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異世界の魔法言語がどう見ても日本語だった件  作者: トラ子猫
第二章:冒険者編(少年編)
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冒険者街ゼト

 目を覚ますとすぐ近くまで女の子の顔が迫っていた。


 うっとりと閉じられた瞳はまるで夢でも見ているかのよう。全体的に幼く丸っこい顔も少しずつ成熟の兆しを見せており、すっと通った鼻梁は造り物のようでもある。


 額を覆う前髪はリンゴのような朱色で、それはよく日に焼けた顔立ちにとても映えていた。


 きっと、太陽の下で満面の笑顔を咲かせれば、活動的な女の子の健康的な美しさが眩しいぐらいに輝くことだろう。それを、俺は知っている。


 そんな少女の顔面が、キスでもせがむようにして今も俺の顔に近づき続けている。


 すぼめられた唇は肉厚で、まだ子どもだというのにどこかなまめかしいその様子を目にした俺の下半身に血流が集中していくのを感じた。


「ミィル」


 しかし俺は少女の名を呼び、そのキス顔を押しのけた。


「むぅ」


 と不満げな声を彼女が漏らす。


「協定違反だぞ」


「もう十秒ぐらい眠っててくれてもよかったのに」


「そんな顔しても無駄だ。というかそもそも寝込みを襲おうとするんじゃない」


「なら次からは起きてる時に襲うことにするけど?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、押しのけられてもめげずにミィルが俺の首に腕をまわしてこようとするのをかわす。


 不満そうに、


「ジェラルドはあたしにもっと優しくしてくれてもいいと思う」


 とわがままな声を漏らすミィルを無視して、俺は窓から見える外の景色へと目を移す。


 俺達は今、冒険者街ゼトへ向かう馬車の中にいた。どうやら俺は、心地良い揺れに誘われて眠ってしまっていたらしい。


 冒険者街ゼトはハルケニア王国の東部に広がるラウド領内に存在している。俺の故郷からは、中継点であるロゴスの町を間に挟んで馬車で七日ほどの行程だ。


 そして村を発ってからはすでに七日が経っている。そろそろゼトの街も近いはずであるのだが。


「そろそろ着く頃なんじゃないかと思うんだけどな……あ!」


 外を眺めているうちに、見えてきた。真っ直ぐ続いている道が、白亜の外壁に覆われている街へと伸びているのが。


 きっとあれが、冒険者街ゼトに違いない。


「すげえ……でっけえ壁だよなあ」


 見上げるほどに大きな市壁がだんだん近づいてくるのが見える。


 それを見て俺が感嘆の声を上げていると、御者台に座る運転手のおじさんが話しかけてくる。


「はっはっは。小僧、冒険者街を見るのは初めてか?」


「うん! すっごいですね。ロゴスの町より大きいんじゃないですか?」


「あったりめえよお、小僧。冒険者街っつったら、国内・領内を問わず色んな物や人が集まってくるからな。冒険者相手の商売はもとより、そういった商店やギルド相手に金儲けしてやろうって連中も集まってくる。これででかくならねえわけがねえ」


 おじさんが語ってくれるところによると、冒険者街はもともと『封印指定個体』と呼ばれる魔族を封印した跡地に出没する魔物を討伐するためのシステム、『冒険者ギルド』が設置されたのが前身ということだ。


 魔物の数には限りがなく、正規の軍を動かしてもきりがない。そういうわけで、荒くれ者や腕利き達を集めて魔物を討伐してもらい、報奨金を払うことで国内の秩序を保つのを目的としていたらしい。正規軍の駐留にかかる諸所の費用を抑える意図もあったようだ。


 そこへ冒険者向けの道具屋や武器・防具を一手に取り仕切る鍛冶屋なんかが集まってきた。そうして人が集まることで新たな需要も生まれ、そうした需要が呼び水となって次々に人が集まり、今ではこのように大きな街になったということらしい。


 以前にも親から聞いたことのある内容も含んでいたが、おじさんの話を聞いているうちに俺のほうもだんだん気持ちが高ぶってくる。


 冒険者。危険と隣り合わせの、しかし一攫千金も夢じゃない職業。


 自らを鍛え上げ、強力な魔物と渡り合い、ダンジョンと通称される迷宮跡地の奥深いところへ金と名声のために潜り込む。


 幼いころに、夢と浪漫に満ち溢れた英雄譚に憧れたのはきっと俺だけじゃないはずだ。特に、父さんがあんな人(・・・・・・・・)だった俺からしてみれば、冒険者はかっこいいというイメージが付きまとう。


