種明かし。
今回はちょっと長めです。
厳粛な空気を清々しく吹っ飛ばしたおっさ…げふん。陛下と強面さんの不毛なる言い争いは継続中です。むしろ加速しました。これはもう単なる口喧嘩です。他所でやって下さい。
「大体お前はいつもいつも…うんぬんかんぬん」
「なんですと!?それを言うなら陛下こそ…うんたらかんたら」
なんだったら私達が他所に行くわよねー。
ですよねー。
目と目で会話する私と彩香さんの心は一つです。マジ帰りてぇ。
原因がこんなことを言うのもアレですがそろそろ本気で本題に入りませんか。幼少期の恥ずかしい失敗談とかどーでもいいです。強面さんも陛下も全力でお互いを貶し合ってますが第三者的観点から言わせてもらえばどっちどっち。残念レベルに違いはないので安心して下さい。
ていうかあれですね。強面さんは陛下の幼馴染かなんかですか。って事は実はちょう偉かったりします?そんな人がなーんで護送兵士なんてやってるんですかねぇ。不思議ですねぇ。
王都に向かって出発した日に抱いた疑問。その答えの尻尾を掴んだ気がしますが、当の本人達はいまだビチビチと暴れています―――ちょっといい加減にしましょうかそこのおっさん二人。
じっとりとした視線を惜しげもなく注いだ私に、先に気づいたのは陛下でした。
ごっほん、とわざとらしい咳払いを響かせながら、こちらにゆっくりと向き直ります。
「それで、状況の説明くらいはしてくれるのだろう?」
凄まじく堂々とした居直りですがそれでさっきまでの諸々が消えると思ったら大間違いですからね。忘れませんよ。特にマンドラゴラ。
とはいえここは正式な裁可の場。
いつまでも厳粛な空気をぶっ飛ばしたままというわけにもいきません。そこの二人と違って私は空気の読める子です。
呼吸一つで意識を切り替え、改めて国王陛下に頭を垂れます。
すでに私が偽婚約者である事と、性別を偽っていた事は伝えました。それを踏まえた上での説明なら過不足無く出来るはずです。
私はゆっくりと口を開きました。
「まず一番初めにご理解頂きたいのですが、こちらのアーヤ・ホンゴウ嬢は勇者様との婚姻を望んではいません」
一番大事な事なので一番最初に言いました。陛下も強面さんも、特段驚いた様子はありません。
まぁそりゃそうですよね。望んでいたらそもそも偽婚約者をでっちあげる必要がありません。どころか、本物の婚約者がいたとしてもポイするはずです。相手が勇者様なら周りも納得する事でしょう。恐らくは婚約者本人ですら。
それがこの世界においての勇者様の位置づけです。基本的になにをしようと向けられるのは畏怖と尊敬、そして凡人の諦めです。それをあのキングオブ空気読めないが自覚しているかどうかは不明ですが、例え無自覚だったとしても振りかざしている事に変わりありません。
…思い出したらムカついてきました。しかし今求められているのは状況説明です。耐えろ。耐えるんだ私の堪忍袋。
そして途中彩香さんに無言で凄まれたために若干の修正を加えつつ、さくっと状況説明を済ませた私は神妙に頭を下げました。
「決闘を受けたのは私であり、その後のいざこざも全て私が発端です。暴言を吐いた事も事実。それについては申し開きのしようもありません」
不敬云々抜きにして、勝負後に負け犬と罵った事は本当に悪いと思っています。いくら頭にきたとはいえスポーツマンシップに悖る行為でした。
故郷の祖母が知ったら簀巻きで雪山一直線です。自力で脱出できなければ凍死です。ごめんなさいお祖母ちゃん。
とりあえず、罪人認定は悲しいですが仕方の無い事だと納得しています。そうなるだけの事を自分はしました。きちんと罪を償って、そして村に帰りましょう。
「…なるほど。今の話を聞く限り、勇者にもずいぶんと反省すべき点があったようだ」
…………うん?
