瓶詰の爪
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ~、毛とか爪とかって、だいたいたんぱく質だったんだねえ。
どうも、たんぱく質というとお肉とかのやわらかいイメージだったから、毛もそうだといわれたら、まあ納得はできなくもない。
けれど爪って、硬くて武器にもなる勢いでしょ? それがやわらかめたんぱく質のお仲間だっていうの、どうにも実感が湧かなくって。いやはや、汎用性がある物質とでも思えばいいのかな。
炭水化物や脂質と並び、日ごろ摂取するべきものとしてあげられるたんぱく質。もちろん、何事も過ぎたるはなお及ばざるがごとしだけど、はたからはオーバーめに思えようが、当人に足りているならば問題にはならないだろう。
僕が昔に体験した話なんだけど、聞いてみないかい?
僕の弟は、いわゆるやせの大食いだった。
育ち盛りのときは、大人の二倍以上は食べた僕だったけれど、弟だとそれが三倍にも四倍にもなった。
僕よりも数センチほど背は高かったが、体重はというと10キロほど違う。僕のほうが重い、ということでね。
見た目に、体型もガリと称したほうがふさわしいほど。あれだけ食べても不健康な香りがするほどだから、両親もかえって心配していたっけなあ。
その弟なんだけど、兄の僕から見ても妙な趣味を持っていた。
爪集めだ。一部の創作キャラクターとかがやっているのを見たことがあるけれど、まさか自分の身近な人間が始めるとは思っていなかった。
ドロップなどが入っていた透明な瓶の中へ、手といわず足といわず、切った爪を放り込んでいく。特に切った日付けとか、量が大事だったような感じはなかったな。ひたすら詰め込んでいるように思えた。
人の趣味もいろいろだろうし、僕も特につっこむまいとは考えていたのだけど、弟の奇妙な習慣はまだこの程度にとどまらない。
ホチキス。いまはステープラーといったほうが通じるかな?
弟は自前のそれをいつも持ち歩いていたのだけど、本来の仕事をさせる以外にもやらせることがあった。
爪のホチキスどめ、といえばいいかな。弟はときどき、瓶にしまってある爪たちを取り出しては、いくつかをホチキスでとめていくことをしていたんだ。
かっちりと、ホチキスでうまくとめられることは、多くなかった。針の圧力に耐えられずにはじけ飛び、再び針で打ち貫くなどできないほどの破片になってしまうことも。
それでも弟はあきらめなかった。「コ」の字のホチキスの針を伸ばし直して真っすぐにし、それでもって破片たちを串刺しにしようと躍起になっていた。
なんで、そんなことをするんだ? とさすがに僕も尋ねたよ。
すると弟は、以前に見た妙な夢のことを話してくれた。
自分が食べられてしまう夢だ。それだけなら、自分も見たことあると話す人もいるだろうけど、弟の場合は相手の姿がまったくわからなかったというんだ。
夜の自分の部屋で、姿の見えない何かに手足の先から食べられていくのだが、この行いがまた不可解。
夢の中の自分は決まって爪切りを行っている。その姿なき捕食者はいつもその爪をかじってから、ことに移るというんだ。ティッシュの上へ、爪切りからぱっぱと落とされた爪たち。それを貪り食ってからだ。
そこからは夢の中でどのように動こうと変わらない。自分は手足の先から見えないものにかじりとられ、頭にかぶりつかれたところで目を覚ます。
やせの大食いになったのも、はじめてその夢を見てからだった。
すぐに空腹感に襲われるようになった弟は、それに押されるがまま食事をするも、一向に太らない。そして爪が生える早さも、以前よりは確実に増している。
「夢の中のあいつが、僕を食べようとしているんだ。でもあいつは爪から食べている。だから爪を用意し続けておけば、僕は生き続けられるんじゃないかと思っているんだ」
ホチキスでとめているのは、それらの爪が何かの拍子でなくなったりしないためと、万一あいつが来たときに判断がつくようにするため、だとか。
実際、弟は使ったホチキスの本数と、それによってまとめられた爪の個数については怖いくらいに把握していたよ。
その顔は冗談とは思えない真剣なものだったから、茶化しづらい。僕も爪の入った瓶については注意するようにしていたんだけど。
あれは、弟が長めのトイレに入った夜だったな。
うちにはトイレが2つあったから、1つに籠城されてももう1つを使えばいい話なのだけど、それにしてはトイレから水音が絶えてしばらく経つ。
――便秘か? あるいは……?
そばの部屋で寝そべりながら漫画を読んでいた僕だけど、ふと妙な音が耳へ飛び込んでくる。
カサカサと、最初は虫の気配かと思ったけれども違う。
弟の、爪を溜めているあの瓶だ。本棚の片隅に置かれていたそれが、動いている。
瓶そのものじゃなく、瓶の中身の爪たちが、だったけどね。瓶のどこかしらにすき間があったのか、その音が漏れてきているようだった。
何が起こっているか? それは見ていればすぐにわかったよ。
かさが減っていくんだ。中に入っている爪たちの。
細かに揺れ動きながらも、積んである上からどんどんと姿を消していく。そしゃくの音こそしないものの、誰かに食べられていると、たとえられなくもない奇怪な様子だ。
弟からあらかじめ聞いていた夢の話とはいえ、まさか本当に起こるとは思っていなかった。
瓶のまわりはいくら目を凝らしても、他の生き物らしき姿は見当たらない。爪をいじれるような存在はいないはず……となれば信じざるを得ない。
だが、何よりも瓶の中の爪の減り具合が尋常じゃなかった。弟は瓶の八分目ほどまでため込んでいたが、その残り半分をこの数秒足らずで消費してしまっていたんだ。
――もし、爪が足りないなんてことになったら……。
ほぼ勘だ。
僕は爪切りを取りに行く。そうして自分の手足の爪を切ると、ティッシュに乗せて、その場へ置いたんだ。
弟の瓶詰の爪が減る勢いは衰えていくも、そのときにはもう爪は底をつきかけていて、足りるか否かがきわどいところだった。
動きは緩やかになるも、残り少ない爪はなおも減っていき……ついに、ティッシュに置いていた僕の爪も消えていったんだ。
3秒ほどかけて、僕のティッシュの爪の破片はひとつひとつ消えていったものの、残り2片ほどでピタリと止まったよ。それ以上の動きは見られなかったんだ。
で、弟なのだけど、やはり気配はないまま。何度もトイレの戸を叩くと、出し抜けに大声を出すものだから、飛び上がりそうになったよ。
でも、それも道理だ。
トイレから出てきたあいつの両手両足の指先は、血まみれになっていたのだから。
幸い、血は出ているけれど傷そのものはいずれも深くはない。弟いわく、トイレで便座に腰掛けたところから記憶が飛んでしまい、気づいたらこのありさまだったとか。
姿のない輩は、弟が絶妙なあんばいの爪を用意するのを狙っていたのだろうかね。僕の爪でもどうにか役に立てたのだろうか……。
弟は今でもひっそり爪を集めているっぽいけれど、いくらかは太りやすくなったのはまず安心かな。




