護送兵士。
一日目の行程が終わって、私達は宿に泊まる事になりました。私と彩香さんはもちろん同室です。ボロいながらに三階建ての宿の最上階なのは逃走防止のための措置でしょう。部屋の扉の外と窓の下に見張りが付く事を知らされましたが、ぶっちゃけどうでもいいです。逃げ出す気なんて皆無ですから。
さて、食事の席で私は初めてマトモに護送兵士さん達と顔を突き合わせたわけですが。当然の事ながら誰も自己紹介をしてはくれませんでした。まぁ、出頭命令が出ている以上罪人一歩手前ですからね。軽々しく尋ねるわけにもいきません。仕方が無いのでこっそり渾名を付ける事にしました。
まず一人目は強面さん。私に出頭命令書を突き付けた人ですね。ダークブラウンの髪に少しだけ白いものが混ざり始めた基本無表情のおじさんで、なんだかすごく親近感を感じます。もう少し年齢を重ねたらきっとダンディーなおじ様になる事でしょう。ちょっとだけそんな風になりたいなだなんて憧れたり…してませんごめんなさい。
二人目は二十代後半とおぼしきお兄さんです。赤みの強い茶髪はあっちこっちに跳ねまわり、なんだかとっても収まりが悪そうです。彼もまた無表情ではありますが、これは職務中であるが故の条件反射と見るべきでしょう。ハシバミ色の瞳はよく見れば感情豊かで、それを隠すために顔面筋の働きを抑制してると見ました。真面目ですねぇ。よって彼の渾名は真面目さんです。
最後の一人は…ちょっと、びみょー。いえ、外見はむしろ非常に恵まれています。色素の薄い金髪に、それとは対照的に鮮やかな青い瞳が目を引くイケメンで、若干あのクソ勇者を彷彿とさせてイラっとくるのは私の目が曇ってるからですねすみません。そして年の頃は私とそう変わらないっぽいっていうか三人の中で一番若いのは確定なので本来なら一番親近感湧きそうな相手なんですがいかんせん初対面から馴れ馴れし過ぎます。私に対しても彩香さんに対しても。
いまさら確認するまでもないですが私と彩香さんは本音と建前の国出身です。初対面では常に礼儀正しい距離感を保ち、仲良くなりたい相手とはお互いの顔色を見ながらじわじわ距離を縮める事を当然とする、海の向こうの人達からしたらちょっと近寄りがたいとも言われてしまう文化が染みついている人種です。そのくせ自分が海の向こうに飛び出したら無条件に同郷の人に寄り添ってしまうという見事な矛盾を内包してるんですから笑えません。私は思い切りこれに該当します。話が逸れました。
つまりなにが言いたいかというと。チャラい。チャラいんですよこの人フレンドリーといえば聞こえはいいですがそんなフォローも虚しくチャラ男(確定)は調子こいて彩香さんの手を握ろうとしました許すまじ。
「アーヤ」
チャラ男に捕まる寸前の彼女の右手を掻っ攫い、私はごくごく自然に切り出しました。
「着替えがあるでしょうから、先に部屋に戻っていて頂けませんか?少ししたら私も戻ります」
「だったら俺が部屋まで送ろう」
「…付添い人にまで監視が必要なんですか?」
「そういう規則だ。従ってもらう」
名乗り出たのは真面目さんでした。チャラ男よりマシですが彼女にまで監視が付く事に難色を示すと、一片の迷いなく規則だと言い切られました。真面目というより堅物ですね。融通が利かないタイプです。適度にガス抜きしないと疲れますよ。
まぁ、規則なら仕方ありません。黙って彩香さんを送りだした私に、チャラ男がぱちくりと目を瞬かせました。
「なんですか」
「…いや、ずいぶん素直に聞くんだなと思って」
「規則なんでしょう?」
「けど、あんな風に言われたら多少反発するもんだろ」
ああ。
「確かに言い方はまずいかもしれませんが、…苦手なんでしょう。克服する努力はして欲しいと思いますが、初対面の私が口を挟むのは出過ぎていますし、悪意が無いのが分かっていて腹を立てるのは狭量です。―――どうかしましたか?」
意外なところで見つけたコミュ障仲間に同情共感理解を示していたら、何故かお二人がポカンとしていました。チャラ男はともかく強面さんがそういう顔すると印象ががらりと変わりますね。どことなく可愛らしくすら見えるんですけどこれがギャップ萌えというやつですか。
とりあえずそんなこんなでちょうどいい時間になったので私はゆっくりと席を立ちました。
「部屋に戻ります。お願いできますか」
「あ、ああ」
「…俺が行く」
私の視線の先にいたのは強面さんでしたが名乗り出たのはチャラ男でした。残念。