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父親の決断

一応ラッセル回ですが三人称視点です。子どもを守ろうとする父の背中、かっこいいと思うんですよね。

 ――――ジェラルドが森から村へ戻ってくるよりも、ほんの少しだけ時間は遡る。


 その日も村は、退屈ではあるが穏やかな日常の様相を呈していた。どこにも不穏の影はなく、長閑で呑気ないつも通りの空気が流れていた。


 子ども達の集う広場では賑やかで楽しげな笑い声が上がっており、大人達は手に手に鋤や鍬を持ち畑を耕す。


 いつもどおりの風景を前に、まさかこの日常が壊されるような事態が起こるなどと考える人間は誰一人としていなかった。


「じゃあ、少し出かけてくるよ」


「ええ、ラッセル。気をつけて行ってきてね」


 いつも通りにラッセルが家を出るのを、シエラを抱きかかえたセシルが見送る。頬に口づけするのも忘れない。


 当然、


「らぶらぶー」


 とシエラに囃し立てられ、ラッセルの頬が真っ赤になるところまで朝のお約束だ。


 ラッセルは仕事柄、午前中は貸し出している土地の畑や家を回っていることが多い。とはいえ、村の周辺にある畑はほとんどラッセルの土地にあるものだから、どうしても半日ですべての畑を回ることはできない。


 そのため、半日で回る畑の数を絞り、七日間ですべての畑を回れるようにラッセルは調整していた。今日も午前中で三つの畑を回る予定である。


 そうやってラッセルが家を出たところまではいつも通りであった。しかし、畑に向かっている途中、村人の一人がラッセルの下へとやってきた。


「ラッセルさん。今、いいかい?」


「ああ、構いませんが……どうかしましたか?」


「いや、それがね。おれが貸してもらってる畑なんですが、今朝行ってみたら農作物が土ごとひっくり返っているような有様で」


 村人の言葉にラッセルは眉をひそめた。眉間に深いシワが寄る。


「ひっくり返されていた、とは?」


「ええ、それが」


 村人の言うには、今朝畑に出たところ、農地の作物がすべて土ごと掘り返されていたのだという。それでいて、作物が食い荒らされた様子はなく、いわば土壌を強引にえぐり取り、それを再び地面にぶちまけたような感じだったと。


 話を聞いたラッセルはにわかには村人の話を信じることができなかった。


 確かに農地を荒らす動物はいる。鹿や猪、熊、それにイタチなどもそうだ。人間が食べる、あるいは売るために育てている作物を横から掠め取っていく奴らは、農業で生活を成り立たせているこの村にとっては敵対生物であると言っても過言ではない。


 だが、畑を荒らすくせに作物を食い荒らしていないとなると、それはたちの悪い悪戯にしか思えない。悪戯、という可愛い言葉で済ませられるものではないが、迷惑をかけて自分が楽しむという意味では同じだろう。


「どうかしてくれよぅ、ラッセルさん! これじゃおれの畑、この夏になんも収穫できなくなっちまう」


「うーむ。とりあえず確認してみるのが良さそうだな」


 まだ完全に信じきったわけではないが、村人のうろたえようにラッセルは向かう先を変更する。


 この時ラッセルは、次のように考えていた。


 なに、そう時間を食うこともない。簡単に畑を点検して、また種や苗を植え直せば済むはずだ。大打撃を受けるのは間違いないが、夏もまだ始まったばかりだしまだ致命的なタイミングではない。

 これが夏の終わりならもっと悲惨な事態になっていた。そう考えれば、まだまだ幸運なほうだと考えていいだろう。


 だが、畑へとたどり着いた時、ラッセルは自分の考えが大きな間違いだったことを思い知ることになる。


 ――


 畑へ向かう道中、ラッセルは違和感を拭えないでいた。


 何かがどうも致命的に違う。いつもこの道を歩いてる時、こんな胸騒ぎを覚えただろうか? どうにも、何か大きな問題が迫ってきているような気がしてならない。


 ――気のせいだといいのだけれど。


 だがそれでも不安は募る。


 見慣れぬ足跡を見かけた時、地面が不自然な抉れ方をしている時、森の木々の樹皮が大きく削れているのに気づいた時、そのたびごとに胸騒ぎは大きくなっていく。


 そしてそれは、畑へ辿り着いた時に決定的なものと相成った。


「そんな……」


 畑は、確かに村人の言うとおり、不自然にひっくり返されていた。確認しなくても分かる。一目見ただけで、整地されていたはずの畑が大きく荒らされて、上下逆になった作物が根っこを露わにしているのだから。


 だが畑の上には、それ以上の『違和』が集結していた。


「魔物の、群れ……?」


 そこに集っていたのは、見るからに危険な魔物達だ。色、形も様々な奇怪な生物達が、まるで集会でもしているかのように勢揃いしていたのだ。


 想定外の事態にラッセルの足が震え始める。それは村人もまた同じであった。

 幸い、魔物達はまだこちらには気づいてないようだ。ピィピィギャァギャァ、不快な声を上げているだけ。


 足の竦むのを自覚しながらも、ラッセルはその光景から目を放せない。放した瞬間に魔物達が襲ってくるのではないかという恐怖が、手足にこびりついていた。


「む、村に」


 それでもなんとか、震える声を絞り出す。


「村に、知らせないと……魔物が、魔物達が来てるって」


「あ、ああ」


 ラッセルの声に村人もうなずいた。


「知らせないと」


 知らせなければ、と思うが、体のほうは動いてくれない。恐怖に縛り付けられ、思うように動かすことができなかった。


 だがこんなところでただ怯えているわけにはいかなかった。家には愛しい妻がいる。娘もいる。もしかしたら自分より強いかもしれないけれど、ジェラルドだってラッセルからしてみなければ守らなければならない『子ども』である。


 親とは子を守るもの。だからこそ、ジェラルドと森で魔物に遭遇した時、武器を手に取り魔物と対峙した。……結果的には、息子に守られる情けない姿を晒す事になってしまったけれど。


 それでも。それでもだ。


 家族のために恐怖をねじ伏せるぐらいのこと、父親ならばできて当たり前だろう?


