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はじめてのたたかい

 森はその薄暗さを増していた。

 来る時は中天で輝いていた太陽も、今ではかなり傾いている。


 そして。


「ゼェ……ハァ、ヒッ」


 父さんの体力が尽きようとしていた。


「父さん……」


 体力なさすぎだろ……いい大人だろ。


「な、なんだ、ジェラルド。父さん、は……ハッ、運動が、苦手……なんだ」


「運動が苦手ってのが原因じゃないような気がするんだけど」


「にっ、苦手なのは本当なのだ! 自慢ではないが父さんはかけっこでビリ以外になったことがないんだぞ!」


「あー、はいはい、分かったからそんな情けないことを叫ばないでよ。余計疲れるでしょ」


「ゼッ……ハァ、ぐ、ジェラルド、お前も他人事ではないんだぞ……なぜなら、お前は私とセシルの息子なのだからな……!」


 物凄い偉そうに物凄い情けないことを言わないで欲しい。

 ……とりあえず、魔術の勉強や読み書きの練習ばかりでなく、外でもしっかり遊んでおこう。


 それにしても、往復したところで大した距離じゃないハイキングでそんなにバテないでほしいものだ。

 ……もしかすると、父さんが『冒険』という言葉を使ったのは、自分の体力のなさを鑑みてのことだったのかもしれないな。


「仕方ないなあ、父さんは……『天なる加護にて彼の者を護らん』」


 父さんに向けて呪文を唱えると、金の魔力光が父さんの体を覆った。


「お、おお!? なんだ、これは。体が軽くなったぞ!?」


「父さんの肉体を強化する魔術だよ。これでまだ歩けるでしょ?」


「そうだな。うむ、ありがとう息子よ! 我がラピスラズリよ! 夜の星々よ!」


「その褒め方やめてほしい……」


 ちなみに父さんがなぜ俺のことを夜の星々と言うのかというと、俺の髪と瞳が黒いからである。それがまるで夜のようでもあり、しかし父さんにとっては宝石のような宝物であるから、父さんにとって俺は夜の星なのだという。

 よくぞまあ、これだけクサいセリフが口をつくものだ。


 ……そういや母さんがいつか言ってたっけ。

 あの人の、ロマンチストなところにくらっと来ちゃったんだって。


 似た者夫婦か。お似合いだよ。


「それじゃ、早く行くぞジェラルド! 母さんのあったかいスープが待っている!」


「ああ、もう、元気になった途端にこれなんだから……」


 呆れて肩を落としたその時だ。

 なんだか、妙な気配を前方に覚えて俺は眉をひそめた。肌がざわつくような、魔術を発現させる時にも似たような股の間がムズムズするような感覚を……。


 直後。


「う、うわ、なんだこれはぁぁぁぁぁ!?」


 父さんの悲鳴が聞こえてきた。


「父さん、どうかした!?」


「く、来るなジェラルド! 魔物だ!」


 父さんの前に立ちふさがっていたのは、父さんの倍ほども背の高い魔物だった。

 この辺りでは見かけたことのない魔物で、薄い青っぽい獣毛で全身を覆った猪のような姿をしていた。


 さらには、不可解な藍色の光で魔物の全身は包まれていた。今まで、こんな風に光に身を包んだ生き物なんて出くわしたことがない。


 その見た目はあからさまに危険で、少なくとも『ほとんど害を及ぼさない最下級の魔物』なんかではないだろう。


 父さんが背嚢から護身用の木刀を取り出した。


 そしてそれを不格好に構え、そして振りかぶり魔物へと殴りかかる。


「てぇぇぇぇいい!」


 裂帛と呼ぶには情けない、しかし威勢だけはある気合と共に魔物へと叩きつけられた木刀は、しかし魔物にぶつかった瞬間にバキリと音を立てて折れてしまった。


「な、なに……まさか、そんな」


 想定外の事態に、父さんが弱々しい声を上げて背後によろめいた。

 おまけに、父さんの攻撃に腹を立てたのか、魔物は前足で荒々しく地面を引っ掻く。


 クソっ。


「『戦乱の世に吹き荒れし勇士達の魂よ、我が身に汝らの力と技を授けたまえ』」


 呪文を唱えると、金色の光が全身を多い、体中に力がみなぎった。


 これは肉体強化の呪文だ。しかし父さんにかけたのとは違い、『戦闘力』を向上させる。


 体力のみならず、筋力と反射神経、敏捷性を底上げして、あらゆる戦士に負けない力を手に入れる魔術だ。


「グルォオオオ……」


 魔物が四肢にぐっと力を入れると同時に俺は弾丸のように飛び出した。

 そして、父さんと魔物との間に割り込むと、突進してきた相手を片手で受け止める。


「ふんっ」


 そしてもう片方の手でその頭を殴りつけると、パァンと頭蓋骨が破裂してそいつは死んだ。

 日本語が使えなかったらやばかったな。普通に戦って勝てる気はしないから。


「父さん、大丈夫!?」


「あ、ああ……それにしても、凄いなジェラルド」


「うん。魔術で肉体を強化したんだ」


 そう言うと、父さんはホッと息をついて、


「助けてくれてありがとう。それについては感謝する。でも……いいね。村の人の前で、今の力を使ってはいけないよ」


「……やっぱ、ダメかな」


「お前が悪くなくても、お前の力を悪いと決めつける人間はいつの時代だっているものだ」


 そう口にする父さんの言葉は、心なしか寂しげで。


「でも、私とセシルは、お前が魔術を悪いことに使ったりしないと知っている。それだけは分かっておいてほしい」


「……うん。ありがと、父さん」


 世界の誰も、俺の力を認めてくれなくてもいいかもしれない。

 父さんと、母さんと、そしてシエラがこの力を認めてさえくれれば、俺はそれだけで心が満たされるんだから。


 ……なんて、俺も父さんのことを『クサい』なんて言えないかな?

 似た者親子か。お似合いだよね?

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