予兆
村には子どもが遊ぶための広場がある。
広場といっても、特別何かがあるというわけじゃない。だだっ広くて土剥き出しの丸い平地ってだけの場所だ。
そこにはすでに村の子ども達が集まっており、このいい天気の下で活発に体を動かしていた。
広場に集まっているのはだいたい五歳から七歳ぐらいの男子で、人数は八人ぐらいだろうか。
彼らは俺とミィルの姿を認めると、遊びを中断してこちらへやってきた。
「ジェラルド、お前ぶっ倒れたんだって?」
「元気そうじゃん、遊ぼうぜ!」
「じ、ジェラルド、シエラちゃんは来ないのか? ぼ、ぼく、めちゃくちゃ大きなヒキガエル捕まえたから、あの子にプレゼントしたいんだけど……」
「……よう。元気になったみたいだな」
口々に勝手なことを言いながらみんな集まってくる。そしてヒキガエルは怖がるからお前は絶対にシエラに近づくな。
お兄ちゃんは許しませんよ。
「みんな、久しぶり。心配してくれてありがとう。でも、俺ならもう元気になったよ」
返事をしながら、目に力を込めてみんなのことを『視』てみる。
するとやはり、色とりどりの魔力光が彼らの体を包み込んでいるのが見えた。輝きの強さにも個人差があるようで、鈍く明滅している人もいれば目に鮮やかな明るさを放っている人もいる。
だがこの中で一番強い輝きを放つのは隣にいるミィルだ。とはいえ、俺の魔力光にはまだまだ及ばないけれど。
「はあ? 心配なんてしてねえからな! ただ、お前が大丈夫かどうか気にしてただけだっつーの!」
「元気になったのか、遊ぼうぜ!」
「と、ところで、ジェラルド、お前シエラちゃんにびょーき移してないだろうな? も、も、もしシエラちゃんが今度倒れたら、ぼ、ぼ、ぼくは、ぼくは……!」
「……ふん。元気なら、まあいい」
なんでツンデレっぽい発言をする奴がここには二人いるんだろう。そしてお前はシエラシエラうるさい。シエラに近づくことはお兄ちゃん許しませんからね!
「ってか話ばっかしてないでさっさと遊ぼうぜ! いつものやつ!」
そこでミィルが、脇に抱えていたボールを頭上に掲げると、「おおおお!」と歓声が沸き起こる。
ちなみにこのボール、ミィルのお手製だ。布や紙くずや葉っぱなんかを紐でぐるぐる巻きにして固定したものだが、なかなかよく出来ていた。
ミィルはこのボールを作った功績により、五歳ながら村のやんちゃ集団でもリーダー格となっていた。おまけに元々の身体能力の高さから、年長の子ども相手と渡り合うことだってできる。
五歳の片割れはこの村には俺しかおらず、そのためよくセットとして扱われるため俺の立場だってなかなか悪くない。
「そうだな、俺の復帰戦と行こう。ミィルに目にもの見せてやろうぜ」
「なんだとー! あたし負けねえもん! ジェラルドをぶちのめしてやろうぜ!」
俺とミィルの口上を皮切りに、俺達は広場に散っていく。
いつものゲームが、始まった。
――
ここで、『いつものゲーム』のルール説明をしておこう。
広場の端、東西に位置する場所には、一抱えほどの丸太が突き立っている。
その丸太には、頭よりも少し高いところにペンキで描かれた『丸』があり、これがゴールだ。
そこにボールを当てて二つのチームが獲得したポイントを競い合う。
蹴ってボールを当てれば三点、頭で弾いて当てれば二点、手で投げたり弾いたりして入れれば一点だ。
反則行為はなしだが、取り合いになった二人の間でボールを上に投げて奪い合う。いわゆるジャンプボールだ。
その他殴ったり蹴ったりは不可。ボールは手に持って運ぶなり、蹴って転がすなりしていいが、お腹に抱え込んで運んだりしたら相手チームのボールとする。
