表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。  作者: わしお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/36

第7話

物がぶつかるような大きな音に、エマの意識は深い眠りから呼び起された。

熟睡していた体はすぐに眠りに引き戻されそうになるが、微かに聞こえる荒い息遣いが異常事態であることを伝え、起きなければという意志が働く。


エマは開かない目をこすり、周りの状況を見ようとした。しかし家の中は暗く、目を開けているのかさえ疑うほどだ。


なんとなく月のような金色の円が浮かんで見えるが、それが何なのか、エマの視力では全くわからない。


「めがね……めがね……」


エマは立ち上がり、机に向かって感覚で歩いた。見えていなくても、大きな物の位置はなんとなく把握できている。


机らしきものに辿り着き、手探りで眼鏡を探す。ガサガサと薬草が手に当たり、庭で摘んだまま放置していたことを思い出した。

何とか眼鏡を探し当て、慣れた手つきで耳に掛ける。


先ほど月に見えた物に目を向けると、それが生き物の目であることが分かった。暗闇の猫のように瞳孔が開き、時折瞬いて見えなくなる。


位置からして、青年が目覚めたのだろうか。そう思いつつ、眼鏡を掛けたエマの視力でも暗い中でははっきりと見えない。この眼鏡も年々度が合わなくなっている。そろそろ変え時だろうか。


一歩前に出ると、生き物の体がびくりと震えた。暗闇に目が慣れてきたこともあり、ようやく全体像が見えてくる。

やはりそれは青年の瞳だった。青年はベッドの上で、後ずさるように壁に凭れている。


「……起きた?」


青年への疑問ではなく、自分への確認として言った。青年は目をパチパチとするだけで、答える様子は無い。

エマは安堵のため息をついた。傷が治ってきているとはいえ、青年が目覚めないことに、内心不安を感じていたのだ。


「よかった。治療法が合ってる自信なかったから、ちょっと心配してたの」


今度は青年に話しかけるように言った。答えを期待しているわけではないが、話しかけないのも不自然だろう。それに、敵意がないことは明らかにしておいた方がいい。


明かりを灯すため、エマは机の引き出しから火打ち石と小皿を取り出した。机の上にある壺から少量の薬を取り出し、小皿に乗せる。

火打ち石で火花を小皿に落とすと、一瞬にして薬から火が上がる。エマは慣れた手つきでこの火をオイルランプに移した。


「さて」と、エマはいつも薬の調合時に使う椅子に腰かけた。


何から聞こうか、とエマは考える。青年が魔族であることは確定だろう。あの月のように輝く瞳が証拠だ。人間ならば暗闇で目が光ることはない。


とりあえず体調を聞かなければいけないと思い、エマは深く考えずに口を開いた。


「体の調子はどう?魔族さん」


瞬間、青年は目を見開き、怒ったように目尻を吊り上げた。

どうやら言葉を間違えたらしい、と気付いた時にはもう遅かった。


ベッドにいたはずの青年は、いつの間にかエマの目の前にいた。あまりに一瞬のことで、全く目で追うことはできなかった。

青年があまりに近くに来たため、離れようとしたエマはバランスを崩し、椅子から転げ落ちた。


「いっ……!」


肩から床にぶつかり、鈍い痛みが走る。

仰向けになったエマの上に、青年が馬乗りになった。青年の片腕がエマの首にかかり、いつ絞め殺されてもおかしくない。

青年は鋭い目つきでエマを見下ろした。


「魔族と知りながらなぜ助ける。何が目的だ」


青年の低い声が腹に響く。こんな状況だというのに、エマは「いい声だな」などとのんきに聞いていた。


「目的も何も、怪我してたから治療しただけだけど」


エマの回答に、青年は訝しげに顔を歪める。


「そんな戯言を信じると思うか」

「信じる信じないはあなたの自由だけど、本当に他に理由は無いから。あなたが納得しそうなことは言えないかな」


青年は戸惑っているようだった。それがエマの回答になのか、エマがあまりに冷静だからかはわからない。


この状況は、エマにとっては想定の範囲内だった。瞬殺されなかっただけましだとすら思っている。

目覚めたら手負いで敵陣にいたなど、誰にとっても恐ろしいだろう。それにおそらく、青年を重症に追い込んだのは人間だ。人間に対する警戒心が強くなっていてもおかしくはない。


青年は困惑しているようだった。口を開けたまま、視線がさまよっている。


ふと、エマは青年の左目を覆う布を見る。よく見ると、そこには血が滲んでいた。

エマは反射的に青年の顔を両手で掴み、引き寄せた。青年は驚いてエマの首から手を放す。


「傷開いてるじゃない!」


青年はぽかんと口を開けてエマを見た。初めて聞くエマの大声に驚いたのかもしれない。

しかしエマは傷に夢中になり、青年の表情など目に入っていなかった。


「どいて、傷口診るから」


冷たい声でそう言い、エマは青年の上半身を押し上げた。青年はエマに気圧されたのか、大人しくエマの上から離れ、ベッドに戻る。


エマはほどいていた髪を乱雑に結び、薬棚から薬草と包帯用の布を手に取る。

エマが青年の顔に手を掛けると、青年は一瞬びくりとして右目を閉じたが、エマが布を外し始めるとゆっくり目を開いた。


布を取り去ると、思った通り傷口が開いて血が流れている。エマが薬を染み込ませた布で傷に触れると、青年は痛みに顔を歪めた。


薬を塗りなおして再び布で傷口を覆う。他の傷を確認すると、同じように傷口が開いていた。特に足の傷は、治療前に戻ったように流血している。

そちらの処置も完了し、エマは一息つく。ふと青年の顔を見ると、痛みに堪えるように唇を嚙んでいた。


「痛い……よね。痛み止め作ってくる」


台所で湯を沸かし、薬を溶かす。このままではあまりにも苦すぎるので、和らげるため蜂蜜を垂らした。


「飲めそう?」


青年は口で答えることはなかったが、体を起こし、器に手を伸ばした。落とさないよう、エマも器に手を添えて青年の口に近づける。

青年が薬を一口含む。少し顔をしかめたが、そのままゆっくりと飲み干した。


空になった器を受け取り、青年をベッドに横たえた。青年は苦し気に深く息を吐く。

エマは先ほど青年が嚙んだ唇にも薬を塗り、新しい布でそっと汗を拭いた。


「朝までまた寝るけど、少しでも体に異変があったら起こして。すぐ診るから」


エマがそう言うと、青年は小さく首を縦に振った。

エマは外した布や薬を片づけて、ランプの火を吹き消す。


エマは青年が横たわるベッドの近くに寝転がった。眠ろうと思っても、心配になってなかなか眠れない。

やがて荒かった青年呼吸が、穏やかな寝息に変わる。エマはようやく少し安心して目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