第19話
村の女性たちにエマが泣かされた翌日、エマの元にアンナが謝りに来ていた。
「エマにもお相手が見つかったんだと思ったら嬉しくてねぇ。ちょっと喋りすぎちゃったわね」
アンナはルカが淹れたお茶に視線を落とした。
アンナが噂を触れ回るのはいつものことではないかとエマは思うが、どうやらそれが原因でエマに嫌な思いをさせてしまったと落ち込んでいるらしい。
だがエマはそのことでアンナを恨むことはしなかった。小さな村では噂など一瞬で回る。寧ろ今までルカの存在を隠せていたのが奇跡に近い。
遅かれ早かれ訪れたこと。そうエマは捉えていた。
「お相手ではないけど……。まあ、噂なんて一日で村の全員に知れ渡るから。アンナが謝ることじゃないよ」
エマがそう言うと、アンナは一瞬驚いたように目を開き、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとね。エマ、なんだかちょっと優しくなったんじゃない?」
「え、そう?」
「ええ。表情も前より明るいわ」
エマは無意識に自分の頬に触れる。自分が優しくなったとは思っていないが、昔からエマを知っているアンナが言うならそうなのかもしれない。
エマは少しくすぐったいような、恥ずかしいような気持ちになった。
「そういえば」
アンナはお茶を一口含むと、思い出したように声を上げた。
「街に仕入れに行った人たちがなかなか帰ってこないのよ。なにかあったのかしら」
そう言って、アンナは心配そうに頬に手を当てた。
エマはすっかり忘れていたが、言われてみればその通りだった。「街に仕入れに行った人がもうすぐ帰ってくるはず」と思っていたのは何日前だっただろうか。
アンナとエマが頭を悩ませていると、それまでエマの隣で静かに話を聞いていたルカが、おもむろに口を開いた。
「もしかしたら、移動制限がかけられているのかもしれませんね」
「移動制限?」
反復したエマの言葉に、ルカがうなずく。
「街で犯罪が起こったときなどに、犯人を逃がさないよう、人の出入りを止めることがあるんだ」
「まあ……。街でなにかあったのかしら」
アンナの問いに、ルカは「さあ……」と答える。
「もしかしたら全然違う要因かもしれませんし、今は落ち着いて待ちましょう。きっと大丈夫ですよ」
そう言ったルカには、なにか心当たりがあるようにエマには見えた。しかし、それを言う気はないらしい。
アンナが去ってから、エマはどうしても気になってルカに尋ねた。
「さっきの移動制限の話だけど、心当たりでもあるの?」
ルカは「ああ」とうなずいた。
「探しているのだろうな」
「なにを?」
「私を」
それを聞いて、エマは納得した。おそらくルカは、人と戦っている最中に転移魔法でこの地に逃げている。
魔族が人里に逃げたかもしれないとなれば、見つかるまで人の移動を制限するのもうなずける。
「ルカってどこから来たの?この村の近くではないのよね?」
「……グランイズラ大陸の最北端」
ルカの答えに、エマは持っていた薬草を落としそうになった。
カンフォーレ村は大陸の南西に位置する。大陸の最北端など、移動に何日、いや何カ月かかるのかも見当がつかない。
それに大陸の最北端には、冒険者たちの最終目標、魔王の城がある。魔族の上下関係のことはわからないが、城に出入りできるのなら、かなり地位が高いのではないだろうか。
「……実はルカって、とんでもなく偉い人だったりする……?」
エマの問いに、ルカは答えにくそうに視線を逸らした。
「………まあ、序列が高い方ではあるか」
エマは驚きすぎて、開いた口が塞がらなかった。身分が高い相手だとは露知らず、まるで友人のように気楽に接していた。
「敬語とか、使った方が良かった……?」
動揺して小鹿のように震えるエマに、なぜかルカはおかしそうに笑った。
「大分今更だな。気にするな。序列が高い魔族など、ただ強いだけだ。大して偉くはない」
いつも通りの笑顔を見せるルカに、エマは少し安心した。
だが、大陸の最北端から南西まで移動できるほどの魔力を持っていたのなら、かなり強い方ではないのだろうか。そう思ったが、エマは魔法にも魔族にも詳しくないため、平均値すらわからない。
エマには想像を絶する能力だが、高位魔族にはありふれたことなのかもしれない。
そう思い、エマはこの話をあまり気に留めなかった。