陛下の言葉に、私は正しく話が耳を疑いました。いえ、心赴くままに事実を言葉にするならば確かにその通りっていうか暴言以外は全部反省しろよと言いたいところなんですけど。
それが国王陛下の口から出てきた事に驚きです。
前述の通り勇者様はこの世界においてかなりの地位にあります。その勇者様が私を糾弾したわけですから、普通に考えて勝ち目など無いわけです。ので、私は陛下に無実を訴えるわけでも減刑を請うでもなく、ただ粛々と言われた通り状況の説明をしただけでした。それなのに、どうしてそういう話になるんでしょうか。それではまるで、私を擁護するかのような…。
「なにか、言いたそうな顔だな?」
「いえ…」
目ざとく私の変化に気づいたらしい陛下が水を向けてきました。
「いい。発言を許す。言ってみろ」
どこか面白そうに先を促す陛下に、私は疑問をぶつける事に決めました。なんか、半分以上私が言いたいこと分かってらっしゃるみたいですし。だとしたらずばっと直球勝負で行きましょう。
「陛下は、私の話を聞き入れて下さるのですか?」
「と、いうと?」
「すでに勇者様やお連れの方々から状況はお聞き及びかと存じます。その上で私の話を聞いて下さった事に心より感謝申し上げますが、それを聞き入れて頂くのはまた別の話かと…」
「どちらか一方の主張だけ聞いて、判断を下す事は出来ない」
きっぱりと言い切られたそれに、私ははっと顔を上げました。玉座に在るその人は、柔和な笑みの中に確かな信念を滲ませて、真っ直ぐこちらを見据えています。
「勇者にしろ渡り人にしろ、他の一般の民であっても、私の民である事に変わりはない。過去の功績や地位名誉で、目の前の真実を捻じ曲げる事はしない」
その言葉を聞いた瞬間、私は彼に対する認識を180度改めました。
この人は、過去の功績に囚われる事無く、公平に物事を見て判断を下せる人です。どんな組織でも上層部に行くにつれ数を減らし、あるいは全く存在しない稀有な人種。
―――道理を知る人。
そんな言葉が頭をよぎり、私は己の偏見に満ちた視線を恥じました。恐らく陛下は気付いてらした事でしょう。だからこその質問でした。
私は己の未熟を受け止めるため、真正面から王を見返しました。
目の前に在る存在が、とても大きなものに見えます。
世界が魔王の脅威にさらされた時。その混乱に乗じて滅ぼされたり荒れた国が多くあると聞きました。今もその影響に悩まされ、水面下で様々な不具合が生じているらしい周辺諸国に比べ、この国は驚くほどに安定しています。
それは単純に大国であるからだという理由ではなく、また、勇者様の出身国だからだという、それこそ都市伝説のような理由でもありません。
ただ、この方が正しく国と民を導いた結果なのだと、そう確信するに足る言葉でした。
『いいかい、透。誰かの努力なしに成り立つ平和なんてないんだよ―――』
記憶の底から祖母の言葉が蘇ります。戦中戦後の激動を生き抜き、そして死に物狂いで平和を作り上げた人の、力ある言葉。
それを胸にもう一度玉座の王を視界に収め、そして、恐らくは想像を絶する努力を払ったであろうその人に、素直に頭が下がりました。
「…どうやら、君は私を王と認めてくれたようだな」
静かでありながら威厳に満ちた声に、私は頭を下げたまま肯定の意を示しました。隣にいる彩香さんから向けられるのは心配そうな視線、そして壇上にいる強面さんから感じるのは刺すような難詰の視線です。マジすみません。
「いい。王であるからといって敬われる事が当然だとは思っていない。敬われるよう自らが努力しなければ民を導く資格はない。君は民として当然の権利を行使したまでだ」
「…そのお考えから行くと、私の勇者様への不敬発言は初めから問題にされてはいない、という事ですね?」
頭を下げたまま確信を持って言葉を投げると、陛下が苦笑した気配が空気に混じりました。
「気付いたか」
「今の話運びで気付かない方が難しいかと思いますが」
