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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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下級冒険者

 翌朝俺が起きると、ミィルはふくれっ面をして、


「卑怯者!」


 と俺を罵ってきた。昨日魔術で俺に眠らされたのがよほど不満だったらしい。


「夜這いをかけたりしないって誓ってくれるなら、無理やり眠らせたりしないんだけどな」


「そんなの誓えないよ! あと、無理やり眠らせるって言い方ちょっといやらしいよ!」


「……即答すんなよ」


 あといやらしくねえよ。寝込みを襲おうとするのはお前だけだ。


「だってぇ。あたしの体はジェラルドのことを思うと火照っちゃうんだよ?」


 朝っぱらからセクハラ発言はやめてほしい。


「それに朝だしジェラルドだって準備万端でしょ? おはようの挨拶も兼ねて一発――」


「やらないから」


 男子の朝の下半身事情は抗いがたい生理的な反応だからできれば触れないでほしいところ。


 その後もミィルは、「ジェラルドにちゅーしてもらわないと起きれない」だの「抱っこしてくれたら立てる」だの「なんか寒い~ぎゅーってして体温わけてぇー」だの頭の弱い発言を繰り返していたが、ことごとく黙殺。


 彼女がぶつくさ言っているうちに俺は出かける準備を整え、昨日に引き続きギルド本部へ向かうため宿を出た。


 ――


 ギルド本部にたどり着き、扉をくぐり抜けると、三人の人間が俺を出迎えた。そのうち二人は見たことのある顔だ。


 男が一人と、女が二人。一人のほうはガードナーさんで、二人のほうのうち片方は昨日俺を担当してくれたギルド職員の女性だった。


「よう、彼氏」


「……もうそれでいいです」


 片手を上げてガードナーさんが挨拶してくる。それに俺は、げんなりとした反応しか返せなかった。


 一方のミィルはというと、


「最近彼が夜の相手をしてくれないの! 困っちゃう!」


 とあいも変わらず、俺との関係がまるで既成事実ででもあるかのように振舞っている。本当に誤解されかねないからやめてもらいたい。


 手を出していない以上、誤解され損じゃないか、俺。


 そんなことを考えていると。


「昨日はごめんなさいね。うちの子が迷惑をかけたそうで」


 ガードナーさんの隣に立っていた女性が、そう言いながらこちらへと近づいてきた。結い上げた金髪の眩しい美人さんだ。


 その金髪美人さんの後をついてくるのは、昨日俺達を担当してくれた女性職員である。こちらは少し気落ちしているかのように見えた。


 女性職員は俺とミィルのほうへ歩み寄ってくると、突然頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「昨日は追い返したりなんかして、大変失礼いたしました!」


「あれ? えっと、追い返したって……え?」


 突然の出来事に俺は思わず言葉をなくす。


 つまり、なんだ。昨日はこの人に騙されたとか、そういうことになるのだろうか?


「あの、もしかして冒険者登録をするには一レゾかかるってのが実は嘘だった、とかですか?」


 おそるおそる聞いてみると。


「いいえ。冒険者登録に一レゾかかるというのは本当よ」


 答えたのは、最初に話しかけてきた金髪美人さんのほうだった。


「とりあえず(わたくし)についていらして? 改めて、詳しい事情を説明するわ」


「あ、はい。でも、ええと……あなたは」


「ああ、名乗るのを忘れていたわね」


 先頭に立って歩き出しかけていた金髪美人さんは、思い出したように立ち止まると、こちらを振り返って自分の名を口にした。


「私はノエル・フィルナンド。ゼト市冒険者ギルドのギルド長よ」


 ――


 通されたのは、ギルド本部三階にある一室だった。


 部屋の入り口には『ギルド長室』と札がかかっており、中に入ると縦長の白いテーブルが一つに長いソファが一つ、一人用のソファが三つ並んでいて、その奥には執務机と思しき大きな机が置かれている。


