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平凡な薬師が勇者に負けた魔王様を拾ってしまった。  作者: わしお


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第6話

雪が舞い、夜の闇が月をも覆い隠している。

血と肉の焦げたにおいが鼻を衝く中、青年は一人立っていた。


壁と天井が破損した建物は外同然に寒く、体にぶつかる雪が容赦なく体温を奪っていく。


眼前には五人の敵。仲間は皆倒れ、青年も立っているのがやっとの状態だった。


腕を失い、そこからとめどなく血が溢れている。凍えるほどの寒さは雪のせいだけではないだろう。しかし全身の火傷は、内側から焼かれるように熱く感じる。

このままでは負ける。青年は長い時の中で初めて、“死”というものの気配をはっきりと感じていた。


意識が朦朧とする中で、敵の一人、勇者が剣を構えるのが見える。


いやだ。まだ終わらない。終われない。終わるのならせめて、周辺の冒険者を道連れにーーー。


青年は残っている魔力をすべてかき集めた。魔力の源である角に、体中の熱が集まる。

勇者が青年に向かって走ってくる。青年はありったけの魔力を放とうとした。


刹那、友人の笑顔が頭をよぎった。





「ーーーーーーーっっ!!!」


強烈な痛みと暑さの中、青年は目を覚ました。全身に滝のような汗をかき、体にかかる毛布がまとわりつくように張り付いている。

荒い呼吸と激しい動悸の中で、少しずつ意識が浮かび上がっていく。


ようやく周りを見る余裕ができたとき、そこは全く知らない場所だった。


木の温もりが残る家屋に、薬品のにおいが染みついている。その中に微かに混じる血の匂いは、自分が流したものだろうか。


体を起こそうと右腕を動かすが、強い痛みと腕の軽さに、そういえば失ったのだと思い出した。


痛みを堪えながら上半身を起こす。視界が狭いと思ったら、顔の左側に布が巻かれていた。よく見ると、ほぼ全身が包帯で覆われている。

左手を握ったり開いたりする。痛みはあるが、特に問題なく動かせそうだ。


(……生きて、いる)


ようやくその実感が湧いてきた。どうやらここは地獄ではない。

しかしここに来るまでの記憶が曖昧だ。青年はこれまでの出来事を思い出した。


勇者一行と対峙し、追い詰められたことは覚えている。建物の外にも人間の気配があり、絶体絶命の中、どうせ死ぬなら周辺の冒険者たち全員を道連れにしようと、残していた魔力を全て集めた。

そして己を中心に攻撃魔法を展開しようとした、はずだったのだが。


ぎりぎりになって使ったのは、転移魔法だった。


理由は自分でもわからない。死が怖いと思ったわけではない。逃げて再起を図ろうとしたわけでもない。魔力を使い切り、信頼できる仲間のほとんどを失った今、立て直すことは難しいだろう。


青年は自分の頭に触れた。そこにあるはずの角は無く、髪の毛越しに頭皮に触れるだけである。


角を失ったということは、本当に全ての魔力を使い切ったということだ。もう冒険者どころか、羽虫を殺す魔力さえ無い。また角が生えるのには、数十年の時を要する。


自分は冒険者に、人間に負けたのだと、青年は強く認識した。悔しさや悲しみがないまぜになり、胸が締め付けられるように痛んだ。


状況理解が追い付いてきた青年は、もう一度あたりを見渡した。ここはおそらく誰かの家であり、自分を手当てした相手がいるはずだ。夜なのか、辺りに光は無く暗闇に覆われている。魔族は人より夜目が利くため、状況がわからないというほどではなかった。


ふと、床に影が一つ転がっているのが目に入った。大きさからして人間、または魔族だろう。


始め青年は、その影を魔族だと思った。人間が魔族を助けるわけがないからだ。

しかしよく見てみると、角もなければ尻尾もなく、魔族らしい特徴は一つも無い。においはその影より薬品が上回り、判別ができない。


影が寝返りを打った。丸みのある体から、女性だと分かった。


魔力を失った魔族と人間を見分ける方法は二つ。一つはにおい。人間の方が甘いにおいがする。人間にはこの違いは判らないらしいが。


二つ目は牙だ。魔族は肉を食いちぎるために、犬歯が鋭く発達している。


穏やかな寝息を立てる女性の歯に、魔族のような牙は無かった。


「……!!?」


青年は飛び起きて後ずさろうとした。しかしベッドの横は壁であり、青年の背中は壁に強く打ち付けられる。


(まさか、人間が助けたというのか?この私を??)


青年は混乱を極めていた。青年の中で、人間が魔族を助けるなど考えられなかった。


人間の多くは、弱った魔族を見ると怯えて逃げ出すか、死ぬまで待って死体を売った。魔族の角や尾は闇市で高値で取引されるらしい。

助けるなど到底信じられなかった。何か裏があるとしか思えなかった。


しかし落ち着いて考えてみると、今の青年の姿は人間とほとんど変わらない。人間だと勘違いして助けた可能性は考えられる。

治癒魔法ではなく薬で治療するのは、現在では珍しいことだがあり得ないことではない。


まだばれていないかもしれない。すぐにここを去れば問題ないはずだと、青年は自分に言い聞かせた。


そのとき、女性がうっすらと目を開けた。物音で起こしてしまったのかもしれない。

青年は無意識に身構えた。今攻撃されたら、相手がか弱い女性でも勝てる気がしない。


女性は目をこすりながらこちらを見た。ぼうっとした声で「めがね……めがね……」とつぶやいている。


女性が立ち上がり、薬草が散らばった机に手を伸ばした。ガサガサと物を探る音が聞こえる。

女性は探し当てた眼鏡を掛け、青年の方を見た。暗くて視界が悪いのか、それとも眠いのか、かなり目を細めている。月明かりがあるものの、人間の、ましてや眼鏡が必要なほど視力が悪い者であれば、夜の室内ではほとんど何も見えないだろう。


女性は二度瞬きをして、青年に一歩近づいた。もうこれ以上後ろに下がれない青年は、慌てながらも何もすることができなかった。


「……起きた?」


眠たげな、けれど意志の強い芯のある声が響いた。

青年は答えた方が良いのかわからず、何の反応もできなかったが、女性は安心したように息をついた。


「よかった。治療法が合ってる自信なかったから、ちょっと心配してたの」


女性は再び机に近づき、オイルランプに火を灯した。あれだけ薬草が乗っている中で火を使うことに躊躇は無いのだろうか。


「さて」と、女性は使い古した木の椅子に腰かけた。音の少ない空間に、椅子の音がぎしりと響く。


「体の調子はどう?魔族さん」

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