王都。
やってきました王都。とはいえ全然嬉しくないです。ここで私は罪人一歩手前から罪人にグレードアップです。気分的にはダウンです。いまさらですが罪人って。故郷の祖母に飛び蹴りかまされそうなんですけど。
外壁に四か所ある門の内、一番大きな南側の門から馬車は王都に入りました。
さすがに都会です。ほとんどの建物が三階以上で、全て石造りの立派な出で立ちをしています。村で一番立派な建物ですらほったて小屋に見えるほどの明確なレベルの差を感じました。正直馬車の中にいて良かったです。そうでなければ完全におのぼりさんになるところでした。
「…村とは全然違うわね」
同じ事を考えていたのか、彩香さんがぼそっと呟きました。ごとごとと車輪が石畳を踏みしめる音が妙に大きく響き渡ります。
さて、ここいらでいい加減この世界について整理しておきましょうかね。正直村にいる間はどうでもよかったっていうか面倒くさくて深く考える事なんてなかったんですが、これから王宮に殴りこ…いえ、王宮に参上するからには世界の基本くらい分かっていないといろいろまずいと思うんです。
もっと早くやっとけよという突っ込みは耳を塞いで聞こえないふりをさせてもらいます。だってあまり前からやって忘れたら困るじゃないですか。私はこの世界にさほど興味はありません。
ええっとなんだったかな…。
まず、世界の名前はヴェルグランデ。三つの大陸と二つの孤島、そして大小様々な群島が海上に点在しています。群島の規模は大きなものになると百を超え、反対に小さなものでは二つでも国として数えられているそうです。そして島同士をを繋ぐ橋は国ごとに独特の趣向を凝らし、見るものが見れば一発でそれがどの国家に属しているかが分かるのだとか。いいですねぇ伝統とこだわり。職人魂の国出身としては非常に興味をそそられます。頑固おやじとかいないんでしょうか。いますよね、きっと。
そして私と彩香さんが落ちてきたのは世界最大の大陸ヒールヴューレの西に位置する大国、ヴァン・シュベルク。…の端っこの辺境のさらに奥です。山一つ越えればそこは他国というような、本当に隅っこの村でした。
山一つ越えればとはいってもその山が非常に高く険しく「人間ごときがこの俺に登ろうなんてまさか思わねぇよな、ああん?」と巻き舌かましてきそうなくらい容赦なくででんと聳えているので、いまだかつてそこから他国に侵入した猛者はいないそうです。もちろん他国からの侵略も然り。山に守られ国にはほとんど忘れられ、そりゃもう平和としか言いようの無い状態に落ち着くよねーと皆で笑い合うようなのほほんとした雰囲気をぶち壊したのがあのクソった…ごほん。討伐中だった勇者様です。ちなみに勇者様の本来の目的はあの山に自生する回復系の薬草だったそうですが、運命の恋人(勘違い)を見つけた勇者様は「一刻も早く魔王を倒すぞ!」と翌日なにも収穫せずにとっとと出発したそうです。アホですね。アホでした。
そんなうっかりがっかり勇者様ですが、腐っても勇者。きちんと女神様からの祝福を受けています。その、今回に限りちょっぴり選定の目が曇ってしまったと思われる女神様の御名はカストリア。この世界においての唯一絶対、正義の女神です。私達の村にも彼女の廟があって、多くの村人達が毎日熱心に礼拝していました。
え、私ですか?たまにお付き合いで顔を出した事はありますが、それだけです。私は日本人のご多分に漏れず無宗教多神論者です。八百万の神々とマブダチです。お米一粒にだって神様が宿ってます。食べちゃいますけど。
最初の内はそれが悟られたら袋叩きに合うんじゃないかとびくびくしていましたが、意外にもこちらの方々は宗教に関しては寛大というかクールというか「別の世界から来た人間が別の考え方を持っているのは当然だ」と言って私に改宗を強要したりはしませんでした。元の世界でもこういう風に考えられる人達ばかりだったら、いくらか戦争が減っただろうになぁ、と少しだけ羨ましくも恥ずかしくなりました。どこの世にも、殺し合いをしなさいなんていう神様がいるはずないんですけどね。
さて、私自身にまるでやる気が無いので話があっちこっちで脱線してますが、とりあえず最低限抑えなければならないところは大丈夫でしょう。
あとはこの国が完璧無敵な絶対王政だとか、山を挟んでお隣に広がる二つの国とは可もなく不可もなく、水面下では実はちょっとだけキナ臭い噂があるとかそんなもんでしょうか。
…ああ、あと黒眼黒髪が珍しいのは本当みたいですね。街行く人は皆とってもカラフルです。遠目で見ているだけなので瞳の色までは確認できませんが、この分だと望み薄ですね。元の世界では圧倒的凡庸さを誇ったこの瞳がこの世界ではアルビノ並みの珍しさというのはどうにも受け入れ難い事実です。
そんなことを考えているうちに馬車は街中を突っ切り内壁も通過し、ついに城壁のすぐ外までやってきました。
…執行カウントダウン開始です。