不敬だと取られかねない発言にも、陛下は大して頓着したようには見えません。その代わりのように強面さんの視線の厳しさが増していきますが、いまさら怒られる内容が一つ増えたところでどうってことありません。それよりも今は、この敬愛すべき国王陛下の真意と器を正しく知る事の方が大切です。
私の切り返しに、王は愉快そうに肯定を寄こしました。
「そうだ。不敬罪など初めから問う気はない。今回の一件の目的は、君を王都に呼び寄せる事だ」
「ずいぶんと、回りくどい事をなさいますね」
「普通に呼んだのでは来てくれない可能性の方が高かったものでな」
しれっと返された答えに、お見通しですかそうですかと胸中で独りごちた私は、頭の中で犯人捜しを開始しました。あの時勇者様に付いてきたのは三人。その中の誰かが私を変わり種として紹介したんでしょう―――誰だ。誰がやった。
そんな私怨に頭の大半を費やしつつ、私は現状についての認識も忘れませんでした。
王都に至るまでの経緯をこねくり回して、そこここに張り巡らされていたらしい様々な糸を手繰り寄せた私は、隠すことなくため息をつきました。
「…なるほど。あの山賊モドキは陛下の差し金でしたか」
「え!?」
驚く彩香さんを尻目に、陛下は先ほど以上に愉快そうな声でそれを認めました。
「山賊モドキとは…随分な言いようだな」
「モドキでしょう?あれだけの数で圧倒しておきながら犠牲者はゼロ。ああいう場面でお約束の人質もとらず、去り際はやけにあっさりおまけに鮮やか。あれだけしっかり統率がとれているならいっそどこぞの騎士団にでも所属すればいいのにと思いましたからね。まさかすでに所属済みだとは夢にも思いませんでしたが」
しかも王立。笑えませんね。
若干黄昏風味で当時の状況を振り返る私に、陛下は上機嫌で顎の下をさすっています。
「私だってまさか君らが護送兵士を叱り飛ばすとは思わなかったぞ?しかもその後怪我人を問答無用で馬車に押し込めたそうじゃないか。怪我の手当てはまだしも、普通そこまでするものかね?」
その問いに、私と彩香さんは顔を見合わせました。
「普通よね?」
「そうですね」
うんうんと頷き合う私達に、強面さんがあんぐり口を開けっ放しにしています。そして陛下は笑いをこらえるように口元を押さえていますが、時折「ぶっふぅ」と空気が漏れているのでまるで堪え切れていません。意外と笑い上戸なんでしょうか。
ややあって、気を取り直したらしい陛下が私達に向き直り…あ、また吹き出した。
「ぶく、くく…いや、あの襲撃は君の力量を測るためのものだったんだが、思いのほかいろんな事を見られてとても有意義だったと思っているよ。負傷した彼には申し訳ないがね」
最後に一応真面目さんへの謝罪が入ったのでそこは良しとしましょう。でなければ思っくそ評価を下げるところでした。そんな私の心情に気付いたわけではないでしょうが、陛下はわずかに表情を改め、そしてさらなる種明かしを断行しました。
「そして君は、決して勇者の醜聞を他に洩らさなかった」
「そうですか。護送の兵士さん達もグルですか…」
ぐったりと脱力した私はもう強面さんを睨みつける気力すらありません。道中で何度も聞かれた言葉が頭の中をエンドレスリピートです。
『何故お前みたいな奴が勇者様に暴言吐くような事態になったんだ』
さりげなさ過ぎて涙が出ます。いや、最後の方は多分真剣に疑問に思って聞いてたんでしょうが。それにしたってそれすらテストの一環だったと?心の底からふざけんなー。
「人格、言動、力量。どれをとっても君は素晴らしい人材だと私は判断した」
「買い被りです」
考えるよりも先に言葉が口から飛び出しました。ものすごい断言に場の空気が一瞬にしてぶった切られたのを感じましたが、いまさらどうにもなりません。
ごほん。陛下の空咳が虚しく響き、そしてこれ以上ないほど微妙な空気の中、爆弾は投下されました。
「君には王宮で働いてもらう。所属は中央書記室で王子直属の書記官、そうだな。まずは見習いから始めてもらおう」
ぱーどぅん?