冒険に行こう!
「ジェラルド、冒険に行こう!」
ある朝のこと。
朝食の席で、父さんがそんなことを言い出した。
――
魔法が使えるようになってからすでに三ヶ月が経っていた。
俺は魔法書の呪文をあらかた覚え、スープを温めなおしたり、雨の日に洗濯物を乾かしたり、料理に使う薪で火を熾したりと家の手伝いをしながら日々を過ごしていた。
そんな中、父さんに「冒険に行こう!」と誘われて、その日は二人で森へやってきたのだが。
「……これって冒険っていうよりハイキングじゃ……」
木々に挟まれて伸びる木立を歩きながら、俺は『冒険』と呼ぶにはのどかすぎる光景を前に呟いた。
「そうとも言うな」
「そうとしか言わないと思うんだけど」
「まあ細かいことはいいだろう。冒険といったら冒険だ」
この父、普段は割としっかりとした働き者なんだけど、時々妙に子どもっぽいところがある。
まああまり生真面目だったり、頭がかたかったりするのもあれだけどさ。
「それにしても、なんでいきなりここに来ようなんて言ったの?」
「うん? まあいいじゃないか、ジェラルド。たまにはこういう場所を歩くのも、なかなか楽しいものだぞ」
特に理由はないらしい。だが、父さんの言葉に俺はなるほどとうなずく。
恥ずかしながら、俺は前世でハイキングなどというものをしたことがない。あってせいぜい、学校で行く登山ぐらい。
それも、友達がいなかったから一人列の中でも浮いてしまっていたから楽しかったという記憶がない。
だが、今は違う。
頭上を見上げれば、太陽の光を透かして広がる木の枝や葉っぱが輝いて見える。地面に降り注ぐ光は不思議な陰影を描き、まるで土に直接描かれた絵画のようだった。
時折吹き抜けていく風も、冷たすぎず温かすぎずちょうどいい。
息を深く吸い込めば、森の香りが胸を満たしていく。森には魔力が満ちているというが、なるほど、普段吸っている空気とは味まで違うような気がした。
「見ろ、ジェラルド。あそこに鳥がいるぞ」
景色を楽しんでいた俺は、父さんの言葉に顔を上げる。すると、父さんが指を向けた先にある枝には、青い羽毛の小鳥が止まっていた。
一人で歩いていたら多分気づかなかっただろう。でも父さんと、親しいと思える相手と一緒だったから、自分では気づけなかったことを知ることができる。
それはなんだか、素晴らしいことではないだろうか。そう思えば、ただこうして父さんと小道を歩いているだけで心が浮き立ってくるのだから不思議なものだ。
「……ん。ほんとだ。なんていうか、いいね、こういうの」
珍しい色合いの鳥に目を見開きながらそう言ってみれば、父さんはうんとうなずいた。
「だろう? たまにはのんびり歩きまわってみるのも、普段の生活ではできないような発見があっていいものだ。それにこの辺りは、ダンジョンと違って魔物が出ることはめったにない。仮に出たとしても、ほとんど害を及ぼさないような最下級の魔物ぐらいだしな」
「ダンジョン? そういう場所があるの?」
ダンジョンという言葉に刺激され、思わずそんな質問を俺はしていた。
「もちろんだ。ダンジョンというのは……ああ、いや。適当に座るか、とりあえず」
ちょうど道の開けていた場所へとやってきた。
俺達は背嚢を地面に置くと、適当な場所に腰を下ろす。
そうして荷物の中から水筒と軽食を取り出して口にしながら、父さんはダンジョンについて語り聞かせてくれた。
「さて。まずは何から話すとするかな」
父さんの話が始まる。
世界の各地にはダンジョンと呼ばれる場所がある。
そこでは人間に害をなす魔物達が日々生まれ、近隣の街や村を襲ったりしているらしい。
その昔、『封印指定個体』と呼ばれる強力な魔族達がいた。この魔族はいくら傷を与えても殺すことができず、人類は倒すのを諦めいずれかの地へ封印することを決定した。
そうして『封印指定個体』が封印された跡地が、今のダンジョンの前身だという。
封印しても溢れ出る邪気はやがて形を変え、ダンジョンに、そして今の魔物に変化していったのだと。
そうしてできたダンジョンから生まれ落ちた魔物が、人間を襲うようになったという。
ちなみに、一般に『魔族』は封印指定個体のことを、『魔物』とはダンジョンで現れる化物のことを示しているらしい。
「国の騎士や兵士だけでは対応できなくなるのはすぐだった。だから国が冒険者制度を整え、ダンジョンの近くに冒険者街を開いて冒険者を集めることで、魔物の脅威に対抗しようとしたんだ」
「ええと、つまり、国が冒険者街を作ってそこに人を集めた?」
「そう。それも、荒くれ者達をな。その中には魔術師もいたらしい」
そうして集まった人々は、報酬目当てで魔物を狩るようになったという。
「冒険者の中でも、魔術師の活躍は圧倒的なんだ。大規模な広範囲攻撃魔法で魔物を一網打尽にしたり、剣や槍では攻撃の通らない敵を魔術で瞬殺したりと、な。だから魔術師にとって、冒険者というのは天職なんだ」
「……でも、危険じゃないの?」
俺の言葉に父さんはうなずく。
「もちろん、危険を伴う。だが、今では制度や魔物に関する情報も増えた。万全の対策と無茶な挑戦さえしなければ、そうそう死ぬこともなくなってきていると聞く」
時代、場所問わず情報というのが大きなアドバンテージであることに代わりはないらしい。
なるほどなと俺は納得した。
「けどまあ、俺はあんま冒険者って憧れないなあ」
「そうか? 父さんは、夢やロマンや冒険があって魅力的だと思うがなあ」
「でも父さん。父さんは、俺達を置いてダンジョンで冒険しようって思う?」
「思うわけないだろう。お前達は私の何よりの宝物だからな。そして我が家は、その宝物をしまう宝石箱だ」
ドヤ顔で言ってますけど、父さん、そのセリフだいぶ背中が痒いっすよ……。
「さて、だいぶ話し込んでしまったな。あまり遅くなる前に家に帰ろうか。遅くなってセシルが拗ねると、毎晩機嫌を取るのが大変だからな」
それは夜にベッドでのお話ですか? どう機嫌を取ってるんですか?
……とりあえず、あまり想像しないようにしておこう。
な、な、な、なんと! 日間一位です! 読者の皆様ありがとうございます!
連載を始めた頃は日間一位など夢のまた夢だと思っていましたが、その夢が叶ってしまいました。。。
これもすべては読者様あってのものです。いつも応援ありがとうございます! 今後ともよろしくおねがいします!