分布調査
翌日。
俺とミィルは宿からギルドまでの道を歩いていた。
ノエルさんじきじきに、ゼフィロスの森に棲んでいる魔物の分布調査という依頼が俺達にあったからだ。
ギルド、そしてゼトの街にとって魔物の分布を把握しておくことは重要らしい。例えば強力な魔物が街の近くに異常発生することも時たまあるらしく、そうした時の前兆として魔物の分布が乱れるなどということもあるそうだ。
また、『妖魔』と呼ばれる魔物よりもさらに強力な化物が発生した時にも魔物の分布が崩れるらしい。そうした兆候を見逃さないのも、ギルドの重要な仕事である。
「にしてもさー、おっかしいよね。あの犬女までどうして一緒についてくることになってるのかわけわかんない」
「登録任務、結局失格だったしなー。ノエルさんは、メイファンも当事者だからっつってたけど……」
そう、今日の任務はメイファンも同行することになっている。しかし冒険者ではなく、情報提供の協力者として。
ノエルさんが何を思ってメイファンを連れて行こうと思ったのかは分からない。登録任務の時に彼女が起こした数々の失態を目の当たりにしている俺からしてみれば、正直不安の種は尽きないが……。
「まあ依頼主の意向だ。俺達が口を挟むことでもないだろ」
「……ジェラルドはすぐそうやってあたし以外の女にいい顔するんだから」
「ほんとお前はぶれねえよなあ……」
見境なく嫉妬するところとか、あけすけすぎて逆に色気がないところとか、言動が常にフリーダムなところとか、あとすぐに抱きついてきたりするところとか直せばもうちょっと相手をする気になるんだけどな。
「そりゃあたしはジェラルド一筋だからね。ぶれないよ!」
この様子じゃ、ミィルに奥ゆかしさ的なものが備わる日は遠そうなんだよなあ。
そうやって言葉を交しているうちに、俺達はギルドの前までたどり着く。そこにはすでにノエルさんとメイファン、そしてカリウスさんが待っていた。今日の任務の参加者は、俺達を含めてこの五人だ。
カリウスさんは、森の種族と名高いエルフである。森の歩き方を熟知しており、なおかつ俺やミィルとの交流が深い彼に声がかけられたのはある意味必然なのだろう。
「遅いぞ新入り。気が緩み過ぎだ」
挨拶をするよりも早く、カリウスさんがキツめの声を飛ばしてくる。
カリカリしているように聞こえるが、意訳すると『今日も気を引き締めて任務に取り組め。封印跡地では何があるか分からないからな』という気遣いの意味が込められている。
この人はこの人で、言葉遣いが不器用なんだよなあ。
「いつもむっつりと不景気な面した人に言われたくないし」
「不景気ヅラで結構だ。そう言うお前は相変わらず口とおつむが随分と緩いらしい。乳飲み子ではあるまいし、少しは年齢相応の振る舞いをすることを年長者としてお勧めする」
「ウッザ! このおっさんウザいよジェラルド~」
「いや、おっさんってお前な……カリウスさんに向かってそれは失礼――」
「ああ。小僧の言うとおり、おれはおっさんと呼ばれるような歳ではない。この間100歳を超えたばかりの若造だ」
「100!?」
エルフは長命種だと聞いていたけど、100歳ってまだ若造扱いされるんだ……。
人って、いや、エルフって見た目によらないものだな……。
俺がそうやって驚いていると、不意にくいくいと裾を引っ張られる。
何かと思って顔を向けると、そこにはこちらを上目遣いで見上げながら銀色の耳を伏せているメイファンの姿があった。
「あ、その、おはよ……ございます」
「ああ、おはよう」
「……っ、は、はい、おはようございます、です」
「……? どうかしたか」
「い、いえ、何でも!」
挨拶を返すと、彼女は尻尾を上に向けてピンと立て、全身をびくんと震わせた。
その反応は、まるで何かを怖がっているかのようである。
……まあ、ウッドドラゴンの群れに襲われた直後でまた森に、だもんな。いくら俺があっさり片付けたとはいえ、上級個体の魔物に囲まれた恐怖は今も残っているのかもしれない。
「大丈夫だよ」
そう思った俺は不安を取り除いてやろうと、メイファンの頭をぽんと撫でて意識的に優しい声を出す。
「何があっても俺がいる……って、言い切ることはさすがにできないけど。でも、可能な限りメイファンのことは守ってやるからさ。怖いことがあっても、ある程度は大丈夫だ」
「へ? あ、いえ、その、ボク、ちが……」
「まあ油断大敵、だけどな。大丈夫だって言い切ったら、多分カリウスさんにまた怒られるだろうし」
「当たり前だ。自分の力を過信する奴は自分の未熟さに足を掬われる。今も昔も基本は変わらん」
相変わらずなカリウスさんの物言いに俺は苦笑して、くしゃくしゃとメイファンの頭を撫で回してやる。
「わうっ。ふぇ、あ、ジェラルド、さん……?」
「ま、油断大敵だからといって緊張しすぎてたら今度は逆に動けないよ。気を楽にして、それで気を引き締めていこう」
と少し矛盾した言葉でまだ不安げな顔をしていたメイファンを元気づける。
「だー! 犬っころ、あたしのジェラルドに何してんのばかー!」
「あー、はいはいミィルはいい子にしてましょうねー」
「ジェラルド、もしかしてあたしのことバカにしてる!?」
よく分かったな。
そんな俺達のやり取りを前にして、ノエルさんはくすくすと笑っていた。
「楽しいのね、あなた達」
「……すいません、見苦しいところを」
「別に構わないわ。子どもは無邪気が何よりよ。それにきっと、あの子はあれがベストコンディションなんでしょう?」
「……ええ、はい。すいません、見苦しくて」
ノエルさんの言葉に、微妙に苦い気持ちで俺は頷く。
「ところで……本当にノエルさんも来るんですか? ギルド長だし、あんまり良くないんじゃ……」
「それなら問題ないぞ、小僧」
ノエルさんに問いかけると、カリウスさんが横から口を挟んできた。
「その女の趣味は冒険者について封印跡地に行くことだからな。酔狂なことだ」
「趣味だなんて言わないでほしいわ。私はただ、自分のギルドに所属してる冒険者達の働きぶりを直接目で確かめたいだけ。それに封印跡地のことをギルド長が知ろうとしないのは職務怠慢よ」
「随分と仕事熱心なんですね」
「でなきゃ下手すると街ごと共倒れだもの。それに、安全なところに引きこもってるギルド長なんて外聞が悪いし信頼だってされないじゃない? こちらから歩み寄る姿勢を見せなければ、冒険者から信頼もされないし誰もついてきてなんかくれないわね」
「……とまあ、この女は小僧どもが思っているよりもよほど肝が据わっている。心配するこちらの身も考えてほしいぐらいに、な」
「だぁってえ。うちには遊ばせておく戦力なんて一つもないもの。仮にそれが自分自身でもね」
勇ましいことを、ノエルさんはなんの気なしに口にする。
その自然体な様子から、彼女の言葉が本心からのものであることが俺にも分かった。
「さて、と。それじゃ、そろそろ出ましょうか。時間を遊ばせてもいいことなんて何もないしね」
ノエルさんに促され、ゼフィロスの森に向かって俺達は歩き出したのであった。