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遊びの誘い

 リビングに行くと、父さんとシエラが食事をしている最中だった。

 二人は母さんの後から入ってきた俺に視線を向けると、驚いたような表情になる。


「ジェラルド。体はもういいのか?」


「うん。平気」


 父さんの言葉にうなずいて、俺は自分の席に座った。


 すぐに母さんがパンと、熱々のスープを運んできてくれる。さっき作ったばかりなのだろう、なんとも食欲のそそるにおいが鼻をついた。


 それにしても随分とお腹が減っている。三日も食べていないのだから当然ではあるが。


 両手は自然と、目の前に並べられた皿に伸びていた。貪るようにパンを食べ、スープの皿を傾ける。綺麗に焼けた小麦色のパンが、あったかくてほんのり甘いコーンスープが、みるみるうちに減っていく。


 だけどそうやってがっついて食べたからだろう。


「げほっ、ごほっ」


「ああ、もう。そうやってがっつかないの。急いで食べなくてもなくならないからゆっくり食べなさいね、ジェラルドちゃん」


「うっ、ご、ごめんなさい」


 飲み込むのを焦ってむせた俺の口元に、母さんがハンカチを寄せてくる。母さんの手で口元を吹かれる前にそのハンカチを受け取って、俺は自分の口を拭いた。


 ……子どもっぽいとは分かっているけれど、それでも大人ぶりたいと思ってしまうのだ。そういう背伸びも微笑ましいのか、父さんと母さんはくすくす笑っているけどさ。


「そういえば、父さん。母さん」


 今度はゆっくり食事を口に運びながら、俺は父さんと母さんに話しかけた。


「俺、魔力を感知できるようになったよ」


 そう告げると、父さんの表情が驚きから喜びに変化した。


「ジェラルド……お前ってやつは」


 父さんが感動に目をうるうるさせて俺を見てくる。そして目元を拭うと(しかし涙は流れていない)しみじみとした口調で、


「そうか。お前も男になっていっているんだな……」


 なんて呟いていた。


 でも父さんの気持ちはちょっと分かる。というか、現在進行形で理解している。

 今までは感知できなかった魔力を感じることができるようになっていたのだ。これを『男になった』と言わずしてなんと言う。


 少なくとも、これでぐっと『魔術師らしく』なったではないか。魔術師として、一つ成長したことだけは間違いないのだ。


「父さん、俺、立派に男になれてるかな?」


「ああ。なってる、なってるとも。こんな立派に成長するとは……さすが、私の子だ」


「父さん……」


「ジェラルド……」


 ひし! 抱き合う男二人を見て、母さんが呆れたような顔をしながら呟いていた。


「んー、男ってほんとバカよねえ……」


 くだらないことで盛り上がっているとでも思っているのだろう。俺と父さんにしてみれば物凄い重要なことなのに。


 とはいえさすがに母さんの前でこれ以上無闇にはしゃいでいるわけにも行かず、俺は父さんの背中に回していた腕を解いた。


 そしたら今度は父さんがぐいっと思い切り引き寄せてきた。


「と、父さん!?」


「ジェラルド、私も……私もなあ、魔術師に昔は憧れていたんだよ」


 はい。見てれば分かります。


 俺が魔術使えるようになってめっちゃテンション上がってたしね。魔力使えるようになったって言ったら、凄い泣きそうなぐらいになってたもんね。


 そういう父さんの子どもっぽい、少年の心が残りまくってるところは俺も大好きだし尊敬してるけど。父さんみたいな、純粋さを忘れない大人になりたいって本当に思う。


「だが私にはその才能がなかった……魔法言語を解することができなかった。だがその夢を、なんと息子が叶えてくれている。親にとって、これに勝る喜びはないよ。ありがとう!」


