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鉄の掟。

彩香さんに求婚した勇者様(害虫)を駆除するために頭脳プレーで見事勝利をもぎ取った私ですがその後の失言により逆上した勇者様(害虫)が剣を抜き放って斬りかかってきました人生最大のピンチなう。




響き渡る悲鳴。迫る白刃。空気を切り裂く音が間近に聞こえ、遠き祖国の祖母が見えました。


次の半瞬。


ずしゃぁあああ!っといかにも痛そうな音を立てて地面を転がったのは勇者様でした。

何故か?私が投げ飛ばしたからです。言い忘れてましたが私、元の世界では柔剣道空手合気道の段持ちでした。

戦争経験者である我が祖母は「たとえ女であっても甘えるな」というのを口癖に三人の娘と孫達を育て上げた女傑です。


自分の身は自分で守れ。


それが我が家の鉄の掟です。

正直現代日本でそんな時代錯誤の絶対方針がどこまで必要か甚だ疑問ではありましたが、今をもって認識を改めます。

ありがとうグランマ。貴女のおかげで私は今、死線を一つ越えました。

などと冷静に事態を受け止めているように見えて実は心臓ばくばくです。


あああああ、あっぶねぇええええ。危うくばっさりいかれるところでしたよ、今。


いくら稽古で鍛えていようと真剣向けられるのは初めてですちょうこわい。

人目が無ければ無意味に転げ回って叫び倒すくらいの心境ですが今は我慢です。


「アーサー!大丈夫!?」

「アーヤ」


駆けよってくる彩香さんを振り返れば、真っ青な顔で体はわずかに震えています。目の前で刃傷沙汰が繰り広げられたとあっては無理もありません。日本に劣らず、ここは平和な農村です。

安心させるように、血の気の失せてしまった頬を撫でました。


「大丈夫ですよ。心配掛けてすみません」


ちなみに、アーサーというのは私の通り名です。下の名前はやはりこちらの人達には発音しづらいらしく、変に間延びするので名字から渾名を付けました。彩香さんも同じ理由でアーヤと呼ばれています。


と、そんな現実逃避をしてみたものの彩香さんの表情は晴れません。大方私を巻き込んだ事に罪悪感を感じているんでしょういらぬ心配です。むしろがっつり首突っ込むつもりでいたので好都合でした。彩香さんを連れて行かれるなんて冗談じゃありません。


その辺の説明は後で二人になってからするとして、私はちらりと転がったままの勇者様に視線を投げました。

完全に伸びてます。ピクリとも動きません。打ちどころが悪かったかと危ぶみましたが、お仲間の一人が頭を蹴飛ばしたらわずかに呻いたので問題なさそうです。

と、そこで。


「あの、アーサー、さん?」

「…なんでしょう」


勇者様サイド紅一点のおねーさまが話しかけてきました。恰好から見るにプリーステスでしょうか。慈愛に満ちた顔で微笑んでいます。彼女もまた美しい。

彩香さんを庇うように背中に隠して向き合った私に、彼女は苦笑を漏らしました。


「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。この馬鹿は連れて帰ります。聞いていた話とだいぶ違うようだし。迷惑かけて悪かったわね」

「いえ、もう二度とこの村に来て下さらなければそれで結構です」

「…言うわね。まぁいいわ。アーヴィス、転移魔方陣を開いて頂戴」

「俺がかよ。お前がやればいいじゃねーか」

「なにか言ったかしら?」

「………わーったよ」


ガタイのいい銀髪にーちゃん…耳の尖り具合からして多分エルフだと思いますが、彼に向って命令を飛ばす姿は女王様です。

彼は一度こっちに視線を寄こしましたが、すぐに背を向けてなにやら呪文を唱え始めました。


…目が合った瞬間なんとなく嫌な予感がしたんですけど気のせいでしょうか。


最後の一人は子供といって差し支えない容貌をしていましたが、とってもぞんざいに勇者様を担ぎあげたところを見ると彼もまたなにか特別な種族なのかもしれません。

とにもかくにも、勇者様一行はすっかり撤退の準備を整えた模様です。銀髪にーちゃんの足元の地面が輝き始めました。眩しいったらありません。この光に乗じて彩香さんを奪われないように、私はしっかりと彼女の手を握りました。


「それでは皆さま、ごきげんよう!」


高らかな宣言と共に、魔方陣の範囲分の空気が色を変えました。そして、一つ瞬きを終える頃にはそこには何もありませんでした魔法ってすげぇ。

そして最後の余韻ともいうべき光の欠片が無くなってから、私は振り返りました。


「…ようやく追っ払えまし」

「ばかぁ!」

「あ、アーヤ?なんで泣いて…」


振り返った先にいたのは顔を真っ赤にして瞳に涙をためている彩香さん。私はフツーに焦りました。え、ちょっと待って下さいなにがどうしてこうなったんですか!?


「なんで決闘なんか受けたりしたのよ!巻き込んだ私が言えた義理じゃないけど!もしも勇者様が勝負の選択権くれなかったらどうするつもりだったの!?おまけにあんな風に斬りかかられて―――心臓が…、止まるかと思ったのよっ!?」


めいっぱいの心配と共に怒鳴られて、私はポカンと呆けてしまいました。

彼女がこんな風に取り乱すのは初めてです。少なくとも、私は初めて見ました。ぼろぼろと零れる涙を鬱陶しそうに手の平で拭う様は、非常に庇護欲をそそります。ちょ、なんですかこの人激可愛いんですけどお嫁さんになって下さ…いかん。うっかり道ならぬ道に片足突っ込みそうになりましたマジ危ねぇ。

その、全身で私の身を案じる姿に自分の顔がだらしなく緩んだのが分かりました。その表情のまま出来るだけ優しく彼女の頬を拭います。


「…すみません」


その瞬間、村中の娘さん達が黄色い絶叫を上げたんですけどどうしたんですか。びっくりしました。

彩香さんは真っ赤な顔そのままに俯いています。ちっちゃな声で「…天然って怖いわ」とか聞こえた気がするんですけどどういう意味です?

そして彩香さんファンの男共はお互いに肩を組んで号泣してました。なんだか知りませんけどざまぁ。

そこへ村長さんが式の日取りはいつにするんだと冗談を飛ばしてきたので、近日中にささやかに、と乗っておきました。


さて、それじゃあそろそろジャガイモを茹でる準備に入りましょうか。



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