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魔物の襲撃

 魔力を感知できるようになってから数日が過ぎた。


 俺は魔力を呪文に込めて操る腕に磨きをかけるため、ここ数日は森の中に入り浸っていた。


「『炎の槍よ、敵を貫き焼き尽くせ』」


 目的は狩りである。弱い魔物や野生の動物を狩ることで、魔力の運用の効率化や、より短い時間で唱えられる呪文の開発をしているのだ。


 幸い、魔力は休息を取れば回復することが可能らしく、時折休憩をはさみながら一日の半分ぐらいを俺は森で過ごしていた。


 森に出る魔物はというと、頭に鋭い角を持つアルミラージが少し危険なぐらいで、あとは人面茸や人間ぐらいの大きさをしたイモムシなど、そうそう強い魔物が出ることはない。


 けれどもその日は、森全体に何やら妙な気配が漂っているのを、朝森に入った時から俺は感じていた。


「……なんなんだろうな、この嫌な感じは」


 全体的に森の魔力が増しているような気がする。いや、増しているというよりも、何かが不自然に混ざっているような……。


 そう考えた時のことだった。


「う、うわああぁあああああ!」


 森のどこからか悲鳴が聞こえてくる。


 何事かと顔を上げた俺は声のした方向へと顔を向け――言葉を失った。


 その方向からは濃密な魔力を感じた。強くて、そして激しい攻撃的な魔力だ。


 だが村人の悲鳴が聞こえたのは確かだった。村の一員として、そして何より魔術師の力を持つ者として、助けないわけにはいかないだろう。


「『加速』」


 簡略化した呪文を唱えて足を速める。するとすぐに、魔物に囲まれている村人が視界に入った。


 二十代半ばの若者で、俺と何度も遊んでくれた青年である。彼は魔物を前にして尻から地面にへたり込んでおり、逃げ出すことができないでいるようだった。


 そんな彼に振り下ろされるのは、赤い毛を全身から生やしたクマの姿をした魔物だ。

 その攻撃は人間の体など、ただの一撃で粉砕してのけることだろう。


 ――まあ、当たればの話なんだけど。


「『筋力増加』」


 青年を担ぎ上げるための筋力を強化して、俺は横から彼を掻っ攫う。ついでに加速し、筋力まで増加した体で地面を叩き砕いた魔物を蹴り飛ばし、その反動を利用してその場から離脱した。


「お、お前は……ジェラルド!? どうしてあんなところに……っていうか、今なにが!?」


「……ごめんなさい、説明してる暇はないんです。それより今は村に知らせないと」


 背中に担いだ青年が話しかけてくるけれど、俺はそう返すことしかできなかった。


 村の近くに強力な魔物が現れた。しかも、どうやら敵は一人なんかではなさそうだ。

 おそらく複数の魔物が近づいてきているだろう。そういう魔力(・・・・・・)を感じるのだ。


 加速を維持したまま村へと向かう。


 そして、そこで俺が見たものは……村を襲う、魔物達の群れだった。


「そんな……」


 巨大なムカデみたいな魔物が人々を追っている。サソリのような姿をした魔物が、子どもに覆いかぶさろうとしている。他にもたくさんの魔物達が、村の住人達を喰らおうと、殺そうと、牙や爪を振るわんとしていた。


 その光景を前に、一瞬だけ俺は呆然とそこに佇んだ。だがすぐに家族の安否が気にかかる、震えそうになる足で家に向かう。


「――ジェラルド!」


 扉を開くと、シエラを胸に抱きかかえた母さんが悲鳴のような声で俺を呼ぶ。いつもは『ちゃん付け』して俺のことを呼ぶというのに、今はその余裕がないようだった。


「母さん!? 父さんは?」


「魔物達を食い止めるって言って、武器を手に。でも……」


 そんな……。


 父さんは運動音痴なんだ。体力だってない。ちょっとしたハイキングでバテバテになるぐらいで、戦いなんて向いてない。


 それなのに、あの義理堅く、情に篤い人は、戦いの場に出てしまったのだ。慣れない武器を手に取って。


 死にに行くようなものなのに。


「――くそっ」


 選択肢なんてほとんど残されていないようなものだった。


 俺はシエラを抱きかかえた母さんの腕を強引につかみ、シエラごと押入れの中へと入れる。その後に続いて、背中に背負ったままの青年も一緒に叩き込んだ。


 狭い場所だが、この中にいたほうが安全だろう。息苦しいのは我慢してもらうしかない。


「何するの、ジェラルド!? あなたは一体、何をしようとして――」


「いいから」


「だけど!」


 叫んで取りすがろうとしてくる母さんをかわして、俺はシエラに目線を合わせた。


 こんな事態だというのに泣き叫ぶこともせず、じっとこちらを見つめてくる彼女の瞳はどこか理知的で、気高く見える。


「シエラ。いいか。ここにいれば安全だ。お前は、兄ちゃんが絶対守ってやる」


「にーたん?」


「二人を、よろしくお願いします。絶対に俺は帰ってきますから」


 最後の言葉は、俺が助けた青年に向けて。彼は俺のほうを見ると、こくりと首を縦に振った。


「ジェラルド!」


 母さんが叫ぶ。でも、俺は行かねばならない。傷つく人が一人でも少なくなるように、俺こそが動かなければならない。


 なぜなら俺は前世の記憶がある。そのため魔法言語を解することができ、魔術師として目覚めることができた。


 つまり俺には力があるのだ。村のみんなを救うだけの、力が。


 そして何より、愛する家族が傷つくのを黙って見ているなんてできるわけないだろう?


 父さんが、『男になった』と言ってくれた。背中をバシバシ叩いてくれた。そんな人を見殺しになんてするわけにはいかないだろう?


 だって俺は、魔術師で、男の子で、父さんと母さんの息子なんだから。


 押入れの扉を強引に閉める。……そういえば、魔法書を見つけたのはここだっけ。そんなことを思い出しながら、閉じられた扉へと手のひらを向けた。


「『俺以外の者がこの扉を開くことを禁ずる』」


 呪文をかけ、扉に完全なる鍵をかける。

 さらに念のため、もう一つの魔術をかける。


「『外部からのいかなる攻撃にも、この押し入れの扉や壁は耐えしのぎ、破壊や侵入を決して許さぬこと』」


 ……これで、多分壊されたりすることもない。それに、言い回しはスマートじゃないけれど、今の状況では確実な言葉を使ったほうが安心だろう。

 母さん達は、安全だ。


「……よし」


 家を出た俺は覚悟を決める。


 戦い方など、何も学んでこなかった。これまで一定以上の強さの敵と渡り合ってきたことなどなかった。


 それでも、逃げるわけにはいかない。父さんを、村の人達を守れるのは俺だけなのだから。


 腹をくくった俺は、今も村を蹂躙せんとする魔物の群れへと突っ込んだ。


 武器は日本語。それだけだ。でも、この世界ならこれ以上ないほど強い武器だろう?

次はラッセル視点での魔物の襲撃回です

お父さん頑張ります

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