 そんな父さんの感謝の言葉に、俺の顔が赤くなる。どうして真っ直ぐ向けられた感謝の気持ちって、こんなに気恥ずかしくなるんだろう。


 照れる俺の顔色に気づいているのだろう。母さんはテーブルの向こうでクスクスと面白がるような笑みを見せていた。


「おー? にいたんとらっちぇる、なかよしぃ? しえらもー!」


 さらには背中からシエラがぎゅうってくっついてきた。なんだこのかわいいいきものは。くっついてこられるだけで幸せな気持ちになるじゃないか。


「にいたん、にいた~ん」


 シエラが背中に頬をすりすり寄せてくる。その仕草が目に見えなくても想像できて、なんか無性に胸がほっこりして和みまくる。

 やはりシエラは癒やしのオーラをまとっているな。俺には見える。魔力を感知とかそういうの関係なく見える。


 と、そんなことを考えていたら。


「……にいたん、くちゃい」


「なぬ!?」


「まあ、三日も体洗ってないなら仕方ないわよねえ」


「シエラぁ~」


 シエラが俺の背中から離れていく。母さんの妙に冷静なコメントが、俺に追い打ちをかけるかのようだった。


 だがそうやってシエラが俺の背中から離れたことで、なんとか冷静さを取り戻す。椅子に座り直して再びスープへとスプーンを伸ばしながら、俺は両親やシエラを『視』てみることにした。


 すると視えるわ視えるわ。三人の体を覆う魔力光が。


 父さんは……残念ながら魔力光がかなり弱い。色は鈍色で、うっすらとした光を放っている。だがどこか一本芯の通っていそうな意志を感じさせる色は、ロマンチストなくせに真面目な父さんっぽい。


 才能がなかったと言っていたが、魔法言語を理解したとしても、この魔力の大きさではあんまり強い魔術を使うことができないのではないだろうか。


 母さんはさっき部屋に入ってきた時にも見たけれど、淡い色合いのオレンジだ。父さんと比べれば比較的強い光だが、俺の魔力と比べるとどうしても見劣りがしてしまう。


 しかし母さんから感じる魔力はどこか包み込むような柔らかさに満ちていて包容力を感じる。温かくて、優しくて……好きな感じの色をしているな。


 そしてシエラに視線を移すが――これが凄いのだ。


 俺とは違って銀色の輝きを放っているが、それが後光ではないかと思えるほどに魔力光が強い。さすがに魔術を扱う俺ほどではないが、それでも眩しいぐらいである。


 魔法書によると、幼児期というのは誰でも魔術の才能があるという。そこからだんだん年齢を重ねていくごとに、その才能と合わせて魔力光も小さく、儚くなっていくのだとか。


 そういう意味では、シエラがまだ二歳ということもあり魔力光が強いのも納得ではあった。


 けど、こうやって人の魔力を視たりとかすると実感するよなあ、俺が魔力を感知できるようになったって。


 一人っきりで部屋にこもって呪文に魔力を込める練習をするのもいいが、こうして人の魔力を視るのも感慨深いものがあるな。魔力光の色や光にも個人差があることが分かったし、なにより魔力光そのものがその人の内面を表しているようで面白い。


 それにしても、なんでいきなり魔力を感知できるようになったのか……。


「……あ」


 そういえば、心当たりがある。


 デカ猪が現れる直前に感じた気配。そして、総身を藍色の輝きで包んでいた魔物の姿。

 もしかすると、あの時にはもう……。


「……ねえ、父さん。聞きたいことがあるんだけど」


「うん? なんだジェラルド」


「デカ猪の魔物の全身を覆ってた光って、分かった?」


「光……いや、そんな記憶は私にはないが……」


 ふむ。


「『天なる加護にて彼の者を護らん』」


「お、おお!? ジェラルド、またあの魔術を私にかけたか?」


 呪文を唱えると、父さんの体を金色の光が包み込む。


 目を丸くして驚……いや、喜ぶ父さんはとりあえず無視して、母さんとシエラに向き直った。


「なあ、今父さんの体を包んだ金色の光、見えた?」


「え、わたしには分からなかったわ」


「ひかりぃ? しえら、しらなぃ」


「うん。そっか。ありがと、二人とも。とりあえずだいたい分かった」


「分かったって何がよぅ」


 一人で納得する俺に母さんが首を傾げていたけれど、ある程度のことは把握することができた。


 デカ猪に襲われた時、俺はもう強い魔力を感知することならできるようになっていた。例えば父さんの体に強化の術をかけた時がそうだ。


 そしてその後のデカ猪との遭遇時、俺はデカ猪の持つ魔力を認識することができた。おそらくはそれがきっかけで、魔力を感知するため感覚器官みたいなものが急激に発達したのではないだろうか。


