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変化。

食事が終了し、後片付けを済ませて馬車の近くに戻ると、真面目さんが隅の方で木に背中を預けているのが視界に入りました。


「傷、痛みませんか?寝る前にもう一度薬を塗り直しましょう。化膿したら大変です」

「…、すまない」

「それじゃあ、失礼します」


傍に膝をついて傷の様子を確かめると、煮沸して冷ましておいたぬるま湯に腕をつけてもらって、残っていた傷薬を洗い流しました。その間に自分も手を洗い、それから清潔な布で傷の周りを拭って、薬を患部に塗りつけます。

そっと圧迫しすぎないように慎重に布を巻いていたら、真面目さんがポツリと呟きました。


「…俺は、融通がきかないか」


ええ相当。


ばっさり答えそうになりましたが、地味にダメージを受けているらしい人間に鞭を打つほど非情になるつもりはありません。わずかの間を空けてから、私は静かに答えました。


「今日の件に関して言えば、少し」

「…そうか」


おや、気を遣って答えたつもりですがそれでもへこませてしまったようです。そんなに彩香さんの説教が堪えたんでしょうか。ここは少しフォローが必要ですかね。


「正論が必ずしも人に受け入れられるわけではないのと同じく、全てを規則に当てはめて動こうとすれば少なからず周囲との軋轢が生じます。それを理解して突き進むのであればそれはもう一つの信念と言えますが、そうでないなら自分も周りも辛いだけです」


相手が気にしているらしい事に焦点を絞って言えば、はっとしたようにこちらに視線が向きました。

図星ですか。そうでしょうね。

彼のようなタイプは子供時代は「なんだよあいついい子ぶりやがって」と邪険にされ、大人になってからは「あいつ付き合いづらいよな」と倦厭される運命にあります。

そこで開き直れればまだ生きていくのに支障はないんでしょうが、周りに潰されれば息苦しさは増す一方です。


「…そう、かもしれない」


ここで真面目さんが話を聞く姿勢を見せたので、私はもう少し踏み込んでみる事にしました。


「規則に従うのは楽ですね。初めからそこに正しい形が示されているのですから、考える必要はどこにもない。けれどそれなら、あらゆる事をゴーレムに任せてしまえばいい。そうならないのは、不測の事態が起こった時に咄嗟の判断が必要とされるからです。…それを期待されているからこそ、貴方はこの任務に選ばれたんじゃないですか?」


ゴーレムというのは土くれで出来た人形です。ものすごくアバウトな人型をしていて思考能力は皆無。主に単純作業を任せるためだけに整形されます。私達がいた村では石の切り出しとか伐採した木の運搬とかに利用されてました。

…ゴーレムにも感情が芽生えるかもしれないとか期待して話しかけてなんかいませんよ。絶対にそんな事ありません。ロボットにだって感情が芽生えるのは遠い未来の話ですからね!


などとものすごく脱線した思考を引き戻すように、真面目さんが自嘲気味に呟きました。


「違う。俺がこの任に選ばれたのは、命令が下った時点で拒否しないのが分かっていたからだ。お前は特に問題行動を起こさないから俺達からしてみれば楽なものだが、護送なんて誰もやりたがらない。言われた事を言われた通り、か。…お前の言う通り、ゴーレム並みのボンクラだな、俺は」


地の底までめり込むように落ち込んだ真面目さんは本当に真面目ですね。ネガティブ思考に陥ってる時はとことんネガですか。これじゃ下手なフォローは逆効果ですね。直球勝負で行きましょう。


「人は誰しも失敗します。けれどそれを踏まえて成長もする。それこそが人の持つ強みだと私は思います。今日の事を反省し、ご自身の在り方に疑問を覚えたのなら、変わってみる努力をされたらいいと思います。きっと周りは見ていてくれますよ」


自分が変われば周りも変わる。人を変えたいならまず自分から。


それは古今東西どこに行ってもたとえ世界が変わろうと通じる一般常識だと思ってるんですけどどうでしょう。

ちらりと真面目さんの様子を盗み見ると、彼は深く考え込んでいるようでした。これは脈ありと見ていいですね。


私は巻き終わった布を解けないようにきゅっと結んで、ついでに会話も締めました。


「今日のアーヤの言葉が少しでも貴方の胸に響いたのであれば、これからはもう少しご自身を大切になさって下さい。終わりましたよ」


そういって道具を片付けようとしたら、何故かじっと見つめられました。なんですか。


「…お前みたいな奴が、どうして勇者様に暴言を吐くような事態になったんだ」

「さぁ、理由なんて忘れてしまいました」


それで会話を切り上げようとした私に、彼はなおも食い下がってきました。


「お前が悪いわけじゃないんだろう?」

「いいえ。暴言を吐いた事は事実ですし、その点に関して悪いのは私です」

「だが、お前は悪人じゃない」


真っ直ぐに言われて、少しだけ気恥かしくなりました。悪人ではないのは確かですが、他人にきっぱり言い切られるというのはなかなか出来ない体験です。


「ありがとうございます。さ、傷に障りますからもう休んで下さい。お休みなさい」


使った道具を煮沸消毒して馬車に引っ込もうとしたら、今度は強面さんに呼び止められました。


「…今日は、助かった。部下の傷の手当ても併せて、礼を言う」

「どういたしまして。私からもお礼を言わせて下さい。守って頂いて、ありがとうございました」


丁寧に頭を下げて馬車に入ると、薄闇の中で彩香さんがニヤニヤとこちらを見ていました。どうしたんですか一体。いえ、そんな顔もお美しいですけどね?


「なにかいい事でもありましたか?」

「ん?んふふー。なんでもないのよ。ただ、ちょっとずつみんな透の事分かってきたかなぁ、って思って」

「?」


意味深な発言に首を傾げてもそれ以上の説明はありませんでした。

とりあえず、今日はものすごく濃い一日でこれ以上起きていられないので寝ようと思います。ぐぅ。




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