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魔力の感知

「さて。それにしても、この魔物はどうしたもんか」


 父さんが俺から魔物へと視線を移して口を開いた。

 さっきまで『クサい』ことを考えていた俺は、父さんの言葉を少しありがたいと思いながら答えた。


「そうだね。こんなところにあると邪魔だよね」


 猪のような魔物……とりあえずデカ猪と呼んでおくか。そいつは道を塞ぐようにしてその場に倒れこんでいた。


 森の中にある道のため、その巨体が横たわると少しどころではない勢いで邪魔である。

 道の八割以上を塞いでしまっているため、ここに置きっぱなしというわけにはいかないだろう。


 そこで俺はふとデカ猪を見ていて思った。

 見た目はかなり猪そっくりだ。そして、猪と豚は似たような味だと聞いたことがある。


 ……なら、この魔物も食えんじゃね?


 そう思って、父さんを見上げて聞いてみた。


「ねえ、父さん」


「うん? なんだ」


 顎に手を当てて考えていた父さんは、首を捻って俺を見下ろす。ここで母さんなら俺と目線をあわせるために腰をかがめるんだが、まあ父さんにそういう仕草は似合わないかな。


 そういうわけで、俺は父さんを見上げたまま言葉を続けた。


「あのさ……ちょっと思ったんだけど、魔物って普通の動物と違って食べることってできないのかな?」


「いや。魔物の中には食べられるものもいるらしい。特に獣型の魔物は、邪気が普通の動物に取り付いているだけらしいから肉は問題なく食せるそうだ。まあ、やはりというか、不味い魔物もいれば美味い魔物もいるらしいけどな」


「そっか。なら、さ」


 と言って俺は道を塞ぐ魔物に目配せする。

 すると、父さんは信じられないとでも言うように眉をひそめた。


「コイツを持って帰って食おうってのか? こんなバカでかい生き物を? 解体して持ち帰ることならできるかもしれないが、今は道具だって持っていないぞ」


「いや。そうじゃなくて、普通に引っ張って帰れないかな?」


「無理だろう。目算で三百キロ以上はあるんだぞ? 大人が十人そろうならまだしも、私達二人では不可能だろう」


 と、父さんは断言するけれど、俺にはそうだと思えなかった。


 なぜなら俺には普通の人とは違う力がある。

 それを使えば、もしかするともしかするかもしれないじゃないか。


 そんな俺の思惑に気づいたのか、先ほどまでひそめられていた眉が開き、父さんの顔には少年のような輝きが宿っていた。


「…………やれるのか?」


「多分、ね」


 短く返すと、父さんは目を眇めてポツリと呟く。


「凄いな。これぞまさしく男のロマンってもんだ」


 そうやって遠くを見つめる姿が妙に様になっていた。


 ともあれ、父さんの言うところの『男のロマン』をここに実行してみせよう。


 魔法書に書かれていた呪文をいくつか思い出す。それらの効果を注意深く確認しながら、俺はどの呪文を使うか考えてみた。


 ……使えそうな呪文は三つほどあった。


 まずひとつは、純粋に筋力を高めるもの。

 二つ目は、身体能力全般を向上させるもの。

 最後の一つは、体を頑丈にし怪我をしにくくするもの。


 だが、どれも決め手には欠けるような気がした。


 筋力を高めた場合、腕だけ高めたところデカ猪を運べない。

 身体能力全般を向上させても、上がり幅が小さいためこれまたデカ猪を運べない。

 体を頑丈にした場合は言わずもがな、運ぶための筋力は上がらない。


 デカ猪を運べて、なおかつその重さが体の負担にならないような魔術はないものか。


 うんうん唸ってしばらく考えているうちに、あるアイデアが頭に浮かんだ。


「これならできるかもな」


「おお! さすがは私の息子だ!」


「……まだ何もしてないって」


 興奮した声をあげる父さんに呆れながらも、俺は三つの(・・・)呪文を唱えた。


「魔術の重ねがけ、できるかどうか分からないけど……『天なる加護にて彼の者を護らん』『巌のごとき頑強な肉体を我に与えよ』『獅子のごとき剛力よ、我が四肢に宿りたまえ』」


 同時に三つ唱えた瞬間、全身がカッと熱くなった。


 まず、身体能力を底上げし、次に肉体の耐久力を上げ、最後に全身の筋力を上げる。

 全身の筋力をただ上げるだけでは筋肉に大きな負担がかかってしまう。そのためにまず身体能力を向上させて全身の基本的な能力を底上げし、耐久力を上げてから筋力を上げたのだ。


