最高傑作は怠惰な無気力人間
何故自分がこうなったのか、俺にもよくわからない。
純ヒヒイロカネ製の特徴的な、星を散りばめたような煌きを放つ水の波紋のような紋様の日本刀。
ヒヒイロカネとは世界四大鉱石の一つとして有名な金属で、ミスリルにも劣らない硬度と柳のようなしなりが特徴の刀に最も適した金属。
魔素特異点という魔境の奥底にしか産出しない超希少金属で、魔力伝達もそれなりに高い、特殊な加工工程を必要とする幻の素材だ。
そんなとんでも金属で造られた刀は前世に存在したどの一流の日本刀より数百倍も優れた逸品になる。
そう、この俺のことである。
前世の俺は人間だった、数千年の年月で摩耗した記憶はもうそれすら怪しいが。
今世の俺は当時天才と謳われた魔武器職人の男に造られた最高傑作の魔武器シリーズの一つだ。
形状は日本刀のそれに限りなく近い。
名は《断刀 神斬之紅姫》という。
きっと俺を生み出した男は厨二病だったのだろう。
魔武器シリーズは全部で幾つあったのか、それは俺ももう思い出せない。
えっと、刀、鏡、扇、矛、盾、銃、斧、簪の計8個の魔武器が男の最高傑作だったはずだ。
……今考えてみると和風の武器が多いな。
「神斬之紅姫、俺に力を貸してくれ!!」
また馬鹿な奴が俺を掴んで引き抜こうとする。
俺は今、幻想の森の泉の中心に浮く小島の祭壇に突き刺さっている。
勿論俺が自らこの場所に突き刺さっているのだ。
周りには小さな少女たち、妖精が飛び回り羽根から溢れる鱗粉が輝きを放って正に幻想的な光景を醸し出している。
人間には光の球に見えるらしい妖精は全員が超のつく美形で、時々俺を磨いてくれるのだ。
ぐうたらと動かず美少女に刀身を洗って貰える理想郷からわざわざ飛び出して野郎に力を貸すなど誰がするか。
当然俺はこの場から離れず、男は意気消沈してしょんぼりと帰っていく。
ああ、でも本当に刀に生まれ変わってよかった。
働くこともせずこの場から動くこともせず、何より煩わしいこと全部せずに自堕落な生活を続けても誰も何も言わない。
これこそ俺の求めていた理想、俺に最も合った転生先だ。
今日もまたいつも通り、俺は眠りについた。
∞
幻想の森の泉に《黄金時代》の《遺物》が封印されている。
そう人々の間で噂になったのは今から五百年は昔のことである。
黄金時代とは今の世界より約二千年前、当時の魔素特異点消失とそれに関する魔力爆発が起こり、世界は一度崩壊し滅亡した。
僅かに生き残った人類は新たに国を創り文明を築き営みを重ね現在に至る。
しかし魔力爆発で失伝した技術の方が多く、現在の世界より栄えていた時代を黄金時代と呼び、その時代の技術で生み出された遺物を《アーティファクト》と呼ぶ。
《迷宮》や《魔導具》は殆どがアーティファクトである。
食材を保管する冷蔵庫、照明、水を浄化する装置、契約書、冷暖房など。
そんな魔導具の中でも武器の形状を持つ魔導具を総じて魔武器と呼び、件の遺物もこの魔武器だ。
特異点消失によって失われた超希少な世界四大鉱石、アダマンタイト、ダマスカス剛、オリハルコン、そしてヒヒイロカネ。
そのいずれかの金属で造られた魔武器の剣、それがあの森に封印されているのだ。
多くの人間が足を運び、あの魔武器を引き抜かんとした。
あの災厄を生き延びた祖先の遺した書物にあの魔武器らしき剣の記述があったのが関係しているのだろう。
曰く、あれは黄金時代の技術の粋を尽くして造られた魔武器で正式な名称を《断刀 神斬之紅姫》、その斬撃は時空すらも、絶対の存在である神すらも断つことのできる究極の刀であるのだという。
それが力を求める者にとってどんなに恐れ戦慄き、また同時に途方もなく魅力だろうか。
そんな魔武器に魅せられた者たちが何度魔武器を手に入れんと挑戦し、そして惨敗してきたか。
しかし彼らは知らない。
その魔武器が元異世界の人間で、どうしようもなく無気力な青年であることを。
以後、不定期で他の最高傑作シリーズの話も書きます!