だいたいはこんなところだ。サッカーとラグビーとバスケットボールが微妙にブレンドされた感じだな。
五対五になって左右に分かれる。いつも組むチームはなんとなく固定されていて、時々一人か二人入れ替わるぐらいのもの。
そして、俺とミィルが同じチームになることはない。五歳が俺達二人だけとあって、なんとなくライバル意識があるのかもしれないな。
「……それにしても」
試合を始めてしばらく立った頃、俺はそれに気づいた。
いつもより、相手の動きが視えることに。
例えばフェイントをかけられた時、相手が特攻を仕掛けてきた時、ボールを蹴ったり投げたりするその直前。
相手のまとう魔力光が、本当は進もうとしている方向へと揺れたり、強い光を放ったり、なんというか気配を『知る』ことができるのだ。
今までは、気配を『感じる』ぐらいしかできなかったと思う。でも今は、魔力光から相手の一瞬後、二瞬後の動きが分かる。
……これが魔力の『感知』か。『感じ』て『知覚する』ということなのだろう。
「行くぞ、ジェラルド!」
ボールを手にしたミィルが突っ込んでくる。魔力光がぶわっと強くなる。
ミィルは一瞬、俺の右脇を走りぬけようとしていく素振りを見せる。だが魔力光は、俺の左脇目掛けて揺らぎを見せている。
だが俺はまだ動かない。右にも左にも動かずその場にどっしりと構えて、その時を待つ。
そして、ミィルの魔力光が唐突にまた、強くなる。かと思うと、彼女はボールを手から放してキックの体勢に入っていた。
だが俺はその直前に動き出していた。ミィル得意のロングシュート――俺の右脇を走り抜けていくと見せかけて、左脇を通すシュートを放とうとしているのだ。
「なっ!」
ミィルの手からこぼれたボールを俺はすかさずカットして走りだす。ミィルの足は、空を大きく空振りしていた。
仲間にパスして、その仲間がボールを的に当てる。
「うおっしゃあ!」
うちのチームから歓声が上がる中、俺はしみじみと魔力を感知することの凄さを噛み締めた。
それほどにこの力は凄いのだ。多分、子どもの試合で使ったりなんかすれば俺一人だけでも余裕で全員抜くことができるんじゃないか?
「くっ、もう一回だもう一回! 次は決めるぜ!」
ミィルが悔しそうに言いながら、的となるボールの斜め後ろから広場の中にボールを投げ入れたその時だ。
不意に上空から迫り来る魔力を感知して、俺はとっさに上を見上げた。
すると現れたのは翼を大きく広げた鳥である。その鳥は鉤爪を開いて弾丸のようにこちらへ向かってきたかと思えば、ミィルの投げたボールを横から掻っ攫っていった。
「あっ」
ミィルが間の抜けた声を上げるのを尻目に鳥は再び上空へと舞い上がり、俺達を挑発するかのようにその場で旋回を始める。
「返せ! ボール返せ!」
みんなで上に向かって石を投げ始めるが、届くような距離ではない。唯一ミィルが全力で蹴った石だけがその高さにまで届いたが、鳥はその努力をあざ笑うかのように翼を一振りして避ける。
「あたし、あたしのボールがぁ……」
せっかく作ったボールを奪われたミィルは涙目になり、地団駄を踏んで悔しがっていた。
「返せ、返せよぉ……あたしのボール!」
顔を真っ赤にして怒る彼女の顔は本当に悔しそうだった。
凄く、悲しそうだった。
五歳にとって、たかがボールだとしてもその大切さは計り知れない。
大人なら黙って我慢できることでも、ミィルにとっては理解しがたい理不尽なのだ。
そんな彼女を見ていると、俺の胸も締め付けられる。彼女の悲しみが伝わってくるようで、心が苦しくなってくる。
「……よし」
俺は心を決めて石を拾うと、自分の魔力を意識した。
喉の辺りへ魔力を集中させていく。そしてそこへ『想像』を重ねていく。
