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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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半年前の事件とメイファンの事情

 よそよそしくなった空気を、ノエルさんがパンっと手のひらを打ち叩くことで入れ替える。


「さ。変な空気にしちゃってみんなもごめんなさい。それじゃ、気を取り直して調査を続けましょう」


 ノエルさんの言葉に、俺達は再び歩き出す。


 その時、俺はちらりとメイファンの様子を横目でうかがった。


 彼女は唇を噛み締め、握った拳を震わせていた。声をかけようかとも思ったが、事情を知らないのに踏み込むのがいいことなのかどうかよく分からず、何も言うことができなかった。


「……はあ」


 ため息を一つついて前に向き直る。今はメイファンのことよりも、任務に集中するしかなさそうだ。


 それからしばらくの間、俺達は調査を続けていた。


 そうして報告のあったエリアを回っているうちに、ノエルさんの顔つきが次第に険しくなってくる。


 カリウスさんはいつも以上に難しい顔をしているし、メイファンもどこか沈鬱な面持ちだった。


「……何か、そんなに悪いことでも起こっているんですか?」


 おそるおそるカリウスさんに問いかけてみる。


「…………」


「カリウスさん?」


 言葉をかけてもしばらく反応がない。疑問に思って呼びかけると、彼にしては珍しくはっとした様子でこちらを振り向いた。


「すまない。少し……考え事をしていた」


「考え事?」


「ああ。……小僧。お前は妖魔と呼ばれる存在を知っているか?」


 唐突にカリウスさんが口にしたのは、俺が予想もしていないものだった。


「妖魔、ですか? はい、一応名前とか噂ぐらいは……」


「そうか。なら、どういう存在であるかについても聞いているな?」


「ええ。一通りは、父から」


 確認の言葉に俺はうなずく。


 すると、横からミィルが口を挟んできた。


「ねえねえジェラルド。妖魔ってなんなの?」


 俺は父さんから様々な英雄物語や伝説を語り聞かせられて育ってきたが、そうでないミィルが知らないのは無理ないかもしれない。冒険者をやるなら、知っておいたほうがいい情報かもしれないけどな。


「魔物のようでいて、魔物以上に厄介なモンスターのことかな。簡単に言うと」


「……? ええと、つまりどういうこと?」


「色々と伝説や英雄譚によって差異はあるけど、すべての物語で共通しているのは物理攻撃が通じないこと、実体を持たず魔族から漏れる邪気だけで構成されていること、魔法やそれに準ずる手段でしか倒すことができないこと」


「……うわぁ」


 俺の言葉にミィルがドン引く。


「できれば妖魔にはお会いしたくない感じっていうか……要するに蹴っても殴っても斬っても倒せないってことでしょ? 反則じゃん、それ!」


「反則度合いだけなら、ジェラルド君も相当だと思うけどね」


 苦笑気味にそう言ったのはノエルさんだ。


「でも今ジェラルド君が言ったように、凄まじく厄介でいやらしい敵ね……私達人間にとっては」


「敵って、じゃあほんとに妖魔なんて化物が?」


「いるわね」


 ノエルさんは即答した。


「……うわぁ」


 と嫌そうにミィルは表情を歪める。魔法を使えないミィルにとっては、物理攻撃の通じない妖魔と戦うことなど想像するだけでうんざりすることなのだろう。


 魔法を使えるとはいえ、俺だってそんな厄介そうな相手と戦うのはできれば勘弁したいところだ。普通の魔物ならまだしも、実体を持たない敵なんて考えるまでもなく強敵に違いない。


 にしても。


「いるって……どうしてそんなこと断言できるんですか?」


「そりゃ……断言できるわよ」


 ノエルさんは気遣わしげな視線をメイファンに向けながら呟いた。


「なぜなら出現したもの、この森に。……ほんの半年ほど前のことよ」


「っ! それは……」


 ノエルさんがいると即答したことから、出現したことを確認したことがあることは想像していた。


 だが、現れたのがたった半年前だというのはさすがに予想外だった。思わず俺は言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くす。


 横目でミィルの様子を伺ってみれば、彼女の顔にもさすがに不安げな色が浮かんでいた。


 今度はカリウスさんのほうへ視線を向けてみれば、彼は沈痛な顔つきで頷いた。この冗談の一つもめったに飛ばさない生真面目な先輩冒険者が首を縦に振ったことで、ノエルさんの言葉が真実であることを俺は悟る。


「本当、なんですね」


「ええ。嘘ならよかったんだけど、ね」


 目を伏せて言葉を紡ぐノエルさんの声はどこか疲れたような響きを帯びていた。


「そして、その半年前のことも、この調査とまるで無関係というわけではないのだけれど……」


 そこでノエルさんが言い淀む。彼女は再びメイファンへちらと視線を向けると、戸惑ったようにうつむいて言葉を閉ざす。


 そして何度も逡巡した挙句、彼女は、


「まあ、この任務が終わったら詳しいことをあなた達に話すわ。きっと関わることになるだろうから」


 と話をたたもうとした。


 だが、そこで押し黙ったままだったメイファンが口を挟む。


「ボクのことなら、構いません」


「あ、いや、違うのよメイファンちゃん。別に私は、あなたのことを気にしたわけじゃ……」


「どちらにしても、話、進んでないじゃないですか。だから、言いにくい事情は先に全部話したほうがいいに決まってます。半年前に妖魔が現れたこと、たくさんの冒険者が犠牲になったこと………………その死んだ一人の中に、ボクの父さんがいたこと」


「メイファンちゃん……」


「でもボクは父さんが妖魔に殺されたなんて思ってない! 父さんは……父さんは強かったから。ボクなんかより、ずっとずっと強くて、尊敬する人で、敬愛する師匠で……そして何より、負けてるところなんて見たことがないんだ!」


 メイファンの声が痛みを帯びる。口調から、丁寧さがいつの間にか喪われている。


「父さんは殺されたんだ。後ろから刺されて……同じ仲間だった、冒険者だったはずの男に……ガントに……ッ!」


 悔しげに叫んで、メイファンが唇を噛み締めうつむいた。


 しばらくは誰も何も言うことができなかったけれど、やがてメイファン自身がポツリと呟く。


「……ごめんなさい。取り乱して」


「ううん。いいの……辛いこと、あなたに言わせてしまってごめんね」


 ノエルさんの声が湿り気を帯びる。


 しかし彼女は目を閉じて深呼吸を一つすると、すぐにいつもの『デキる女』の顔を取り戻していた。


「……さて。メイファンちゃんの言うとおりね。話しにくい事情であるからこそ、先に話しておいたほうがいいこともあるわ」


 ノエルさんが俺とミィルに向き直る。


 俺達もまた、姿勢を正して話を聞く容易を整えた。


「はい。聞かせてもらいます」


「うん。なんでも言って! ジェラルドならきっとなんでも解決できるから!」


 人任せかよ。


「ふふっ。頼もしい子達ね、ほんとに。それでは特にジェラルド君。魔法を使えるあなたはこの件に深く関わることになると思うから、心して聞いてちょうだいね」


 ノエルさんも俺に頼る気満々のようである。


 頼られるのは俺にそれだけの能力があるという証明でもあるから悪い気はしない。まあ、それでもミィルは俺のことを盲信しすぎだと思うけどな。


「それじゃ説明をさせてもらうわね。今回の調査と、半年前の妖魔事件。それがどう関係しているのか、を」

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