魔物どもを蹴散らす
無双回です。この話も含め、あと三話で幼児編が終わります。
「『風よ、切り刻め!』」
詠唱一つで魔物を数体まとめてみじん切りにした俺は、それには目もくれずに村人達を助けるため走り回った。
魔物の集団すべてを攻撃するような魔術は使えない。村のあちらこちらで乱戦状態になっていたため、基本的には強化した体で駆けまわり、村人から離れたところにいる魔物は遠距離から、村人のすぐそこまで迫っている魔物は強化した肉体で粉砕して回った。
「うあああああっ」
今もまた、ヒョウのような見た目の魔物が村人に牙を剥いている。村人の手には剣が握られているが、怯えて切っ先が震えているのが遠目にも分かった。
いくら『加速』の強化を肉体にかけていても間に合わない距離だ。
だがそれでも問題ない。
ここ数日間、呪文の改良をした経験で分かったのだが、日本語でありさえすれば呪文で指示できる内容はかなり柔軟に設定できる。
例えば。
「『転移』」
唱えた瞬間、一瞬で視界が塗り替わる、今まさに飛びかかられようとしていた村人と魔物との間に一瞬で『転移』したのだ。
「グルォゥゥゥゥゥ……」
突然のことに魔物が怯んだような唸り声を上げるが、それでも襲い掛かってくる。
そんな魔物に手のひらを向け、
「『焔よ、灼き尽くし消し炭とせよ』」
そう唱えると、魔物の総身を焔が包み込む。そのまま悲鳴を上げる隙もなく、魔物は灰となり風に吹かれて消えていった。
「ジェラルド!? お前、まさか魔術師……」
「話はあとで! それよりも、今は魔物から隠れることに集中して!」
「……っ、恩に着る。それと、ラッセルならあっちにいたぞ。行ってやれ。あと、こいつはおれにはもう不要だから使ってくれ。」
俺に助けられた村人は怪訝そうな表情を隠しきれていなかったが、俺に剣を押し付けつつ、父さんのいる場所を指差して教えてくれた。
一番魔物が密集しているところだった。
俺の活躍で、危険度の高そうなでかい魔物はあらかた片付けたものの、小さいのはいくつか取り逃してしまっていた。そういうのが、俺という強い相手よりも、弱く簡単に勝てそうな獲物を求めて一つの場所に集まり始めていたのだ。
そして、そこに父さんがいるという。
「待ってて、父さん。『転移』」
俺は呟き、一瞬で密集した魔物の渦中へと飛び込んだ。
視界が再び塗り変わる。俺の現れたのは、大口を開けたムカデみたいな魔物が先を競うようにして迫ってくる進路上だった。
「『空間ごと切り裂ける刃となれ』」
剣を魔術で強化して振るう。強化された剣は、文字通り『空間』ごと切り裂けるようになっている。
当然、ムカデ野郎どもの硬い甲殻程度で耐え切ることなどできず、あとに残ったのは綺麗に上下に分かたれた魔物達の群れだった。
さらに他にもいる魔物達を剣でなぎ払い、また消し炭とし、時には背後へと『転移』して首を刎ねる。俺の力を前に、その場に密集していた魔物達はなすすべもなく命を散らしていく。
「父さん、大丈夫!?」
魔物達を速攻で始末した俺は背後を振り向く。そこには、腹部を血に濡らした父さんと、そんな父さんを守るようにして武器を構えている村でも力自慢な男達だった。
誰もが怪我を負い、血を流している。その様子は見た目にも痛々しいほどに消耗しきっていて、誰もが肩で息をしていた。
「ジェ……ラルド、無事だったか」
「俺が傷つくわけないだろ、父さん! それよりも、怪我が」
駆け寄り、傷口に手を重ねる。父さんが「うっ」と痛そうなうめき声を上げた。
「我慢して。『癒やしの力よ、ここに集え』」
見たところ傷自体は大きくない。出血は凄いが、致命傷ということもないだろう。
魔術をかけて一瞬ホッとした俺が父さんの顔を見ると、その顔色はまだあからさまに悪いままだった。
「父さん?」
「なに、心配ない。傷さえ塞がれば、ぅく」
「動かないでくれ、ラッセルさん。あんた、魔物の毒受けてたじゃねえかよお!」
父さんが立ち上がろうとすると、父さんを守ってくれていたうちの一人がその肩を掴んで座り直させた。レイドと呼ばれている、村の強者達のボス格だ。
「毒だって!?」
「ああ。あの、ムカデみたいなのが吹き付けてきたのをまともに浴びちまって……」
「それなら、解毒しないと!」
俺は再び父さんの体へと手のひらを向けた。今度は全身を流れる毒を洗い流すようなイメージを頭に思い描く。
そして呪文を唱えた。
「『この者の体に流れる毒を消し去り、肉体を正常な状態へと回復させよ』」
唱え終わると、父さんの体が一瞬輝く。その光がやがて消えると、父さんの顔色は先程よりも遥かに良くなっていた。
快方へ向かっているとはっきりと分かる。
「く、情けないな。息子にこんな姿を晒してしまうとは」
「そ、そんなことない! 父さんは、村の人達を守るために戦ったんだろ!? そんな父さんが情けないなんてことないじゃないか!」
「ふっ……そう言ってくれるか、息子よ」
「当然だよ!」
まだ少しふらついている様子だが、父さんはなんとか立ち上がる。そんな父さんの体を横から手を伸ばして俺は支えた。
だがそんな俺の体も少しよろめく。魔力をかなり使ったため、俺とて消耗しているのだ。
「これでだいたい片付いたろう。安心しても良さそうだな」
レイドさんがホッとしたような声を出す。
村中、魔物の死体があちらこちらで累々と積み上がっていた。ムカデ、ヒョウ、熊、猪……その他訳の分からない姿の怪物達の残骸が積み重なっているのは醜悪な光景だが、それでも安全が再びやってきたと思えば安堵のため息も出るというものだ。
「それにしても、ジェラルド。お前……」
レイドさんが俺を見下ろす。その視線に、俺はビクッと体を震わせた。
魔術師ということが知られた場合、どんな目を向けられるのだろうか。恐怖されるのではないだろうか。迫害され、村を追い出されるのではないだろうか。
そんな不安が心に芽生える。魔物の襲撃が終わったら、今度は俺に対する追求が始まるのだ。
だが幸いにも――そして不幸にも――レイドさんが追求の言葉を続けることはなかった。
なぜなら、突如爆音が村中に響き渡ったからだ。
「っ、なんだ!? 今の音は!?」
レイドさんが再び武器を構えて音の聞こえてきた方へと顔を向ける。
その音は――母さんとシエラがいるはずの、俺達の家がある方向から聞こえてきた。
「母さんとシエラが!」
叫んで俺は走りだす。魔力を消耗しているなどと言っている場合ではなかった。
『転移』を複数回繰り返し、ものの数秒で俺は家へとたどり着く。
そこで俺は、宮廷筆頭魔術師を志すきっかけとなったやつと出会うことになるのである。