


 だがそんな俺の焦燥感は、ノエルさんに言わせれば『心配の無駄遣い』らしい。


 だからいっそのこと、日々の任務はこなしつつも精神的なゆとりは保ち続けるというのが俺達の共通見解となりつつなっていた。

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