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短編集

夕暮れの庭

作者:
掲載日:2025/10/30

 毎日のルーチンが、授業と部活と、ベッドでスマホを眺めるだけの退屈なループ。

でも、それが――京香に出会ってから、ひび割れたみたいになった。


 彼女の黒髪のポニーテールが、授業中の隙間から見えるたび、胸の奥がざわつく。

彼女の笑顔は、教科書の端に挟まった花びらみたいに、ふとした瞬間に広がって、私の集中力を溶かす。


 今日、ついにその約束の日。

学校デート。放課後の図書室で待ち合わせ。


 心臓が、教科書のページをめくる音みたいに、ばさばさと鳴ってる。

制服のスカートを何度も引っ張って、階段を上る。

足音が廊下に反響して、まるで誰かに聞こえてるみたいで、顔が熱くなる。


「本当に来るかな。来なかったら、私のこのドキドキ、ただの馬鹿げた妄想で終わるんだろうな」

普通に考えて同性でデートしようなんて引かれるかもしれないけどさ。

頭の中で毒づきながら、ドアをそっと開ける。


 ――京香がいた。

本棚の影で、窓辺に寄りかかって、外の校庭をぼんやり眺めてる。

夕陽が彼女の横顔を、オレンジのヴェールみたいに包んでて、息が止まる。


 彼女は私に気づくと、ぱっと目を細めて笑った。

いつもの、ちょっと悪戯っぽい笑み。


「綾、遅いよ。待ってる間、君の顔を想像して、ページめくる手が止まっちゃった」


 その声が、耳に絡みつく。

甘くて、少しからかうような響き。

私は慌てて近づいて、隣に立った。


 彼女の制服の袖が、私の腕に軽く触れて、ぞわっと電気が走る。

「ごめん、先生に捕まって……。でも、来てくれて。嬉しい、って言葉じゃ足りないかも」


 京香はくすくす笑って、私の手を掴む。

指先が絡み合う瞬間、掌の汗が混じって、なんだか恥ずかしい。

彼女の手は小さくて、柔らかくて、でも少し冷たい。

まるで、私の熱を吸い取ろうとしてるみたい。


「じゃあ、行こ? 誰もいないうちに。この学校、放課後になると、まるで私たちの迷宮みたいでしょ」


 廊下を並んで歩く。

普段は生徒の喧騒で埋まってるのに、今は静かで、足音だけが響く。

京香のスカートの裾が、私の足に擦れるたび、心臓が跳ねる。


 彼女は私の手を離さず、階段を上る。

屋上への階段。途中で、彼女がふと止まって、私を壁に押しつけるみたいに寄りかかった。


「ねえ、綾。君のこの緊張、伝わってくるよ。かわいいんだけど、ちょっと意地悪したくなる」

私は目を逸らして、頰を膨らませる。

そりゃ、緊張もあるけど…仕方ないし。

意地悪って何するの……痛いのは嫌だなぁ


「意地悪? 京香こそ、いつもそんな目で私を見るんだから。授業中、こっち見てニヤニヤしてるの、気づいてるよ」


 彼女の息が、首筋にかかる。

近い。シャンプーの甘い香りと、汗の微かな塩気が混じって、頭がくらくらする。


「バレてた? じゃあ、罰として……」


 その瞬間、彼女の唇が耳に触れた。囁き声が、骨まで染みる。


「好きだよ、綾。最初から、君の後ろ姿見て、胸がざわついてたの」


 その言葉に、膝がガクッとなる。私は彼女の肩を掴んで、ようやく反撃する。


「私も……京香のこと、ずっと。授業中とか、休み時間に廊下で会うたび、目が離せなくて。馬鹿みたいだよね、こんなにドキドキして」


 屋上に着く。風が、髪を乱暴に撫でる。

フェンス越しに、校庭の木々が夕陽に揺れてる。

世界が、赤く溶けていくみたい。


 京香はフェンスに寄りかかって、私を引き寄せる。

腰に手が回って、制服の生地越しに体温が伝わる。

柔らかい。彼女の胸が、私の腕に当たって、息が浅くなる。


「ここ、秘密の場所。鍵、開けといたよ。誰も来ないから、ゆっくり……」


 夕陽の下で、唇が重なる。キスは、最初は優しくて、探るみたい。

京香の舌が、そっと唇をなぞって、甘い味が広がる。

レモンの飴みたいに、酸っぱくて甘い。


 私の手が、彼女の背中に回って、制服の皺を直すふりして、肌の感触を探る。

熱くて彼女の息が乱れて、唇が離れると、糸が引くみたいに唾液が光る。


 恥ずかしくて、目を伏せる私を見て、京香が笑う。


「綾の顔、赤い。夕陽のせい? それとも、私のせい?」

何ちゅうこと聞いてくるの

うううう、自分の熱が上がってる事を意識しちゃうよ


「両方……かな」

 声が上ずってへんなこえになった。すごく恥ずかしい。

私は彼女の肩に頭を預けて、風を感じた。

心臓の音が、二人で混じって、一つのリズムになる。


 少しの間、黙ってそうしていた。

学校の鐘が、遠くで鳴る。もう暗くなりかけてるのに、時間が惜しい。


「まだ、終わりたくないよね」

京香が、私の手を引いて立ち上がる。


「もう少し、探検しよ? 校舎の裏、誰も知らない階段があるの。そこから、旧校舎の屋根裏まで行けるよ」


 何で知ってるのと言いたかったけど、強化と一緒にいられるのならまぁいいかってなった。

私は頷いて、彼女の後を追う。

階段を下りて、校舎の影を抜ける。京香のポニーテールが、揺れるたび、背中が温かくなる。


 旧校舎の扉は、錆びてて、きしむ音がする。

中は埃っぽくて、懐かしい匂い。

古い机が積み重なって、まるで忘れられた記憶の山みたいだった。


「ここ、昔の生徒の落書きがいっぱい。見てよ、この『永遠の愛』って、ベタベタだけど、ちょっと羨ましいよね」

京香が壁を指さす。

私は近づいて、彼女の腰に手を回す。

自然に。彼女の体が、寄りかかってくる。暗がりで、息遣いが聞こえる。


「羨ましいかな。私たちも、永遠にしたい。こんな学校の隅っこで、キスしたり、手を繋いだり……」

 私の言葉を遮るように、彼女の唇がまた近づく。

今度は、急かされるみたいに熱い。舌が絡まって、埃の匂いが甘く変わる。


 私の指が、彼女の制服のボタンを、遊び心で外しかける。肌が覗いて、白くて、夕闇に溶けそう。

私は何をしてるの?自然と彼女のボタンに行っちゃった。


「京香……やばい、こんなところで、誰か来たら」


「来ないよ。来たら、一緒に隠れようか」


 彼女の目が輝く。悪戯っぽくて、愛おしい。

私は恥ずかしそうに笑って、ボタンを直した。心が、ふわふわに浮く。


 外に出ると、夜の気配が濃くなっていた。

校門の灯りが、ぼんやり光ってる。私たちは手を繋いで、別れの道を歩く。


「また、明日。休み時間に、階段で待ってるよ」

私は頷いて、彼女の頰にキスを返す。軽く、でも心を込めて。


「うん。学校が、急に好きになった」

 家に帰って、ベッドに倒れ込む。

体中が、京香の感触で疼く。明日が、待ち遠しくて、眠れない夜。


 きっと、これからも――こんな秘密の迷宮を、二人で彫り進めていく。

学校は、もうただの場所じゃない。私たちの、甘くて危うい庭になった。

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