 しかし俺の体はその急激な変化に耐え切れず、そのせいで三日間も寝込むことになってしまったというわけだ。


 その予測を父さんと母さんに話してみると、二人とも「なるほど」と納得して。


「それにしても、ジェラルドは魔術が使える上に賢いな。筋道を立てて物事を考える力がもうその歳で備わっているとは。いやはや、末恐ろしいこともあったものだ」


「そうねえ……どこで育て方を間違えたのかしら」


 おいそれどういう意味だ母さん。


「こんな賢いジェラルドちゃんは、お母さん嫌だなぁ……もうちょっとおばかさんなほうが可愛いのに」


「しえらはー? しえらもかわいい?」


「ああ、もちろんだ! シエラこそ世界で一番可愛いぞ!」


「あはー、おにーたん、ありがとー」


 その時のシエラの笑った顔がツボすぎてやばかった。

 もう、ほんと、食事の途中で行儀が悪いかもしれないけれど抱き寄せて頭をぐりぐり撫で回したくなるぐらいの愛らしさで。


「さあ、シエラ、来い!」


 だから俺は両腕を広げてシエラを迎え入れる体勢を整えた。

 だがそんな俺の思惑は、あっさり覆されてしまう。


「やだ」


 ぷいっ。


「え、シエラ。おいで、抱っこしてあげるよ~、お兄ちゃんがぎゅってしてあげますよー?」


「やぁだ」


 ぷいっ。


「な、なんで……どうしてだ、シエラ……お兄ちゃんのこと、嫌いなのか?」


「んー、おにーたん、すきだぉ?」


「なら、なんで……」


「くちゃい」


「はは。振られたな、ジェラルド」


 一言で切って捨てられて落ち込む俺の背中を、父さんの手がバシバシと叩いた。


 ……それにしても。強化された体でこうもバシバシ叩かれると、いつも以上に痛くてたまらない。

 自分の魔術の効果を、身を持って体験することになるのだった。


 * * *


 我が家のお姫様に「くさい」と切って捨てられた俺は、空っぽになった腹を満たしてから外へ出た。


 さっそく感知できるようになった魔力で色々試してみたかったのだが、とりあえずまずは体を洗おうと思ったのだ。


 なんせシエラは、俺にとっては愛娘も同然だ。そんなシエラをぎゅっとしてやれないなんて、そんなことあっていいわけがないだろう。

 ……まあ、こんなこと言うと、父さん辺りが「お前なんぞに娘はやらん! 貴様のような男には絶対に渡さんぞぉ!」とかハッスルするから口には出さないんだけど。


 ともあれ、庭先にある井戸で桶に水を汲み、中には刻んで乾かした薬草を投入する。その桶を流し場まで運び、濡らした布で俺は体を拭いていく。


 流し場とは、簡単に言えば浴槽のない風呂場みたいなものだ。床は表面のつるつるした石材でできており、その周りは布で覆われているため外からは見えない。


 この村の人達は、基本的にこの流し場にお湯や水を持ち込んで体を洗う。浴槽に浸かるという習慣もないらしいが、石けん代わりの薬草のおかげで不潔な印象はまるでなかった。


 ……まあ、魔術を使えば体を綺麗にすることなんて一瞬だし、こうして流し場を使う必要だって実はそんなにないのだが。

 とはいえ、今はちょうど夏も盛りの時期である。頭上で主張する太陽の光は衰える気配など微塵も見せず、空は目に痛いぐらいに晴れ渡っていた。


「いい天気だなー……」


 その代わりかなり暑いけど。


 こうしてじりじりと肌が焼かれるような日は、水で体を拭くのも涼しくて気持ちいい。寝起きの気分もなんとなくしゃっきりするというものだ。


 そうやって涼みつつ体を洗っていたところ、誰かがこちらへやってくる魔力の気配を感じた。


「お、ジェラルド! お前、具合悪くしてたんだって? もういいのかよ」


 そんな声がかけられたかと思うと、流し場を囲う布の間から見慣れた顔がひょっこり覗き込んでくる。


「な、ぬぉ、ぬわあぁぁっ!?」


「うお、なにすんだジェラルド!? 顔面にぶっかけんなよ!」


 驚いた俺は思わず桶の水をその顔目掛けてぶちまけていた。布の間から突き出されていた顔が、凄い勢いで引っ込んだ。


 ……っていうか、その表現は色々とやましい想像を手助けするというかなんというか、とりあえずやめたほうがいいんじゃないかな?