「俺も、あの壁の向こうに入ったらいよいよ冒険者なんだよな。すっげえ、楽しみだ!」


 興奮のあまり思わず馬車の窓から身を乗り出すと、ちょうどその時に車輪が石でも踏んだのかひときわ大きく馬車が跳ねる。


「やべっ」


「あ、ジェラルド!」


 その衝撃に馬車から転げ落ちそうになるのを、後ろからミィルが掴んで引きとめてくれた。


 あっぶねぇ……危うく落ちるところだった。助けてくれたミィルに感謝する。


「小僧! あぶねえことしてんじゃねえ!」


 御者台から怒鳴り声が聞こえてくる。その声に俺は首を竦めて馬車の椅子に腰を再び落ちつけた。


「ありがとな、ミィル。助かったよ」


 礼を口にすると、ミィルは呆れたような顔をする。


「ほんと、そそっかしいんだから、ジェラルドは。そういうところはおじさんそっくりだよね」


「まあ、父さんの息子だしなあ……」


「そこで開き直るのもどうかと思うんだけど」


 同じ村で生まれ育ったミィルは俺と同い年。当然、彼女は俺の父親のことも知っている。


 そういった同郷の気安さから飛び出る気心の知れたミィルの言葉に、俺は恥じ入るようにして頭を掻くのだが。


「……本当に、ミィルも村を出てきてよかったのか? わざわざ俺に付き合ってくれなくても良かったんだけど」


「仕方ないでしょ。十三歳っていったら、村じゃもうあたしは適齢期なんだから」


「いや、むしろ適齢期だから俺は言ってるんだけど」


 俺達はもう、村では結婚していてもおかしくない年齢だ。


 だが、『最強の魔術師』を目指している俺は、ひとまず冒険者として自分を鍛える道を選び、村を出た。冒険者ならお金も稼げるし、その金は王都にある魔術学院に入学する際の足しにするつもりでもあるため都合がいいのだ。


 とはいえそれは俺の事情。魔術を扱えるわけでもないミィルからしてみれば、わざわざ冒険者になる理由はないはずなのだが……。


「だぁって~。適齢期ったって好きでもない男の子どもなんて産みたくないもん、あたしは。あんたが村に残ってくれてたら話は早かったってのに」


 ということらしい。要するに俺のケツを追っかけて村を出たってことなのだ、この色ボケは。


「いや、だから俺はお前と結婚するつもりは……」


 そもそも村にとどまったままじゃ最強の魔術師になることなんてできないし。


「でもだからって、あたしより弱い男と結婚するつもりだってこっちはないの」


 俺の反論をぴしゃりと遮ると、ミィルは恨みがましい目を俺に向け、


「行き遅れたらジェラルドのせいだからね」


 と責めるような口調で告げてきた。その剣幕に、俺は思わず言葉を失う。


 正直なところ。


 昔から、俺とミィルは村でもカップル扱いされてきた。しかし、幼い頃から一緒にいすぎたせいで、俺のほうは彼女のことを兄妹としてしか見ることができない。


 だがミィルのほうはその限りではないらしく、俺はある条件をミィルに持ちかけている。その条件を果たせない限り、俺はミィルと今のところ結婚するつもりはなかった。


 だから、まあ、『行き遅れたら俺のせい』というミィルの言葉も的外れではなかったりする。


 ともあれ。


「まあ、俺もここまで来て、今さら村に帰れなんて言わないけどさ。くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」


「さっき馬車から落ちかけた人にそんなこと言われるのはなんかムカつくけど、あたしはそんな細かいことは気にしない広い心を持っているから、とりあえずうなずいておいてあげるね」


「……めっちゃ気にしてんじゃん」


 そんなやり取りを重ねているうちにもどんどん高く、大きくなっていくゼトの市壁に、俺の胸は期待と興奮で高鳴っていた。


 この街なら、きっと自分をもっと磨くことができる。『最強』を目指す俺の大きな糧となってくれる。


 そんな俺の思いを乗せて、馬車は着実に冒険者の街へと近づいていくのであった。

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