「座ってちょうだい」


 とノエルさんは言ってソファを指した。それに従い、俺達はそこへと腰を下ろす。


 すぐ対面のソファにはノエルさんと、そしてガードナーさんが腰を下ろす。女性職員さんは座らず、ノエルさんの後ろに控えるようにして立っていた。


「まずは謝罪をさせていただくわ。昨日はうちの職員が失礼な真似を働いたそうで、ごめんなさい」


「失礼だなんて、そんな」


 彼女は職務に忠実だっただけだろう。奇しくも昨日職員さんが言ったように、ルールは守られなければ意味がないのだ。


 だから俺は首を横に振る。


「別に、俺達がお金を持っていなかったのは事実ですし。あまり気にしないでください」


「いいえ。そういうわけにはいかないわ。だって彼女は、あなた達にするべき説明(・・・・・・)をしなかったんだもの。だからこれは、そのお詫び」


 そう言いながらノエルさんが取り出したのは二枚のカードだ。俺の前に置かれたものには『下級冒険者登録証』、ミィルの前に置かれたものには『最下級冒険者登録証』と綴られていた。


「そこにある欄に直筆でサインすれば、その瞬間からあなた達は冒険者を名乗ることができるようになるわ」


 ノエルさんがそう言ううちにも、女性職員さんがインク壺とペンを用意する。だが俺はそれを手に取るよりも先に、ノエルさんに質問を飛ばしていた。


「あの、理由が分かりません。俺達はまだ、冒険者登録料を払っていませんよね?」


 という俺の疑問も最もだろう。本来なら、この冒険者登録証は一レゾという安くない登録料を支払いようやく手に入れることができるものだ。


 だというのに、それを『お詫び』として俺達にくれるという。違和感を感じるなというほうが無理な話だ。


 それに、ノエルさんは『するべき説明をしていなかった』と口にした。となれば、それについての疑問だって覚えて当然だった。


「そもそも、ね。冒険者になるためにこんなところへ来た人間が、銅貨はともかく銀貨なんてそうそう持ってるわけないのよね」


「それは……そうだと思います」


 ノエルさんの言葉に俺はうなずきを返す。


 冒険者稼業は一攫千金も夢じゃない。だが、冒険者になろうという人間は、基本的に腕っ節だけが頼りの猛者ばかり。


 そういう自分の腕だけを担保にやってくるような人間は、だいたいにおいて無一文かそれに等しいと相場が決まっている。逆に言えば、それに等しいからこそ、冒険者なんて危険極まりない仕事でもやってやろうという気になる。


「でもね。冒険者が危険な仕事というのはいつの時代でも変わりがないわ。冒険者登録をして喜び勇んで封印跡地(ダンジョン)へ行き、そこで命を落とす人だって少なくない。だから私達は条件を設けた」


「条件?」


「ええ。それが、銀貨一レゾ分の登録料と、そして冒険者登録(・・・・・)任務の遂行(・・・・・)


 ノエルさんの説明は続く。


「冒険者登録をする前に、冒険者としてふさわしい腕を備えているかという試験任務を与えるの。中級冒険者以上の試験官を一人つけての、魔物討伐任務よ。その任務に成功し、試験官に冒険者たる資格やありと認められた人間は銀貨一レゾの報酬(・・・・・・・・)を得ることができる」


「っ、つまりそれは……」


「ええ。その報酬を使って、冒険者登録証を買うというのが、冒険者登録をするまでの一連の流れ。……でも、この子はその冒険者登録任務の説明をあえて省いたの。あなた達がまだ子どもだというのを理由にね」


 ノエルさんが説明を終えると、女性職員さんが改めて、「本当にすみませんでした」とまた頭を下げる。さっきから何度も頭を下げているせいで、むしろこっちが申し訳なくなってくる勢いだ。


 それにしても、なるほどな。


 つまり、この女性職員さんは、俺達が冒険者になるのはまだ早いと独断で考えたというわけだ。


 だからあえて、冒険者登録任務の説明を省きギルドから追い返した。払えるはずのない、一レゾという決して小さくない登録料を提示して。


 まあ、俺達を見てそういった判断を下すのも分からないではない。確かに冒険者登録をすることができる年齢には達しているものの、大人から見ればまだまだ子どもにしか見えないだろう。


 実際、冒険者は駆け出しの頃が一番死にやすいと有名だ。職員からしてみれば、未熟な子どもにしか見えない俺やミィル相手に冒険者登録証を発行するのは抵抗があるはずだ。


 ましてや、依頼や任務の最中にダンジョンで死んだりなんかされたら目覚めが悪い。きっと公にされていないだけで、俺達のように冒険者登録任務についての説明も受けずに追い返された人間は他にもいることは想像に難くなかった。