「み、み、み、ミィル! お前こそ何してんだ俺は今全裸で体を洗ってる最中……」


 突然のことに動転して、やや早口気味にまくし立てる。当然ながら股間を両手で隠しながら。


「んなつれねぇこと言うんじゃねえよ。あたしとあんたの仲じゃねえかよ。な?」


「ぬわあぁぁっ!? また!?」


 一度引っ込めた顔を再びミィルが布の間から突き出してくる。またさっきみたいに情けない悲鳴を上げてしまった。


 そんな俺に彼女が向けられた目は、この晴天には似合わぬジメっとしたもので。


「……情けねー声上げてんじゃねえよ男が」


「男だからあんたに見られたくないんだよぅ!」


「? どういう意味だ?」


「……まだ知らなくていいです」


 ミルリィル――通称ミィル、五歳。女の子。

 どこか強気そうなキリッとした瞳に、その活発さを示すかのような赤毛を持つ俺の同期……というか同い年。


 この村にも当然の事ながら子どもというものはいるわけで、五歳の俺も必然的にそのコミュニティに組み込まれている。

 その中でも、同い年ということもありミィルとは一緒に外遊びをすることも多かった。


「んー? 知らなくていいってどういうことだよ? まあいいや。それよりもこれから外行こうぜ外。体なんて洗ってねーでさ」


「……どうでもいいかもしれないけど、とりあえずひとつ。なんでお前ここに勝手に入ってきてんだ?」


「セシルに聞いた」


「さいですか……」


『お前の母さん』と言わない辺り、さすがミィルだ。物怖じしない。


 呆れながらも、「とりあえず服取って」言ってミィルから服を受け取り着替えた俺は流し場を後にする。


 そして外に出ると、日焼けした顔で爽やかな笑顔を浮かべるミィルの脇にはボールが抱えられていた。


「……こんな暑い日によく外で遊ぶ気になるなお前」


「いい天気だからな!」


「おまけにめちゃくちゃ元気いっぱいだなお前」


「いい天気だからな! ってかジェラルドこそ、こんな時間になんで体なんて洗ってたんだ?」


 通常、体を洗う時間といえば朝か夕だ。昼間に洗う人はこの村だとあんまりいない。


「あー……いい天気だったからな」


 暑いし。


「だよな! こんなに天気の日は外で遊ばないと怒られるぜ」


「誰にだよ。ってか話しの流れ無視すんなよ」


「男のくせに細かいぞ」


 その言葉、俺の前世だとセクハラ扱いされたりするから気をつけろよ。


 まあ、ぶっちゃけ俺としてはミィルと遊ぶのに不満はない。むしろ三日も寝ていたんだから、少しは体を動かしたいところだ。


 だから彼女の誘いを断る理由も特になかったりもする。


 ――と、そこで俺はふと思いついた。


 ミィルを見る目に力を込めてみると……視えてきた。赤く輝く彼女の魔力光が。


 やはりというか、どうやら魔力光の色は個人差があるらしい。それが当人の性格や性質を意味するのか、それとも強さによって色が変わるのかはまだ分からない。


 けどまあ、赤毛に赤い魔力光というのはいかにもミィルらしくてお似合いだと思った。

 それに魔力光の赤があまりに鮮やかで綺麗だから、思わず俺は見惚れてしまって……。


「あ? おい、ジェラルド。なにそんなあたしのこと見てんだよ」


「えっと、すまん、つい」


「? ついってどういうことだよ。ってかお前顔赤くねえか? 熱でもぶり返したか?」


「っ! いい天気だからだよ!」


 熱いからな。どこがとは言わないけど。


「それよりも遊びに行くんだろ! さっさと行くぞ!」


「あ、おいちょっと待てよ~。あたしを置いてくなバカ!」


 ずんずんと歩き出す俺の背中に、そんな声が追いすがってくる。だけど俺は、足を緩めるどころかむしろ速度を上げてその場を歩き去る。


 だって、ほら。今追いつかれたらさ、いい天気だし、熱いからな。


 どこがとは言わないけどな。

幼児編はあと5、6話程度での完結を目指しています。

その後はとうとうジェラルドが村を旅立ちダンジョン行きつつ最強を目指す冒険篇です。

それまではもう少しばかり、幼児編にお付き合いください。

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