魔力の操作と呪文の改良
布団の上に座り込んで考えこむ。
自分の手に目を向けて意識すると、そこはやはり金に輝く光で包まれている。
「魔力、だよなあ……やっぱ」
そうとしか思えない光だった。まるで、俺の内側から溢れ出てきているかのような輝きを放っている。
デカ猪を包み込んでいたものとは色こそ違えど、どこか似通っているように思えた。
おそらく、あのデカ猪との遭遇で魔力を感じる器官みたいなものが発達したのだろう。しかしその副作用みたいなものが働いたせいで、俺は意識を失った……ってところかな。推測の域を出ないけど。
ぎゅっと拳を握って力を入れてみれば、手首から先の光が強さを増した。その様子を見ていると、やはり魔力のように見えた。
その疑問に答えを出すには、呪文を唱えて実際に確かめてみることが手っ取り早いだろう。
「でも、魔力を魔法言語に練り込むのはどうやってやればいいんだ?」
俺はそこで首を傾げる。そのやり方までは魔法書に書いていなかったから、どうやって魔力を扱えばいいか分からない。
とりあえず、今まで使っていた呪文をいくつか唱えてみる。光の呪文、乾燥の呪文、火……は万一のことがあると危険だからやめておくけど。
あとは風を起こしてみたり、ものを浮かせてみたり、体を強化してみたり。
そうやっているうちに、次第に魔力を操るコツを掴んできた。
魔力を集中させたい体のどこかを意識して、集まれ! と念じるような感覚だ。
呪文に魔力を込める場合は、喉の辺りに集中させるといいようだ。それだけで、魔法言語に魔力を乗せられる。
魔力を込めてまた呪文をいくつか試しているうちに分かったこともある。
これまでよりも、イメージしたものがより忠実に魔術に反映されるのだ。
以前からも、『紅玉の輝き』という言葉に焔のイメージを乗せれば火を出すことができた。だが、その時の火の強さは調節できず、常に一定の大きさの火を出すことしかできなかった。
だが、魔力を込める大きさに比例するようにして、よりイメージ通りの魔術を行使することができるようになったのだ。
魔法言語は、魔力を通して想像を形にする言葉。その魔力の部分をより上手に扱えるようになるだけで、これまで使っていた呪文を二倍も三倍も強力なものにすることができるだろう。
ちなみに『紅玉の輝き』という言葉に水のイメージを乗せても発動しないことはこの前確かめた。『紅玉の輝き』という言葉で俺が想像するのは、『赤くて熱い火』であり、それは紅い宝石の発する輝きという『言葉の持つ意味』と重なるからではないかと思われる。
このように、魔術には『言葉の持つ意味』も作用するらしい。そうでなかったら、魔法言語の必要がそもそもないんだけどな。
俺は魔力を操作して、生みだす光の強さを変える練習をしてみた。込めた魔力が多ければ多いほど、光の明るさも思い通りに変えることができた。
確実に、これまでよりも魔術を使いこなすことができるようになっているだろう。それこそ、手足と同じように。
ここまでくれば、呪文の改良も可能かもしれない。
今まで俺は、魔法書に書かれている呪文をそのまま唱えてきた。
なぜなら、そこに書かれている以上、一定の効果を保証されているからである。
下手にいじって望まぬ結果をもたらしたら後悔すると思ったからだ。
だが、魔力を感知することができるようになった今、『想像』をそのまま『形』にするための言葉さえ正確に捉えれば、より短く効率的な言葉で魔術を行使することができるはずだ。
……それに、そのたびにあのいちいち中2的な言い回しを口にするのも恥ずかしいからな。誰かに気づかれるわけでもないけど。
ともあれだ。とりあえずまずは何かひとつオリジナルの呪文を作ってみよう。
唱えるとするなら、そうだな……。
「『点灯』」
まずはそう唱えてみる。すると、天井付近に光の球が現れた。よし、ちゃんと俺の想像した通りになったな。
蛍光灯のような白い光を見て、自分の推測が正しかったと確信する。
今度は光を消してみよう。『点灯』とくれば、当然、
「『消灯』」
光球が消えた。
今度は物は試しにと、思いついたもう一つの呪文を口にする。
「『豆電球』」
光は点ったが、ぼんやりとしたオレンジ色の輝きだ。夜でも部屋全体を照らしだすことができないぐらいの弱々しいものだったが、俺の想像した通りのものができたことに満足する。
どうやら、魔力が使えるだけで魔術の幅は物凄く広がりを見せるようだ。
他にも、風を吹かせる、風を巻き上げさせる、風を部屋の中で循環させる、部屋の中を換気する、室内の湿度を上げる、室内の湿度を下げる……その他諸々、家の中で試してみた。
自分の手の甲を魔術で切りつけて、それでできた傷をやはり魔術で元通りに治すことさえした。
大規模な攻撃系の呪文はとりあえず差し控える方向で。家をバラバラにしたり、消し炭にしたくないからな。
消し炭スープ事件の二の舞は御免である。それが家なら、なおのこと。
そうやって家に気づかいながら魔術の練習をしていると、魔力を持った誰かが部屋に近づいてくるのを感じた。
デカ猪と遭遇する直前に覚えたものにも似ているが、あの時と違って嫌な予感みたいなものはよぎらない。
部屋の入口へ視線を向けると、ちょうどそのタイミングで扉が開かれた。
「ジェラルドちゃん、起きてるの……?」
顔を覗かせたのは母さんだ。オレンジ色の光に包まれた彼女は、布団の上で胡坐をかいている俺を見て心配そうな表情を浮かべた。
「あ、母さん。ごめん、うるさかった?」
「それは別にいいんだけど、体はもう大丈夫なの? あなた、三日も寝ていたのよ」
……そんなにか。
「うん。体はもう平気。元気だよ」
立ち上がり、その場でぴょんぴょん跳ねてみせると、母さんは「もうっ」と言って駆け寄ってきて俺を再び床に座らせる。
そして顔を近づけてきて、こつんと額と額を合わせてきた。
「か、母さんっ!?」
突然のことに驚く俺をよそにしてそのままじっとしていた母さんは、「そう、熱も下がったみたいね」なんて平然と呟いている。
だけど俺のほうは、母さんにされたことが気恥ずかしくて仕方がない。子ども扱いされてるようで、どうも釈然としないのだ。
まあ、そんなこと言うと余計に子どもっぽいから言わないけどさ。前世の母親があんなだったから、こうやって優しくされるのにも正直慣れてないから、どう反応すればいいのか戸惑うんだよな。
「どう? ご飯、食べられそう?」
「あ、ええと」
顔を離した母さんが問いかけてくる。さっきまでびっくりしたせいで虚を突かれた俺が返答に困っている間に、俺のお腹が「ぐぅ」と鳴った。
すると母さんは、優しそうだけどどこか面白がるような、そのくせ慈愛もたっぷりブレンドされた表情を浮かべ、
「お腹のほうも心配なさそうね。胃袋も元気いっぱいね」
と微笑むのだった。
……だからさ、そういう笑顔に俺は弱いんだってば。
なんて言ったら、この母さんはからかってくるだろうから言わないけど。