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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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ウッドドラゴン

 メイファンがようやく魔物を倒した頃にはもう日暮れが近くなっていた。


 メイファンは肩で息をしながらもホッとしたように息をついた。


「やり……ました、ジェラルド、さん」


「あ、ああ、うん……お疲れ」


 俺がそう声をかけると、メイファンは苦しげな顔つきながらも少しだけ口元に笑顔を浮かべた。どうにかこうにか笑っている、といった様子だった。


 まあ、それもそのはずだ。


 依頼は朝から始めて、途中で昼休憩を挟みながらもそれ以外はずっと毛針虫と戦っていたのだから。


 といっても毛針虫が特別強いというわけではない。なんせ最下級の魔物である。俺なら魔術で一発だし、ミィルでも余裕で討ち取れるだけの力を備えている。


 そんな毛針虫相手に、メイファンが苦戦した理由はただひとつだ。魔物と戦う時の間合いが近すぎるせいで、ほとんど剣の柄で殴りかかってばかりいたのだ。


 そうなれば当然、柄を握る手が毛針虫の毒針に触れる。そうなれば触れたところが麻痺してまともに剣を触れなくなる。そのような醜態を、メイファンは毛針虫相手に何度も繰り返していたのである。


 なら手の触れない間合いから攻撃すればいいと何度か横から口を挟んでみたのだが、不器用なのかセンスがないのかそれとも助言を聞いていないのか、なかなか距離を詰め過ぎる癖は直らず、こんな時間になるまでかかってしまったのだ。


「ジェラルド、さんのおかげで……ボク、勝てました。任務、達成できました」


「ああ、うん、まあそうだろうなあ」


 なにせこの子を解毒した回数なんて、両手の指の数よりも遥かに多いし。


 一日で半年分の解毒魔術を使った気がするぐらいだ。


「これで……これでボクなんかでも冒険者になれるんですよね? ジェラルドさんみたいに登録証をもらえるんですよね?」


 少し卑屈な言い方ながらも、メイファンが俺にきらきらした目を向けてくる。


 その輝きは、自分もこれで冒険者なのだという確信に満ちていた。


「うっ……」


 あまりの眩しさに、俺は思わず怯んでしまう。ここまであからさまな期待と喜びに満ちた顔を、次の瞬間には憂いと落胆に突き落とす答えしか持ちあわせていなかったから。


「あ、あの、な」


「はい!」


 でも、正直告げないわけにはいかないだろう。彼女――メイファンにとって、あまりに残酷な現実を。


「その、えっとな……メイファンに言っておかないとならないことがある」


「なんですか?」


 だけど俺だってこんなこと言いたいわけじゃない。彼女の苦労をただの徒労にしたいわけでもない。それでも、このことを教えるのが今回の俺の仕事なんだから。


「君の……メイファンの『冒険者登録任務』だが、達成できてない」


「……へ?」


「収集した素材と魔物の討伐証明部位を回収して、ギルドまで持っていくことが今回の任務だ。だから今日の依頼はまだ終わっていないし、今回の任務は今日中にギルドまで達成報告をしなければならない。報告が明日になれば、任務失敗だとみなされる」


「な、なら今すぐ帰って報告すれば――」


「太陽の位置を見てみろ」


 メイファンの言葉を遮って俺が言うと、彼女は空を見上げてかなり西に傾いてしまっている太陽へ視線を向けた。


「何度も何度も失敗しては魔物を探して移動してたからな。ここからだと街まで一時間以上かかるけど、あの太陽の様子じゃギルドが閉まるまでもう一時間も残されていないだろ。試験官としてこんなこと言うのは心苦しいが――今日はもう諦めろ」


 できれば、言いたくなかった言葉。


 できれば、告げたくなかった現実。


 それでも、ここでごまかしを口にするわけにはいかないこともわかっていた。変に期待を持たせては、彼女を余計悲しませることは分かっていたから。


 俺の告げた言葉に、メイファンの顔からどんどん喜色が消えていき、絶望がそれに取って代わる。きらきらと輝いていた瞳はどんより曇り、次第に視線は俯けられていく。


 そうやってお手本のように色を失っていく彼女を前にして、俺の胸に罪悪感がこみ上げてくる。まるでそれをごまかすように、慌てて慰めの言葉を口にしていた。


「ま、まあほら。冒険者登録任務はまたいつでも受けられるだろ? 別にどうしたって今日じゃないといけないって理由なんてないだろうし、また日を改め――」


「…………………………す」


「え?」


「……め、なんです、ダメなんです、ダメなんです、ダメなんです、それじゃ全然全然全然全然ダメなんです!! ボクは今すぐ冒険者にならないとダメなんです! だって、ボクは、冒険者になって、絶対、約束を、誓いを、必ず…………!」


「メイファン……? おい、お前どうし――」


「っ、まだ、まだ走れば間に合います! 間に合わないと、だって、そうしないと……」


 わけの分からないことを口走りながらメイファンがいきなり駆け出した。とっさのことに、俺は引き止めることができない。


「メイファン!」


 と叫ぶようにして名前を呼び、その背中を慌てて追いかける。


 一日中戦いっぱなしで疲労を蓄積させていても、さすがは獣人といったところか。走る速度はなかなか速い。とはいえ、追いつけないというほどではなかった。


「『加速』」


 言葉を唱えたちどころに速度を上げた俺はあっさりメイファンを捕獲する。


「離してください! 離して! 間に合わない!」


「だから落ち着けってお前! 何、いきなり意味不明なこと言い出し――」


「なんでボクの邪魔をするんですか!? だって、だって約束したのに……誓ったのに……守れなかったのに……だから、だから!」


 腕を掴んで強引に止めても、なおも彼女は俺を振り払って先を行こうとする。


 なにがどうして彼女をこうまで駆り立ててるのかは分からない。でも、この尋常ではない様子を前にして放っておくことなど俺にはできなかった。


「悪く思うなよメイファン――『身体強化』」


 とにもかくにも落ち着かせなければ話をすることもできない。


 だから俺は物理的に彼女を抑えこむため、身体能力を強化して地面に組み伏せようとする。


 だが、ちょうどその時だった。俺達に覆いかぶさるようにして、そいつらがその巨体の影を落としてきたのは。


 一瞬、視界が暗くなる。太陽がもう沈んだのかとでも思った俺が思わず頭上を見上げると、身の丈十メートルはありそうな魔物が凶悪な目で俺を見下ろしていた。


「ウッドドラゴン……こんな場所に群れを作ってるだと!?」


 そいつらの名前は、ウッドドラゴン。


 樹皮のような鱗を持ち、木に擬態して群れで人を襲う、上級個体の魔物の姿だった。

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