第17話
「もう疲れたー!!」
人間の領土の中央、冒険者協会本部にほど近い酒場で、リーナは大きな声を上げながら机に突っ伏した。
普通に考えたら迷惑な声量だが、リアムたち一行は店の常連であり、リーナのこの態度はいつものことである。店の従業員にも客にも、驚くものはいなかった。
リーナは駄々をこねるように、足をじたばたとさせている。
「こんなに探してるのになんで見つからないの!?もう主要な街は全部見たじゃん!!」
「リーナが全部見たわけじゃないけどねー」
リーナの隣に座る、鮮やかな緑色の髪の青年が揚げ足をとる。リーナは青年の足を思い切り蹴り飛ばしたが、服の下に隠れた鱗が思いのほか硬く、リーナは痛む足を両手で押さえた。
青年は余裕の笑みを浮かべて、真っ赤な瞳をリーナに向けた。
「痛いなー。本当のことを言っただけじゃん」
「全然痛くないくせに。てかヨルム、あんた半分魔物でしょ?魔王の場所わかんないの?」
緑色の髪の青年、ヨルムは馬鹿にしたようにリーナを見下ろす。
「わかるわけないじゃん。僕、ほっとんど魔力がない爬虫種と平凡な人間の混血だよ?そういうのは魔力探知が使える魔導士様の仕事じゃないのかなー?」
「ぐぬぬ……」
リーナとヨルムの間に火花が散る。リーナの正面に座っているジェイクが、「はいはい」と手を鳴らした。
「その辺にしとけ二人とも。いがみ合っても何も解決しねーぞ」
「いがみ合ってないもーん。このちんちくりんが一方的に突っかかってきたんだもーん」
「煽っといて何言ってんだ」
「誰がちんちくりんだ!!」
リーナが声を荒げて椅子から降りる。が、身を乗り出したジェイクに首根っこを掴まれ、椅子に座らされた。
「ったく。いい加減仲良くできねーのか?」
文句を言うジェイクに、ジェイクの右隣に座るリアムは不思議そうに首を傾げた。
「二人はすごく仲良しだよね?」
リーナとヨルムは一斉にリアムを見た。
「そんなわけないじゃん!!」
「リアム、魔王に目潰されたの?」
それを聞いて、ジェイクの左隣に座る亜麻色の髪の女性が、慌てたように立ち上がった。
「リアムさん、目を潰されてしまったのですか!?すみません気づかなくて、今回復を……」
「真に受けんなマリー。ヨルムのいつもの冗談だよ」
ジェイクは立ち上がった女性、マリーに座るよう促す仕草をする。マリーは安心したように息をつく。柔らかな髪を揺らしながら、マリーはゆっくりと椅子に腰かけた。
この五人がリアムのパーティーである。勇者リアム、リアムの幼馴染である戦士ジェイク、最年少魔導士リーナ、治癒魔法を得意とする聖職者マリー、そして元魔王軍幹部ヨルム。
ヨルムは旅の途中に敵として出会った。魔物と人間の混血であるヨルムは、魔族が多数を占める魔王軍の中では浮いた存在だった。魔王が自身と同じ混血種のため魔王に付き従っていたが、リアムの強い志に感化され、魔王軍を裏切り、リアムたちと旅をすることにしたのだ。
魔王とは比較的仲が良かったというが、そのヨルムでも魔王の足取りは全くつかめなかった。
「正直、魔王が逃げるとは思わなかったんだよねー。死ぬときは潔く死ぬ性格だと思ってた」
ヨルムは骨付き肉を頬張りながら言った。リアムが同意するようにうなずく。
「最後の魔法も、攻撃魔法が来ると思ったんだ。強い殺意を感じた。自分の身を犠牲にしてでも俺たちを殺す、そんな雰囲気で……」
リアムの言葉に、ジェイクとリーナもうなずいた。
「オレは魔王を良く知ってるわけじゃねーが、責任を放棄するタイプには見えなかったな」
「けっこう理性的な方なのかなーとは思うよね。これまで戦ってきた感じだと」
マリーは頬に手を添え、困ったように首を傾げる。
「逃げたわけではないのでしょうか。どこかに隠れて再起を図っているとか」
「それはないと思うけどなー。もしそうなら魔王軍の残党がどこか一か所に集まる気がする」
ヨルムの答えに、皆ありそうな可能性が浮かばず考え込んでしまう。
リーナが大きなため息をついてうなだれた。
「やっぱしらみつぶしに探すしかないかー……」
ジェイクが酒を一気に煽ってうなずいた。
「そうだな。心当たりがもうないなら、人海戦術しかねーだろ。とりあえず主要都市にいないことはわかってんだ。他の冒険者と手分けして、村々を探そうぜ」
ジェイクの意見にリアムが力強くうなずく。
「そうだね。みんなで探せば見つかるかもしれない。そうと決まればすぐに出発しよう!」
そう言ってリアムは勢いよく立ち上がる。颯爽と会計に向かうリアムに、皆慌ててついて行った。
リアムは店員にお金を払い、丁寧にお礼を言うと、マントを翻して店の出口に向かう。
店を出ると、雲一つない夜空に星が輝いていた。
まるで星々が旅路を祝福しているようで、改めて決意がリアムの青い瞳に宿る。
リアムは力強く、仲間たちを鼓舞するように拳を上げた。
「さあいこう!今度こそ、冒険を終わらせるために!」
するとリアムの様子を伺うように、マリーが恐る恐る手を上げた。
「あの……リアムさん」
「ん?」
リアムが少年のようにまっすぐな瞳でマリーを見る。マリーは少々言いにくそうに、もじもじと両手の指を絡めた。
「もう深夜なので……。冒険は明日からにしませんか?」
「……………そうだね」




