第5話
翌日。空はすっかり晴れて、昨日洗った布がようやく乾いてきた。
青年はまだ目覚めないが、呼吸は少しずつ深く、落ち着いたものになってきている。
エマは青年の傷を診ながら、ある疑問を抱いていた。
どうにも、傷の治りが早い気がする。
全身の火傷は、水ぶくれの下に新しい皮膚ができ始めている。切断面を焼いた腕も同様だ。足や顔の大きな切り傷も、皮膚が癒着しかけている。
さすがに早すぎないか。優秀だった祖母直伝の薬を使っているとはいえ、まだ手当てをしてから二日しか経っていない。
回復が早いどころではない。普通に考えてあり得ないのだ。
その理由について、エマには一つだけ心当たりがあった。
(……もしかして、魔族?)
人間ではない。そう考えるほか、説明がつかなかった。
魔族は回復が早いと聞く。個体によっては、一瞬で傷が治る「超回復」の能力を有しているとか。
しかし魔族には角や尻尾など、人間には無い身体的特徴があるはずだ。エマは魔族を見たことがないので、聞いた話でしかないが。
青年の体には、角も尻尾も、他の非人間的特徴も見当たらない。見た目はどう見ても人間である。
限りなく人間に近い外見の魔族なのだろうか。そんなものがいたらもっと騒がれていそうなものだが。カンフォーレ村に情報が入っていないだけで、都会では知られているのかもしれない。
確か、都会に仕入れに行った村人がもうすぐ帰って来るはずだ。戻ったらそのような噂がないか聞いてみよう。
青年が魔族かもしれないと思いつつ、エマは至って冷静だった。もっと慌てても、恐怖してもいいはずなのだが、何の感情も起こらなかった。
魔族の脅威を知らないからというのはあるだろう。怖いことがわからなければ、恐れることはできない。知らないからこそ恐れるという人もいるが、エマはそういう性格ではなかった。
もう一つ理由があるとすれば、祖母が魔族を恐れていなかったからだろう。
祖母は若いころ、都会で暮らしていたらしい。都会で何をしていたのかは教えてもらえなかったが、そこで魔族と対峙したことがあったらしい。
多くの人は魔族のことを、「人を脅かす化け物」「人類の敵」と認識していたが、祖母にはそうは見えなかったらしい。
「人には人の、魔族には魔族の生活がある。それだけだよ」
祖母はそう言っていた。
エマは祖母の考えに納得した。確かに魔族は人を攻撃するが、人も魔族を攻撃している。
単なる価値観の相違か、どの視点でものを見るかでしかないのだろうと思った。
おそらくエマは、青年が本当に魔族であっても気にしないだろう。治療法が合っているのかだけは気になるが。
仮に目覚めた青年がエマを殺したとしても、仕方がないと受け入れるだろう。ましてや青年は手負いだ。人への警戒心が強くても仕方がない。傷ついた獣が牙をむくようなものだ。
傷が癒えてきているなら、少なくとも使用した薬の中に毒になるものは無い。このまま様子を見ることにした。




