悪戯っ子。
皆さんどうもこんにちは。なんだか国王陛下との謁見ではうっかりシリアス路線に片足突っ込みそうになってましたがそんな物は気のせいです。幻です。私はなにも見ませんでした。
さて、私が王子殿下に雇われてから一週間がたちました。
―――とか言いたいところですがそんなはずないですねすみません。
目の前にはにやにやとまるで悪戯の成功した子供のように笑う王子殿下。一呼吸置いて気を落ち着かせた私は、さっと室内に視線を走らせました。奥の方に重厚な作りの机と椅子。その上に積まれた書類に本棚。部屋の中央には応接用のソファとローテーブルが設置され、確かに執務室と呼べる作りをしています。そして部屋の中に他に人影は見当たりません。つまり。
「どうした?驚きすぎて声も…」
「間違えました」
ばったん。
やっぱり内開きであった壊れたドアを押し込むように入口に押し付け、私はメイソンさんに振り向きました。
「メイソンさん。ふざけたお茶目はこのくらいにして目的地に向かいましょう。どこですか?」
「気持ちは分かるが現実だ。目的地はここ以外に無い」
真顔でそう告げてくるメイソンさんに私は真顔で返しました。
「…メイソンさん、慣れない護送でおかしくなったんじゃないですか?」
「意外と辛辣だな君は!」
本音がはみ出てますからね。実は口に出ないだけで中身はずいぶん毒舌です。自覚あります。はい。とそこへ。
「………おい。俺の事を無視するとはイイ度胸だな」
ぎぃいっとホラーな音を立てて扉が開きました。今度はちゃんと内側に。中から出てきた顔はやっぱりチャラ男で、私はふいっと顔を逸らしました。視線の先ではメイソンさんがやれやれとでもいう風にため息を零しています。ため息吐きたいのはこっちですよちくしょうめ。
「…とりあえず入れ。話はそれからだ」
王子殿下のひと言で私、彩香さん、メイソンさんの順に入室します。最後に入ったメイソンさんは壊れたドアを無理矢理ドア枠に押し込んでいました。中の声が漏れないようにでしょうか。しかし壊した本人は知らんぷりをしています。というか、こちらを睨みつけていますね。
「さっきはよくも無視してくれたな?アーサー」
こめかみをぴくぴくさせながら凄む殿下に、私はふむ、と一考し、そしておもむろに跪きました。
「本日より王太子殿下付き書記官を務めさせて頂きますアーサーと申します。見習いではありますが誠心誠意お仕えする事をお約束します。以後お見知りおきを」
たとえどんなに不本意であろうと、受けたからには仕事です。きちんと挨拶はせねばなりません。王子殿下とは初対面ですので、自己紹介も欠かせませんね。我ながら完璧です。
…と思ったら殿下からケチがつきました。
「だ・か・ら!無視してんじゃねぇよ。さっきぶりだなって言ってんだろうが。返事!」
「………初めまして」
「イイ度胸だ」
是が非でもチャラ男と殿下が同一人物だと認めない私に、殿下の堪忍袋の緒がぷっつんしました。がっしりと頭を鷲掴まれて、そのまま力をこめられます。痛いです。でも祖母のアイアンクローに比べたらどうって事ないので無言を貫いていると、ドアを押し込め終わったらしいメイソンさんから苦言が入りました。
「殿下、暴力はいけません」
若干低めの声での制止に、一応女扱いしてくれてるんだなーと思いながら殿下の方を見ると、なんともあくどい表情を浮かべていらっしゃいました。
「…なんだ、カール。やっとこいつが女だと気がついたのか」
うん?
「アーサーが女だって気づいてたんですか!?」
殿下のまさかの発言に、驚きの声をあげたのは彩香さんです。慌てて口元を覆っていますが、すでに出てしまった言葉は回収不可能。殿下はあっさりと首を縦に動かしました。
「あれだけ一緒にいて、気付かない方がおかしい。というか、俺は会った瞬間に気付いたぞ。確かに背はでかいし声も低めだが、こんな細っこい首と腕で男になれるわけないだろう。それに、だ」
私の頭を鷲掴んだまま殿下はつらつらと理由を並べ立てます。言葉を重ねるにつれメイソンさんがどんどんちっさくなっていってるんですが少し反省したらよろしい。そして思わせぶりに言葉を切った殿下は彩香さんに視線を固定しました。
「なによりアンタと一緒にいる時の雰囲気が違う。ありゃ男が恋人に向ける目じゃねぇだろ。ぱっと見甘くて親密で、誤解するには十分だが―――こいつはただ安心しきって緩んでるだけだ」
ふぅん。殿下は意外とよく見てらっしゃいますね。彩香さんも同意見なのか、殿下に対する視線が変わりました。尊敬というよりは警戒してますね。確かに、舐めてかかったら痛い目見る気がします。今回みたいに。
「まぁそれは置いといて、だ。てめぇはいつまで俺を無視すりゃ気がすむんだ?あ?さっきぶりだなっつってんのにすっとぼけやがって」
まだ引っぱるんですかそのネタ。っていうかこの人、キャラ変わってません?いや、護送中に片鱗は見ましたよ?けど、どう見てもチャラさが消えて俺様になってませんか。護送兵士から王子殿下にジョブチェンジしたからですか。
「…護送中の時のようにアーヤにちょっかいかけたら許しませんよ、殿下」
ついにチャラ男と殿下が同一人物だと認める発言に、殿下は満足そうに手を離しました。しかしその内容には納得がいかないようです。
「なんだよ。別にお前ら本物の婚約者ってわけじゃな…」
「ゆ る し ま せ ん よ」
「…はい」
下から抉りこむように睨みつけた私に頷く殿下。素直でよろしい。後ろで爆笑を堪える彩香さんを視界の端に捉えつつ、促されて立ち上がります。殿下はまた悪戯っ子の表情に戻っていました。
「驚いたか?」
「ええ、とても」
「っち、だったらもっと驚いた顔しやがれ」
「…もしかしなくても殿下、私の驚いた顔が見たくてこんな茶番を?」
「悪いか?」
悪いか悪くないかって言ったら悪いに決まってますが、堂々とそうのたまう殿下に突っ込みを入れる気力が失せました。心の中でため息を落としていたら、メイソンさんが「殿下」と声をあげました。おお、ここはさすがに年長者として窘めてくれるんでしょうか。そうですよね。明らかにやりすぎですもんね是非お願いします。と、思ったんですけど。
「私はまだ各種手続きが残っておりますので、少し席を外してよろしいでしょうか」
はい?
「ああ、こいつらの面倒は俺が見ておく。終わったら取りに来い」
取りに来いって、犬猫じゃないんですから…。
「分かりました」
分かっちゃうんですか。ちょ、メイソンさん!?
ガコン。
ドアが閉まるにしてはおかしい音と一緒に、メイソンさんは退出しました。私は若干呆然としています。
え、あの…本気ですか?私と彩香さんの精神的平穏も心配ですが、それ以上に殿下、護衛の一人も付けてらっしゃらないんですけど。
もちろん私達に害意などありませんが、それにしたって国の超重要人物をどこの馬の骨ともしれない人間(除く彩香さん)と一緒に置いといていいんでしょうか。
それを殿下に言ってみたら、「お前が護衛やればいいだろ」と返されました。
いや、だからですね…。