「行こう」


 村人の手を掴み、ラッセルは無理やり魔物達から視線を放した。彼らはまだこちらに気づいていない。


「ここで私達が知らせなければ、村の人達はなんの情報もないまま魔物に襲われることになる」


「ラッセルさん……そうですね」


 村人もまた、ラッセルから向けられた視線に応じる。目を合わせた二人は頷き合って、同時に魔物達に背中を向けた。


 そうして、二人が魔物の情報を持ち帰るため村へ戻った二人が見たものは――。


































 ――村を蹂躙せんとする、醜悪な魔物達の群れだった。




「そん、な」


 ラッセルは絶句するが、すぐさま自分の家へと走りだす。


 すると途中で彼はミィルと遭遇した。


「おっさん!」


 ミィルがラッセルに叫んだ。


「ジェラルドがいねえんだ! へんなのがめっちゃいっぱいきてるのに、あいつどっか行っちまった!」


「……ジェラルドなら、大丈夫だ」


「でも!」


「私がなんとかする! ミィル、君は安全なところに隠れていろ。いいな?」


 ジェラルドを心配してラッセルを探していたのだろうミィルは、そう言い含められて迷いながらもうなずいた。


 まだ幼い子どもである。不安でいっぱいなはずだろう。それなのに友達の心配をすることができる彼女は、年齢不相応なぐらいに他者を想うことができている。


「ぜったいだよ、おっさん? ジェラルド、あいつ、ぜったいだよ?」


 踵を返して走り去る前に、ミィルは首だけでラッセルを振り向いてそんな言葉を残していった。


 健気な背中を見送りながら、将来が楽しみな子だとラッセルは思う。

 ならば今の自分にできるのは、その『将来』を守ることだろう。魔物達の襲撃を乗り切って、村の未来を守らなければ――。


 ――


 ラッセルの家はまだ魔物の襲撃を受けていなかった。だが、それも時間の問題だろう。魔物の波は、もうすぐここまで押し寄せてくるはずだ。


「ラッセル! 無事だったのね?」


 家の中に入れば、不安そうな顔でセシルが近寄ってくる。胸にはシエラを抱きかかえていた。


「ああ。私は大丈夫だ。……ジェラルドは?」


「まだ森よ。早く帰ってきてくれればいいんだけど……ああ、でも今帰ってくるのも危険だし……」


 突然の事態に混乱したのだろう、セシルは考えのまとまらない様子で右往左往としている。

 ラッセルがいない間、不安で仕方なかったに違いない。


 そんな彼女の肩を掴み、ラッセルは落ち着かせるためにゆっくり、はっきりと話しかけた。


「いいかい、セシル? 私はね、行かなければならない。この魔物の襲撃は村の問題で、私達全員でどうにかしないといけない事態だ。分かるね?」


「ええ。でも……」


「だから、私は戦いに行かなければならない。村を、君を、子ども達を守るためにね。……だから君にはここでいてほしい。どこかに隠れて、シエラをしっかりと守ってほしい。できるね?」


「ジェラルドは?」


 切ない声でセシルが囁く。


「あの子は、どうなってしまうの?」


「賢く、強い子だ。きっと、一人でも大丈夫だろう。……そう信じてあげることしかできないよ」


「でも」


「いいかい? もう一度だけ言う。私は戦いに行かなければならない。だから君には安全なところに隠れて、シエラのことを守ってほしい」


 できるね? とラッセルに問われ、セシルは迷う素振りを見せながらうなずいた。


 そんな彼女の頭にそっと顔を寄せ、ラッセルは優しく額に口づけをする。


「ありがとう。それでこそ私の愛する人だよ」


「ラッセル、わたし」


「心細くさせて済まない。でも、男なら、父親なら、夫なら――こういう時、のうのうと一人隠れていることなんてできないんだよ」


 ラッセルは最後にシエラごとセシルを抱きしめると、踵を返して家を出る。

 選んだ武器はツルハシだ。硬い土壌を砕いて農地にする時に使う、先の鋭い農耕具。


 魔術を使えない、非力で、ひ弱で、だけど勇敢な父親は、群れる魔物達目掛けて走りだす。


 その胸に抱く気持ちはただひとつ。魔物達の襲撃を退け、家族の安心して暮らせる村を取り戻すこと。


 セシルにも、シエラにも、そしてジェラルドにだって、魔物達には指一本触れさせてなるものか。なぜなら私は――父親なのだから。


 そんな決意を胸に、ラッセルはツルハシを握る手に力を込め、すぐ目の前に迫っている魔物の頭目掛けて振り下ろした。

次回はジェラルド視点に戻って無双します。

待ちに待った日本語無双です。

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