 こうやって三つの呪文を唱えると……なるほど、こうなるのか。

 腹の底から力が湧き上がってくるが、不快な感覚はない。それどころか、今ならどんな重たいものでも平気なんじゃないかと思った。


「試してみるね」


 そう言って、デカ猪を引っ張ってみる。すると、デカ猪はずずっ、ずずっと地面をこすりながら動き出した。


「やったな、ジェラルド!」


「うん! ほら、早く母さんに持って帰ってあげようよ!」


 五歳の体はさすがに小さすぎてデカ猪を担ぐには心もとない。

 だが、強化した肉体は割とあっさりデカ猪を引きずっていく。


 それにしても、ただのハイキングかと思ったら魔物と遭遇したり、倒したり、こうやって運んだりしている。


 それってさ、まるで、なんか、なんていうか。


「父さん。今日の『冒険』、楽しかったね」


「ん? ああ。そうだな。『冒険』だったな」


 そう言って顔を見合わせて俺達二人、くすくすと笑う。それが『ただのハイキング』にしては随分な獲物を引きずる音と重なり合って、薄暗くなっていく空に響く。


「それにしても、なんであんなところに見慣れない魔物がいたんだうな。この辺りにダンジョンはなかったはずなんだが……」


 父さんが首を傾げてそう呟く。だが、すぐに思い直したようで、


「まあいい。今度街へ行った時にでも、領主様に伝えておこう」


 と勝手に一人で納得していた。


 ――


 やがて家へ帰りつく。母さんがちょうど料理をしているところらしく、外にまでスープのいい香りが漂ってきていた。俺のお腹が思わずぐぅと鳴る。


「お腹すいたね、父さん」


「そうだな。早く夕食にありつきたいものだ」


 そんな会話を交わしながら、引きずってきたデカ猪をとりあえず家の裏手へと持っていく。これだけ大きな獲物は、村人に不思議がられてしまうからね。


 後日解体して、倉庫にでも保存しておけばいいだろう。


 それから家の中に入ろうとして、俺は不意にめまいを覚えた。


 なんだか足元がぐらぐらする。全身を血がガンガン回っているようで、どうにも熱くてたまらない。


「あれ……なんだ、これ」


 真っ直ぐ前に進まない。世界がぐんにゃり歪んで見える。

 一体どうしたことだろう。目の前に玄関の扉はあるはずなのに、手を伸ばしても届かない。


「ぅ……あ、父、さん? か……ぁ、さん」


 呟いたかと思ったら俺はうつ伏せにその場に倒れこんだ。

 視界がどんどん暗くなり、耳はすうっと遠くなっていく。


 そうやって世界が遠くなっていく中で、父さんと母さんが俺の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。


 そうして、そのまま、俺の意識は――ブラックアウト。


 ――


 ふわふわとした意識が浮上していくのを感じた。


 何かに上に引っ張られているような感覚を覚えると同時に、俺はフッと目を覚ましていた。


「……あれ?」


 目を覚ましてから、自分が眠っていたことに気づく。いや、眠っていたというよりは、気絶していたといったほうがいいかもしれない。


 なぜなら俺には、眠りについた時の記憶がなかったのだから。


 今俺は、どうやら子ども部屋の布団に寝かされているらしい。視線の先に見慣れた天井があることから、とりあえず自分が仰向けになって寝ているということは確認した。


 頭の奥が妙にぼんやりとして、霧がかっているようだ。後頭部の辺りに妙に熱を感じるけれど、触ってみると物凄く熱いというわけではなかった。

 一体この感覚はなんなんだろうか。


 とりあえず起き上がってみる。頭痛や吐き気は特に感じていなかったけど、その代わり無性に腹が減っていた。


「……なんか食いたいな」


 ぼんやりと呟いて立ち上がる。それに合わせて、周囲の空気が金色に発光しながらかすかに揺らいだ。


 ……うん?


 今光ったのはなんなんだ?

 窓のある方へ目を向けてみる。朝なのか昼なのか、とりあえず太陽が空に上がっているらしいのは分かったが、日差しを遮るための布が降ろされているせいか室内は微妙に薄暗い。


 金色の光が生まれる余地など、どこにもなかった。


「んう? 俺の気のせいかな……」


 怪訝に思いながらも意識してそこ(・・)に目を向ければ、視線を集中させた辺りの空気が再び金色に輝きだした。


「あれ、え、俺なんの魔術も使ってないぞ!?」


 それを魔術による発光だと思った俺は思わずうろたえる。


 戸惑いながら思わず自分の手を見下ろしてみれば、そこには周りの空気よりも濃く、はっきりと輝く光が見えた。


 その光は、よく考えてみなくても自分の体をすっぽりと覆っているようで。


「これが、まさか……魔力?」


 どうやら俺は寝ているうちに、魔力を感知できるようになったらしい。

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