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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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お昼ごはんと蜂蜜レモン

 みんなが気を取り直すのに時間がかかったということを除けば、その後の道のりは順調だった。


 魔物が現れれば魔術で始末する。正直、俺一人いれば他の冒険者は必要なかったんじゃないかってぐらいにサクサク進む。


 戦いもだいたい一瞬で終わるため、荷車の進行速度もほとんど衰えを見せなかった。そのため採伐地点に到達したのは、昼にはまだ早すぎるぐらいの時間だった。


 いつもなら昼ギリギリぐらいの時間に到着していたらしいから、魔物との戦闘にどれだけの時間を要していたかが伺える。


 当然だけど、魔術がなければ結構苦戦するらしい。逆に俺は歯ごたえがなさすぎて拍子抜けだったけどな。


「おう、おめえのおかげで今日は仕事が捗りそうだぜ。ありがとな!」


 ゴンさんが俺に弁当を手渡しながら言う。


「まあ、仕事ですから。これぐらいは」


「いやおめえよ、謙虚なこと言ってんじゃねえっての。めちゃくちゃ頼りがいあるじゃねえかよ、ガキの癖に。こりゃギルド長からの紹介状持ってたっておかしくねえなや」


 と言ってゴンさんが大声でガハハと笑う。


 でもすぐその後に表情を引き締め、


「だがよぉ……まあ、若ぇ奴にゃ確かにカリウスの言い方じゃあカチンと来るかもしんねえが、あいつぁあれでも後輩思いの熱いやつだ。詫び入れろたぁ本人達の問題だから言わねえし、突っ張るのは若い奴の特権だがよ。愛想のへったくれもねえ言い方でも、あんたらを心配しての言葉だったってのは理解しといてやってくれや」


 神妙な顔で、そんな言葉を口にした。


 カリウスというのは、森に入る時俺達に言葉をかけてきたエルフの青年の名前だ。その時はあからさまな上から目線で、嫌な先輩冒険者だと思ったものだが……ゴンさんのやんわりとした忠告で彼は彼なりに注意を呼びかけてくれていたのだということに思い至る。


「……そう、ですね。あれは、俺達が子どもでした」


「へっ。ガキが物分りいいこと言ってんじゃねえよ。んじゃ、ちとしばらくは休憩にすっからよ。そこの彼女とイチャついてろや」


 さっきまで、この集団のまとめ役にふさわしい引き締まった顔つきをしていたゴンさんは、しかし最後にはやっぱりニカっと笑って手を振ると別の人に弁当を渡すためにその場を立ち去っていく。


 あとには、俺とミィルの二人が残された。


「……座る場所、探すか」


「そ、だね」


 ゴンさんの忠告が効いていた。ああいう、大人な態度を取られると、自分の子どもさ加減を思い知らされる。


 別にゴンさんは冒険者じゃない。当然、魔物と戦ったりしない。だが、見た目と年齢にふさわしい経験をやっぱり積んでいて、だからこそその口から放たれる言葉には貫禄があった。


 何となく、父さんを思い出す。いや、父さんはあんなにゴツくも勇ましくもなかったけれど、絶対にごまかしだけは口にしない人だった。


 そういう、かっこいい背中に憧れていた俺だったけど、今の俺は果たしてそれにふさわしいのだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。


 ちょうどベンチみたいな平たく細長い石を見つけて、俺とミィルは二人でそこに並んで座った。頭上を見上げれば木々の枝と葉の緑がなんとも長閑に茂っていて、さらにそれより高い場所には目にも鮮やかな晴天が輝いている。


 枝や葉の間からは木漏れ日が差し込んでいて、俺達の座っている場所を照らし出していた。


 空気は温かで。


 この辺りには、魔物の気配もまったくなくて。


 だから、こんなにのんびりとした空気が漂っていて。


 見れば、ここまで来る最中は張り詰めた様子を見せていた他の冒険者達も、今は気を緩めているようだった。全体的に弛緩した空気が漂っているのが分かる。


「はあ……」


 思わずこぼれ出る吐息。それが穏やかな空気を混ぜっ返していくのを感じた。


 示し合わせたかのようにして、俺とミィルの腹が同時になる。二人して、ちょっと苦笑して顔を見合わせ、ゴンさんから渡された弁当の包みを開いた。


「わあ……」


 中身は蒸かした芋と、そして炙った鶏肉をハーブと一緒に挟んだサンドイッチだ。芋にはクロスするようにして切り込みが入れられていて、バターの香りもほんのりと漂ってきていた。