 だがそこで俺はふと疑問に思う。


「だったら、わざわざお金なんか取らずに、冒険者登録任務だけ与えるようにすればよかったんじゃないですか?」


 考えてみれば簡単な話だ。金で身分を買わせるよりも、任務達成の報酬を身分にしてしまえばいい。


 だが俺の言葉にノエルさんは困り顔になる。


「ギルドの体質もお役所仕事になってきちゃったところがあってね。任務に対する報酬は、金銭で管理してしまったほうが何かと都合がいいの。特に、冒険者が増加傾向にある昨今はね」


「なら、登録証と合わせて報酬を与えるとかすればいいんじゃ?」


「それじゃ、与えた報酬を回収することができないじゃない。それでそうそうに死なれたら払い損よ。だったらこっちが損をしないシステムにするのは当然じゃなくて?」


「…………」


 守銭奴丸出しの発言にぐうの音も出ない。もっとも、ギルドだって金がなければ運営していくことができない以上、当たり前のことなのかもしれないのだが。


 とはいえ、するべき説明(・・・・・・)とやらについては理解した。だが、まだわかっていないことがあった。


「この冒険者登録証は一体なんなんですか?」


「何って、さっき言ったじゃない。お詫びの品よ。ジェラルド君には、少し色をつけておいてあげたわ」


 冒険者は、最下級から最上級まで五つの階級がある。ミィルは最下級だが、俺は下級からのスタートになっていた。


「まだ俺達は、登録料を支払っていませんよね。銀貨一枚取るぐらいです。この登録証が、詫び程度を理由にくれるものなんかじゃないことは俺にだって想像ができます」


「それがな、彼氏よお」


 そこで不意にガードナーさんが口を挟んできた。


「オレに一太刀浴びせてきたのは、この街じゃお前が初めてだったからよ。今朝になって、お前らをぜひとも冒険者にするべきだってオレがノエルを説得したってわけだ。するってえと、まあこの女も食えないやつでな。それだけの戦力だとするなら利用しない手はない、だとよ」


「だって、ガードナーに攻撃を当てるだなんて、噂でも聞いたことがなかったんだもの。それだけの実力があるというのなら、ギルド(うち)としても遊ばせておく余裕なんてないわ。ぜひともたくさん働いてもらわないと。ギルドっていうのはね、強いという条件さえ満たしていれば、女だろうが子どもだろうが誰でも大歓迎なのよ」


「……そういうこと、ですか」


 ノエルさんの言葉を要約するとしたら、タダで登録証をくれてやるからきっちり依頼や任務をこなしやがれ、という感じになるだろうか。


 それにしてもガードナーさん、本当に凄い人だったんだな。この人の言葉で登録証までもらえるんだから、街の中でも相当な実力者に違いないだろう。


「まあ、彼氏よお。実力であんたは彼女の分まで冒険者登録証を買ったってわけだ。これは誇っていいことだぜ」


「今の冒険者で、それだけの力を示す冒険者は片手の指の数ほどしかいませんからね。ジェラルド君も、それにふさわしい働きを期待しているわ」


「あたしは!? あたしも頑張るよ!」


 冒険者登録ができるとあって、ミィルもはしゃいでいるようだ。まあ、こちらとしても好都合な話だし、素直に登録証を受け取っておくことにする。


 そっちが俺達を利用するつもりなら、せいぜいこちらも冒険者という身分を使わせてもらうだけのこと。


 そこでようやく羽ペンの先をインクに浸し、俺は自分の登録証に名前を綴る。その後、ミィルもまた同じようにした。


 手に入れた登録証を目の高さにまで持ち上げて見入る。獅子と鷹の紋章はハルケニア王国のもので、その紋章をまたぐようにして『下級冒険者登録証』という文字が印字されている。


 これが俺の、冒険者登録証……。これさえあれば、大陸中どこの冒険者街でも冒険者として活動することができるようになるんだ。


 そう考えるとなんだか興奮する。ここに来てようやく、冒険者としての第一歩を踏み出すことができるんだ。


 登録証をじっと見つめながらそんなことを考えていると、ノエルさん両手をパンと打ち合わせながら口を開いた。


「さて。それでは駆け出しの冒険者であるあなた達に、初めての依頼をこなしてもらおうと思うのだけれど……いいかしら?」


「もちろんです!」


「あら、随分と気合が入っているわね。頼もしいこと。……それで、依頼というのはね――」

次回からはとうとうダンジョンに突入します!

主人公が大活躍するようになる予定なので、お楽しみください!

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