同郷。
翌日からの道程はそれほど問題なくつつがなく平和に進みました。まぁ、そうそう山賊なんぞに絡まれてたらたまったもんじゃありませんからね。
そして次に泊まった宿屋で強面さんが王宮に早馬を手配してくれました。
山賊に襲われた事と負傷者が出た事、それによって旅の行程に遅れが生じている事などを書面にまとめて先に送っておくのだそうです。
それを聞いて私は心底ほっとしました。これで王都に着くのが遅れても私の逃亡を疑われずに済みます。
他はともかくあのクソったれ勇者に逃げたと思われるのだけは我慢なりません。考えるだけで気分が悪いです。どうせあの勘違い野郎は自分に都合よく事実を捻じ曲げて解釈するに決まってます。
それを阻止してくれた強面さんは神様です。思わずお礼を言ったら「…仕事だ」とそっぽ向かれてしまいました。それでもいいです。ありがとうございます。
足取りは軽やかになりましたが相変わらずスローペースです。いっそランニングに切り替えようかと思ったんですが中途半端な速度では逆に馬に負担をかけるとの事で断念しました。なかなかうまくいきませんね。
そして悲しい事に今日も野宿です。食事係は初回からずっと私が担当しています。いえ、一度護送の兵士さん達に任せたら本当に素材そのまま煮るか焼くかの選択肢しか無くてですね。そんなさもしい食事を取るくらいなら自分で作ります。異論はありませんでした。
え?彩香さんですか?彩香さんは実は料理が壊滅て…げふん。ちょっぴり苦手なので包丁は持たせません私の心拍数が限界を迎えてしまいます―――っ彩香さんの創ったものなら残さず食べますけどね!?
まぁ、そんな感じでがっしり胃袋を掴んだおかげかどうか知りませんが、護送の兵士さん達とはすっかり打ち解けました。休憩時間や野宿の準備をする間に馬の乗り方を教えてもらったり、王都の話を聞かせてくれたり、手合わせは断固としてお断りしましたが、武道については少しだけお話ししました。
祖母の事を思い出しつつしみじみと我が家の変則武士道について語っていたら、強面さんは脱力し、チャラ男はそっぽ向きつつ肩を震わせ、真面目さんは頭を抱え込んでいました。何故。
その後の道中では三人から三者三様にどうして勇者様に暴言吐いたのか理由を聞かれまくりましたが私は決して口を割りませんでした。
むかっ腹が立ったのは事実ですがだからといって貶めたいわけではありません。
本人のいないところで自分の言い分だけ他人に聞かせるのは卑怯です。話し手の主観がそのまま聞き手の印象に直結する危険があるので私は好みません。愚痴るとしても、それは本当に気心の知れた、誤解をしたとしてもすぐに正せる距離にいる人だけです。具体的にいうと彩香さん。
その彩香さんは私と護送兵士さんが仲良くなるのをニコニコしながら見つめていました。完璧にお姉さんです。思えば村の人達との交流でもこうやって見守ってくれてた気がします。すみませんコミュ障で。
けれど時々、私にべったり張り付いて甘やかしてくれるのでその度に私の顔面は崩壊します。大事にされてるのを実感できるっていいですねぇ。私も全力で彩香さんを大事にしてます。
常にラブラブな私達を見る護送兵士さん達の視線がビミョーだろうとそんなの知りません。
今日も今日とて二人で寄り添って談笑しながら私の淹れたハーブティーを飲んでいたら、一緒に焚火を囲んでいた強面さんがぼそりと呟きました。
「…君達は、本当に仲睦まじいな」
なにをいまさら。
おもっくそ心の中で突っ込んだ私とは対照的に、彩香さんはにっこりと微笑みました。
「ええ。だって婚約者ですもの」
そうです。その通りです。だからどんだけいちゃらぶしようと無問題です。羨ましいなら羨ましいって言ってもいいんですよ?絶対代わってあげませんけどね!
「しかし、渡り人同士で境遇が似ているのは分かるが、別々の世界出身の者同士が付き合っていくのはなかなか大変じゃないのかね?」
―――へ?
強面さんの発言に私も彩香さんも固まりました。え、ちょっと待って下さいこの人すげぇ勘違いしてません?
「…あの、私とアーサーは同じ世界の出身ですけど」
「……………は?」
あ、今度は強面さんが固まりました。やっぱり勘違いしてたんですね。外見から分からなかったんでしょうか。私も彩香さんもこの世界では珍しい(らしい)黒眼黒髪なんですけど。
「………同じ世界からの、渡り人?」
「はい」
「そうです」
二人一緒に頷くと、今度こそその瞳が驚愕に彩られました。おお、強面さんがこんなに感情露わにしてるの初めて見ましたよ。やっぱり同じ世界からって珍しいんですね。
「それは本当か」
後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、難しい顔をしたチャラ男が立っていました。っていうかこれ、本当にチャラ男ですか?いつもの軽ーい感じがなりを潜めてなんだか妙に迫力満点なんですけど。
内心ちょっぴりびびっている私に代わって、彩香さんが頷きました。
「本当、ですけど…あの、それがなにか?」
不安そうにチャラ男を見上げる彩香さんに私の庇護欲に火がつきました。しっかり彩香さんの肩を抱いてチャラ男に対峙します。
それを見たチャラ男は一瞬苦虫を噛み潰し、そしてへらりと表情を取り繕いました。
「や、悪い。あんまりにも驚いたもんでな」
「…そうですか」
それで誤魔化せると思ってるならずいぶん軽く見られたものです。ですがここは敢えて乗っておく事にしました。
その後ろになにがあるにしても、どうせ逃げられやしないんですから。王都はもう、目と鼻の先です。
「それほど珍しいというのなら、やはり貴女の言う通りこの出会いは運命ですね、アーヤ」
とりあえず目の前の二人へのパフォーマンスも兼ねて、いまだ不安そうな顔をしている彩香さんの手をぎゅっと握り締めました。もう二度とこの手を離さないというメッセージもこめて。
縋るようにこちらを見上げる彩香さんは破壊力抜群ぶっちぎりの可愛らしさですが、いかんせんチャラ男からの視線が刺さったままです。ここはもう少し派手にやった方がいいですかね。
そう判断した私は、そのまま彩香さんの手の甲に口づけを落としました。
「いくらなんでもイチャつきすぎだっ!」
「…君達、護送中だという事を忘れてないか?」
なんか方々から苦言が飛んできたんですけど、真っ赤になって俯いた彩香さんの殺人的愛らしさの前ではなにほどの物でもありません。すみません彩香さんちょっと真面目に抱きしめてもいいですか。
と、そこへ馬に水を飲ませに行っていた真面目さんが戻ってきて、その場は解散になりました。
―――いよいよ明日、王都に到着です。
連続投稿はこれで最後です。