第一話:出会い
「………………」
北海道の札幌市内にある、細い、暗い路地。そこを歩く少女の名は、
八代礼奈。ろくに散髪にも行ってないのであろう、前髪も後ろ髪も
異常に長かった。某ホラー映画で井戸から出てくる幽霊少女を想像させる。
しかし前髪の奥にある顔立ちは、なかなかに端整なものであった。
そこらに居る美容師に髪でも切らせようものなら、モデルへの道も開けるであろう。
だが礼奈はそれをしなかった。否、出来なかったというべきか。
彼女は苛められていた。
理由は単純、嫉妬である。心の汚い女共の嫉妬だ。
高校に入学した時から、礼奈は浮いていた。余りにも可愛かったからだ。
綺麗な黒髪、透き通るような白い肌、小さく潤った唇、猫のように大きな瞳。
男子たちは、すぐに礼奈に目をつけた。だから、他の女子には目もくれなかった。
それにより、自分に自信を持っていた女子一同のプライドが崩れた。
礼奈が新一年生となってたったの三日でイジメは発生した。
最初は、ゴミを投げつけたり足を掛けて転ばせたりするような軽いものだったが、
だんだんイジメはエスカレートしていく。
そして今は高校二年の三学期。
学校に行かない時期もあった。自殺を考えたこともあった。
だが彼女は強かった、負けなかった。今まで、いじめっ子たちの命令を
聞いたことはただの一度も無い。
それでも、限界というものはあった。そして礼奈はもう限界だった。
トイレに入ればドアの上にある隙間から、水の入ったバケツを投げられ、
体育になってランニングをすれば、女子が揃って礼奈を転ばせる。
昼食時、礼奈の母が作ってくれた弁当を、窓から投げ捨てたりしたこともあった。
礼奈がちょっと髪をいじったり、オシャレをしたりすれば、女子一同が
それを認めなかった。
「はあ………」
礼奈は本日で22回目の溜め息をついた。
親や教師に言ったこともあった。彼らは一応「やめなさい」と
いじめっ子たちに言ってはくれたが、やめるのはほんの数日。
そしてその後はいつもより惨いイジメが待っている。
「あと、一年近くもこんな状態で居ろって言うの?」
誰に言うわけでもなく愚痴る礼奈。こんな路地裏で、誰も聞いてはいないと
思ったが、一人、その言葉に耳を傾けるものが居た。
「あなたを助けてあげましょうか?」
「え?」
振り向くと、黒いコートを纏った長髪の美人が居た。
雪のように白い肌は礼奈と似ていたが、雰囲気はまるで違った。
礼奈が可愛いと言われるのであれば、この女性は美しいと言われるであろう。
「あの、あなたは………」
「イジメられてるんでしょ?」
肌以外は黒に染まった長髪の女性が、コートのポケットをまさぐりながら言う。
そして煙草とライターを取り出し、タバコを咥え、火を点けた。
ふぅーっと、随分美味そうにタバコを吸う女性を見つめ、礼奈は言った。
「あの、どうしてそれを?」
「まあ、ちょっとしたアレよアレ。それよりあんたもやる?」
女性は煙草を一本、礼奈の眼前に差し出す。
「いえ、遠慮しときます」
礼奈は強く、はっきりと言った。
「なんであなた、そんなに強い瞳をして、強い意志も持ってるのに
イジめられてるわけ?」
女性は心底、不思議そうに言った。
「よくわかりません………ただ、可愛いから調子に乗ってるとは結構
言われます。ああ、可愛いって罪なのね……」
「助けてやろうかと思ったけど、やめたわ」
女性は立ち去ろうとした。
普通に考えて、こんな怪しい得体の知れない女と一緒に居たいとは、
同性は思わないだろう。しかし、礼奈はこの女性になにか、魅力を感じた。
何故だか期待してしまった。この人なら、助けてくれる、と。
「待ってください! 出来れば、助けていただけませんか? 出来る限りの
お礼はします!」
藁にもすがる思いである礼奈は叫んだ。
女性はにやーっと笑い、振り向いて一言。
「私の名前は佐々木幸子。よろしくね、八代礼奈ちゃん」