 別段豪華な食事というわけではない。だが、ここまで歩いてきて程よく疲れた体には、こういうシンプルな料理こそ嬉しかった。


「食べよっか……ってもう食べてる!?」


「はむ?」


 ミィルにそんな声をかけようとしたら、彼女は先にもうかぶりついていた。


 俺も苦笑して弁当に取り掛かる。すると、思ったよりお腹が空いていたらしい。すぐに芋もサンドイッチも、お腹の中に収まってしまった。


「おいしかったねー」


 と言ってミィルが笑い、自分のお腹をぽんぽんと叩く。


 そんな女の子らしからぬ仕草に思わず呆れて苦笑いを漏らしていると、下草を踏むサクサクという足音が近づいてきた。顔を上げると、こちらへ近づいてくるのは端正な顔立ちをしたエルフの青年――カリウスさんだ。


「あっ……」


 微妙に気まずい声が出る。とっさに謝罪を口にしようとしたが、それを遮るようにしてカリウスさんは片手を振った。


 だから必然、謝罪しようとして開いた口は言葉に迷って、そして結局選んだセリフは、


「……その、ありがとうございました」


 という感謝の言葉。


 だがカリウスさんは素知らぬ顔で、


「貴様に礼を言われる筋合いなどない」


 と相変わらず素っ気ない物言いで俺の言葉を切り捨てる。顔色さえ変わらない、完全無欠のポーカーフェイス。何を考えているのか、その表情から推し量ることは難しそうだ。


 そのまま彼は俺達の目の前にまで近寄ってくる。隣でミィルが、


「ぅ……」


 と微妙なうめき声を上げた。もしかしたら、カリウスさんに対して苦手意識があるのかもしれない。彼のまとっている堅苦しい空気は、自由人なところのあるミィルからしてみたら息苦しく感じるのかもしれなかった。


 何が何やらわからぬ俺も、座ったままカリウスさんを見上げていた。すると、エルフの青年は読めない表情のまま、ずいっと右手をこちらに突き出してくる。


「っ!?」


 と警戒するような反応を見せたのはミィルである。思わず仰け反った彼女は背中から後ろに転びそうになって、俺の肩を慌てて掴んで体勢を立て直していた。


 だが俺の目は、目の前に突き出されたものに集中していた。カリウスさんの右手に掴まれた、なんだ、これは……陶製の容器?


「食え」


 というカリウスさんの言葉に背中を押されるようにして、容器の中身を見てみると、そこには薄切りにされたレモンを、砂糖と蜂蜜のシロップに漬けたものが入っていた。


 いわゆる蜂蜜レモンである。それは、酸っぱさと甘さを含む魅力的な匂いを漂わせていた。


「……いいんですか?」


「食えと言っているのが聞こえんのか? それとも、貴様のその耳は単なる飾りなのか? だとしたら随分邪魔な飾りもあったものだ。おれが切り落としてくれようか?」


「っ、食べます! 食べますから!」


 だからそんなに殺気を込めた目で睨んだりしないでほしい。


 俺は容器の中から二切れレモンをつまみ上げると、一つをミィルに手渡した。俺達は目を見合わせ頷き合うと、パクリと蜂蜜レモンを口にする。


 次の瞬間、口中に幸せが広がった。


 なんだこれめちゃくちゃうめえ。酸っぱくて甘くて、あとレモンの皮を切り落としていないから渋みと苦味もあるけどそれが全然邪魔にならなくて、おまけに蜂蜜の甘さが砂糖のくどさを帳消しにしているからしっかりした甘みがあるのに後味は妙にすっきりしている。


 たかだか蜂蜜レモンだというのに、驚くべき美味さと言わざるを得なかった。


「す、げえ……おいしい」


「あたしも、これ、好き」


「……ふん」


 カリウスさんがさらに容器を突き出してくる。俺とミィルの手も思わず伸びる。だが直前で俺は思いとどまると、


「あの、いいんですか?」


 と問いかけた。


 ギラリと凄みのある目で睨まれた。そんな目で俺達を睨みつけたまま、


「まだいくらでもあるからな。それとも、おれの作ったものが食えんとでも?」


 などと脅しつけてくる。


「そ、そんなことないです! とても美味しいです!」


 本心からの言葉であったが、その声は若干震えていた。


 俺とミィルが二枚目、三枚目と蜂蜜レモンをパクついていると、次第にカリウスさんの雰囲気も和らいでくる。ふっと口元が緩んだようにさえ見えた。


 そうやって蜂蜜レモンを堪能しきると、今度はカリウスさんがドサリと俺の隣に腰を下ろした。そして腰のポーチから、ゴンさんにもらったのであろう弁当を取り出して包みを開く。


「あの、今からお食事なんですか?」


 と、気づけばそんな問いを口にしていた。


「ああ。他の連中に、それを配って回っていたからな」


「あ、そうなんですか」


「ああ、そうだ」


「……」


「……」


 気まずい。何を話せばいいのか分からない。


 カリウスさんのほうから口を開く様子もない。ただ黙々と、サンドイッチを口に運んでいる。


 どう接したらいいのかまるで分からず助けを求めるようにしてミィルのほうへ顔を向けると、視線の合った彼女は慌てて頭上へと視線を向ける。その仕草が、


(あたしだって分かんないよ!)