空を飛ぶ鳥を投げた石で撃ち落とす。そんな自分を思い描き、俺は言葉を紡いでいった。
「『飛ぶ鳥を撃ち落とす力を俺に授けよ』」
誰にも聞こえないように、囁くようにして唱えた呪文の響きが、体の奥底まで染み込んでいくかのようだった。
自分の体が軽くなり、身体能力が強化されたことが分かる。以前に自分へかけた時とは比べ物にならないほどで、さらには視界までもがよりいっそう鮮明になる。
今の俺は、空を飛ぶ鳥の動きが、羽一枚の揺れる様子が、はっきりと視て取ることができた。どれくらいの速度で飛んでいて、距離がどの程度あって、どれくらいの速度でどこへ石を投げれば鳥の頭を粉砕することができるのさえも……。
握った石を、砕けないように注意して強く握ると、全身をぎゅうっと回転させる。
そしてその反発を一気に解放し、最適のタイミングで手から石を投擲した。
放たれた石は、『ブォン!』という聞いたこともないような凄まじい風切り音を立てながら鳥へと肉薄する。鳥が慌てて避けようとして翼を動かすが、もう遅い。
次の瞬間には、俺の投げた石が鳥の頭に命中する。頭蓋を粉砕された鳥は、ボールと一緒にそのまま落下し始めた。
「すげえ!」
誰かが叫んだのが聞こえた。だが俺の目は、落ちてくる鳥のことを見続けていた。
今の、魔力を込めた呪文の凄まじさを思い知る。鳥の頭は完全に石で砕かれていて、たったの一撃で即死したことが分かるほどだった。
これまで魔力を感知できない状態で使っていた魔術とは文字通り格が違う。呪文に対して、ここまでイメージを重ねて発動することは、これまでだったらできなかった。
それと同時に、「あーあ」という気持ちも抱えていた。
村の人の前で魔術を使ってしまったのだ。魔術が使えることを知られたら、これまで通り接してくれるかも分からないというのに……。
「すっげえなジェラルド! お前、今のどうやったんだ?」
「え? あ……」
気づけばミィルが、取り戻したボールを胸に抱きかかえて話しかけてきた。
放心していた俺は、なんとも間の抜けた返事を返してしまう。そんな俺には構わずにミィルはさらに言葉を続けた。
「今石投げたのお前だろ!? すっげえかっこよかった! マジで! なあなあ、コツ教えてくれよコツ!」
「コツって、っていうか、今のはほんと、たまたまっていうか……」
さすがに魔術だと正直に口にすることはできない。言葉を濁すことしかできなかった。
「たまたまぁ? ん~、そうなのか。まあいいや。それよりも、ほんとにかっこよかったぜ! 惚れた!」
「惚れ……えぇ!?」
「ああ、惚れた! だってお前スゲーもん!」
なんとも明るくそう言い切って身を寄せてきたミィルが、俺の頬に顔を近づけてくる。
その彼女らしからぬ挙動に、とっさに反応できなかった俺は、「ちゅっ」という軽い音を耳にして我に返る。
「お、お、お前、今、な、なに、を……?」
「え? おやじが母ちゃんにいつもやってること」
顔が、かあっと熱くなる。頬にキスをされたのだと遅れて気づいて、それがますます赤面を加速させてしまう。
「な、にゃん、なな、にゃんれ?」
おい仕事しろ俺の舌。噛んでんじゃねえよ。
「え? だから、惚れたっつったろ?」
「~~~!」
「……? お前顔赤いぞ? どうかしたのか?」
「天気がいいから熱いんだよ!」
「ああ! すっげーいい天気で気持ちいいよな!」
コイツ絶対何も分かってない。
――だが、本当に何も分かっていなかったのは俺のほうだった。
この一件が、『あの予兆』だなんてこと。
この時は本当に、何も分かってなんかいなかったのだ。
次回は村を魔物達が襲い始めます。戦闘が増えると思いますので、楽しみにしていてください!