 と声も高々に叫んでいた。いや、無言なんだけどさ。


 そうやって味方にも裏切られ、一人懊悩していると、やがてカリウスさんの食事も終わる。結局最初に一言二言言葉を交わして以来、誰一人として口を開く様子がなかった。


「まあ、分からんでもない」


 布の包みをたたみながら、カリウスさんが不意に呟いた。


「え?」


「分からんでもない、と言った。貴様らのような駆け出しが、粋がって愚かにも年上のいうことを聞かんのはな。冒険者になりたてのアホどもはそういうところがある。魔術を使えるのであれば、なおさら自分を特別と思い込み他人の言葉を軽んじるようにもなるだろう」


「……それは、その、すみません」


 彼の言葉は静かだが痛烈だった。確かに俺は魔術が使える。他の人間よりも強い力を振るうことができる。


 だから当然のように、自分のことを特別だと思うようになっていた。それも、自分自身でさえ気づかないうちに。


「謝罪の必要はない。ガキなら誰もが通る道だ」


「え……」


「当然おれも同じ道を通った経験がある。もちろん、人の忠告に耳を貸さず、大怪我をしたという経験まで、な。そこまで含めてこの経験は一揃いだ」


 淡々と語られるカリウスさんの言葉に、しかし俺はもう反発を覚えなかった。彼自身の経験からによる忠告だということが分かるから。


 そしてそれを、無愛想ながらも伝えてくれるのは、もう人の好さがなせるものだとしか思えない。


 そういえばゴンさんが言っていた。カリウスさんというエルフの青年は、後輩思いの熱い奴だと。


「おれが冒険者になりたての頃、言われた言葉がある。その時は鼻で笑ってはねのけた言葉だが、今では真実極まりない金言だと確信している」


 カリウスさんはこちらに目を向けようともしない。正面のただ一点を見据えるようにして、相変わらずしかつめらしい表情で言葉を紡ぐ。


 ……でも、そんな冷たい態度を取っていても、彼の言葉から感じ取れる気遣いと、そして温かさは心地よいもので。


「『自分を過小評価する奴は時に足元を掬われる。だが、自分を過信する奴は必ず大きな怪我をする』。……一度痛い目を見てからは、この言葉に何度も命を救われた」


「そう、なんですか……」


「新入り。お前の力……魔術(さいのう)は確かに優れているだろう。冒険者としては、強いに越したことはない。しかしながら、力に依存しきった奴の命は長くない。おれより強い人間でも、ちょっとしたことで簡単に死ぬ。不測の事態というものは、ことこの場所においては腐るほどあるのだからな」


 カリウスさんの言葉はきっと真実なのだろう。だからこそ、聞いている俺のほうも神妙な気持ちになってくる。すんなり、心に響いてくる。


「力に溺れるな。自分の力を過信するな。考えもなく無謀な振る舞いをするな。敵や魔物を甘く見積もるな。そういった奢りは、巡り巡って自分自身に跳ね返ってくる……と、おれを育ててくれた恩人は言っていた」


「……はい。肝に命じます」


「ふん。どうせ痛い目を見なければ新入りなんぞに理解できん。だが……死ぬなよ、後輩。迷った時、分からない時は他人に頼ることもまた貴様の力だ。それができん奴は早死にする」


 言いながら、カリウスさんは一枚の紙切れをこちらも見もせずに放ってきた。そこには、丁寧な文字で『森の憩い亭』と酒屋らしき名前が書かれており、その酒屋のある場所らしき地図が隣に分かりやすく描いてある。


「おれならたまにそこにいる。困ったことがあれば来るといい」


「……いいんですか?」


「知った顔に死なれるのは寝覚めが悪い。それとも貴様は、おれの寝付きを悪くしたいのか?」


 吐き捨てるようにしてそう言われた俺は、慌ててぶんぶんと首を横に振る。そんな俺を横目でちらりと一瞥すると、やはり尊大な態度で「ふんっ」と鼻を鳴らし彼は立ち上がった。


 慌てて俺も後に続こうとするが、


「休める時に休んでおけ。帰りに疲れたなどと泣き言を言われては敵わん」


 と言われたため、上げかけた腰を再び元に戻したのだった。


「ああ、そうだ。新入り」


 立ち去る間際、一瞬だけカリウスさんは足を止めた。


 そして、


「今日は貴様のおかげで楽ができた。礼を言う」


 尊大な口調でそう言うと、今度こそ歩き去っていくのだった。


 その後姿を見送った後、俺とミィルは顔を見合わせる。


 そして、


「もしかしなくても、めちゃくちゃいい人だったよね……」


 呆気に取られた表情で、そう口をそろえるのだった。

久しぶりのまったり回。ゆったり流れる空気をお楽しみ下さい。

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